お出かけすることになりました

 それからわたしはこっそりと村の中を歩き回ることにした。


 村はそれほど大きくはない。だから、カーラが村長と呼んでいた人間の家はすぐにわかった。村の北にある一番大きな家だ。レンガで作られた壁と、大きな黒い、三角の屋根がある。あのオスの子どもは二人とも、その家の人間だった。


 その村長の家の前に作られた広場を中心にして、村人たちの家が並んでいる。どれも村長の家よりは小さいが、似たような作りで、数人ずつが暮らしているようだ。畑を耕したり、籠や糸を作ったり、どの家もだいたい同じような毎日を過ごしている。


 セイラの家のように、今にも崩れそうな小屋に住んでいる人間は、この村にはいなかった。


 それに、


「あの馬小屋の子、魔物を家に入れているらしいよ」


 と嫌な顔をされていた。


「イヤだねえ、スライムって言っても魔物だからね」


「今は大人しくしているらしいけど、いつ暴れ出すか、わかったもんじゃないよ」


「それに、他の魔物も寄ってくるかもしれないじゃないか」


「村が襲われたらどうしてくれるんだ」


 そんなことを囁き合っているのを聞いたのは、一度や二度ではなかった。


 わたしはどうやらこの村にはいない方がいいらしい。


 そんなことを察し、しかし朝に夕にわたしを撫でで喜ぶセイラの顔を見ると去ることもできず、どうしたものかと煩悶していたところ、セイラが街へ買い出しに行くことになったのだ。


 片道数日もかかる道に子どもがひとりで行くなど、本来はあり得ないところだ。


 ただ、


「魔物が一緒なら襲われることもないでしょ」


 という意見で、そうなってしまったそうだ。


 村人はそれぞれ仕事がある。畑をそう何日も放り出すわけにはいかない。


 セイラなら、カーラの扱いにも慣れている。それに、魔物も一緒だ。


 わたしは、それをひどいと思うが、人間の群れの意識からすると、もしかしたら当たり前のことなのかもしれない。


 ともあれ、セイラと、カーラとの三人の旅だ。それ自体は、そう悪くはない。


「いいお天気が続きますように」


 セイラはそうお祈りをする。


 旅だと言ってもセイラの服装にそう変わりはない。いつものボロボロの布の服の上に、皮の上着を羽織っただけだ。女とわからないように、頭からフードをかぶっている。


 カーラはセイラを乗せて歩きたがったが、セイラはほとんど乗らなかった。


「カーラもおばあちゃんだしね」


 歩くのが好きだから、と明るく笑う。


 わたしは遠慮なく、カーラの背中に乗っている。ポカポカと暖かく、ゆらゆら揺れて、とてもいい心地だ。


 野宿も、セイラは寒そうにしていたが、わたしにとっては外で寝ることのほうが当たり前だ。まったく困難はない。


 それに、わたしの体は冷たいけれど、カーラの体はポカポカしているから、セイラとカーラのふたりでくっついて寝ていると暖かそうだった。


 道と言われているところは、同じ場所を歩き続けられて草が生えなくなった地面、程度にしかなかったけれど、それでも迷わずに行けるのはありがたい。


「アンタ、街は初めてなんだろ?」


 とカーラはやたら先輩風を吹かせたがる。


「腰抜かすんじゃないよ、本当に人間がいっぱいいるんだから」


「そんなにいたら、わたしなんてすぐ、やっつけられちゃうんじゃないの?」


「アタシの鞍に下げてる袋にでも入って隠れてりゃいいさ」


「それじゃ、街の見物ができなくない?」


「こっそり覗けばいいさね」


 やはり都会でも魔物はよく思われないようだ。仕方がない。


 セイラは相変わらず、ずっとニコニコしている。村にいたときよりも楽しそうだ。太陽に顔を照らして、楽しそうに歩いている。


「カーラとチョピちゃんと一緒だと楽しいね」


 と、ただ何日も歩き続けるだけなのに、やはり変人なのだろう。


「お買い物したらすぐに帰らなきゃいけないけど、できたらこのままずっと三