大きな街に着きました
街は、てっぺんが見えないほどの高い城壁に囲まれていた。灰色の石で積み上げられた厳しい壁には、金属の格子で作られた門があった。その門の横には木の小屋があり、そこに鎧をつけた人間が立っている。
セイラがその人間と何か話した後、わたしたち三人はその横を通過して、無事に街に入った。
「どうだ、すごいだろう」
「まだ入り口だよ」
カーラの自慢にわたしはそう答えたけれど、確かに、村とはスケールが何もかも違った。
石畳の道は馬車が何台も行き違えるほどに広い。
その道いっぱいに、いろんな髪型や服装をした人間が行き交っている。
道の両側には白い壁の建物がずらりと隙間なく続いている。ほとんどが何らかの店のようで、家の前に看板が立てられていたり、出入り口にカラフルなひさしがかかっていたり、中が見えるように大きな窓を開け放していたりする。
道なりにそのまま歩き続けていると、大きな広場に出た。その広場だけでも、セイラの村は丸ごといくつか入ってしまいそうなほどだ。
開けているから見通しが効く。さらに先の方に見えるのは、一際大きな建物だ。石積みの頑丈そうな壁が先ほどの城壁のように長々と続き、いくつか高い塔も立っている。きっとあそこが、この街で一番偉い人間が住んでいるところだろう。
セイラはその大きな建物には興味がないようだ。
広場には所狭しと露店が並んでいる。道なりに見てきた店はどれも掃除が行き届いていて綺麗だったが、露店はピンキリだった。天幕を張り、頑丈そうな男が大きな声を張り上げている露店もある。机を出して、その上に品物を並べているところもある。道端に布や藁を敷いただけの上に商品を置いているところもある。
セイラが探しているものが何かはわたしは知らない。ただ整列もされていない雑多な露店の隙間を縫うように歩くのを、カーラが付いていく。わたしはその鞍から下げられた袋の中から覗き見ている。
天幕の近くを通る時、セイラはわたしたちにこっそりと、
「あの人たちは冒険者なのね。いいな。あたしもあなたたちと三人で、ずっと世界中を旅できたらな」
と囁いた。
わたしはカーラがどんな顔をしているかを見たかったが、残念ながら袋の中からは見えない。
セイラはどうやら、街で暮らすよりも、旅に出たいようなのだ。
世界中とは、どんなところなのだろう。わたしの知っているのは、あの生まれ育った草むらと、セイラの村と、この街だけだ。他にこの世界には、どんなものがあるのだろう。
その世界をもしもセイラと旅ができるのなら、それは楽しいかもしれないとわたしは思った。
カーラは、
「そんな無駄に苦労することないよ」
とこっそり呟いたあたり、あまり賛成ではないようだ。
ところがそんな話をしているうちに、その大きな声を出していた男が、セイラに話しかけてきたのだ。
「お嬢ちゃん、冒険者になりたいのか?」
セイラも飛び上がるようにびっくりしているから、きっとこんなことは、滅多にあることじゃないのだろう。
頑丈そうな男の後ろには、メガネをかけて痩せた男が、椅子に座って本を読んでいるのが見えた。
その隣では、上から下まで真っ白な服を着た女が、ニコニコとセイラを見ている。
話しかけてきた男の仲間なのだろう。
「あ、あの、できたらなってくらいで、そんな……」
戸惑うセイラの前で、男は台に乗せた商品を見せる。
「お嬢ちゃんに売りつけるつもりはないからゆっくり見ていってくれよ。まあ、人が見ていたら客も寄り付いてくるから、こっちも商売になるんで遠慮なくな。これは水の洞窟から採掘してきた水晶だ」
わたしも袋の中から背伸びして、何とか見ようとする。
台の上には、透明で、キラキラ光るものがあった。まるで水面に水を一滴落とした瞬間のような、トゲがたくさん突き出ているような形をしている。よく見たら、光の加減で虹色に光るところ、泥で汚れたように濁っているところ、一つの塊の中でいろんな表情がある。
「これは、火山でリザードマンから剥ぎ取ってきたウロコだ」
次に男が見せてきたのは、セイラの顔くらいの大きさはある、赤くて平べったいものだった。赤と黒で地層のような模様が入っていて、割れた石の断面のようにツヤツヤしている。
「これは火に強いから、火耐性の高い防具を作るのに向いてるんだ。あとは断面が鋭利だから、ナイフに加工することもできる」
セイラと言えば、今まで見たことがないくらいに顔を輝かせていた。興奮していて、嬉しくて、楽しいのだろう。
「それからこれは、小さいけど光石だ。なかなか貴重なものなんだぜ。たまたま倒したモンスターから採取できたんだが」
小さいと言った通り、これまで二つのものと違い、豆粒くらいの大きさの、乳白色の石だった。色は綺麗だけれど、石ならそこらじゅうにたくさんあるのに。わたしはそう思ったのだけれど、セイラにはそうじゃなかったみたいだ。
さっきまでより更にうっとりと魅了されたような顔で、その石に指を伸ばした。
「おいおい、これは貴重だって言っただろ。触るのは勘弁してくれよ」
男はそう言って石をしまおうとした。
が、セイラの指が近づくと、その石は、なんと、浮いたのだ。
しかも、ほのかに光りはじめた。
乳白色の小さな輝きが、セイラの指を照らしている。
「……お嬢ちゃん、珍しいな、聖属性の適性があるのか」
男がそう、さっきまでとは違い真顔になってそんなことを言うと、後ろにいた真っ白な女が立ち上がって、こちらに歩いてきた。
「あなた、どこかのギルドに所属してる? レベルは?」
今まで聞いた人間の誰よりも綺麗な声で、そんなことをセイラに尋ね始めた。
カーラは興奮した様子で、
「ほらね、セイラは、あの村にはもったいないって言っただろ」
としたり顔をしている。
セイラは戸惑った様子で、
「あ、あの、あたしは……」
とすっかりしどろもどろだ。
わたしは、この状況がどういうものかよくわからず、もうちょっと周りが見えないだろうかと奮闘した。
それがよくなかった。
「魔物の気配がします」
女が厳しい声で言うなり、銀色の長い棒を振り回した。
わたしの入っていた袋は破れてしまった。
わたしは転がり落ちて、石畳の上でポヨンと跳ねた。
「このお嬢さんを襲うつもりだったのかしら。安心なさい、すぐに討伐してあげます」
この女は、わたしを殺すつもりらしい。
男の顔を見た。男も同じようだ。さっきまで朗らかだったのに、今は剣を抜き、わたしを睨んでいる。
セイラは、驚いた顔のまま、息もできないような状態のようだ。
カーラは、何言ってんのさと啖呵を切っているが、人間にはヒンヒンという鳴き声にしか聞こえていないはずだ。
わたしは、カーラの顔を見た。
カーラと目が合った。
「セイラを頼むね」
「アンタ、どうするつもりさ」
「セイラはここの人と旅に出るほうがいいみたい。だから、わたしは出ていくよ。じゃあね」
わたしは跳ね上がって、一度、セイラに体当たりをした。攻撃力なんてないので、セイラのような子どもでも、びくともしない程度のものだ。
セイラはそれで、はっとしたような顔をして、わたしの目を見た。
伝わらないことは百も承知で、わたしは、精一杯の別れの気持ちを乗せて、セイラの目を見つめ返した。
「後ろに隠れていなさい!」
女は、セイラを体ごと、自分の後ろに隠した。守っているつもりなのだろう。
セイラはこの女と一緒なら、きっと大丈夫だ。
わたしは大急ぎで逃げ出した。
「待て、このヤロー!」
男が剣を持ったまま追ってきたが、こんな露店だらけのごちゃごちゃしたところで、剣を振り回すなんてできっこない。魔法も打てば、人に当たるか誰かの商品をダメにしてしまう。
わたしは小さな体を利点にして、紛れながら逃げればいい。
「待って!」
セイラの悲鳴のような声が聞こえた。
けれど、魔物と一緒にいては、きっと人間の仲間には入れてもらえない。
カーラの宥めるような鳴き声が聞こえた。きっといつものように、セイラに鼻面を押しつけているだろう。それならセイラは心配ない。そうすれば、いつもすぐに機嫌が直るのだから。
わたしは、一心不乱に逃げた。
行き道に人に見つかるたびに、
「魔物だ!」
と悲鳴を上げられた。
逃げ惑う人もいれば、武器を持って追いかけてくる人もいた。
それから逃げ、なるべく隠れて、人に見つからないようにと思えば、やはり、誰かの荷物に紛れて移動するのが良い方法だった。
街から出ていくように見える馬車の荷台に忍び込み、隙間に身を隠して、わたしは脱出した。
首尾よく街からは逃げ出すことができた。
しかしわたしは、ここからどうしようか。
群れからはぐれ、行くあてもない。
わたしは馬車に揺られながら、考える。
セイラは三人で旅をしたいと言っていた。
三人では無理だけれど、それぞれ別々になら、旅ができるのではないか。
ではわたしは、旅に出よう。
あの男が持っていたような、珍しい品を、わたしの手で集めるのもいいかもしれない。
そうだ、ついでに、人間に追われることのない、スライムの安住の地を見つけよう。
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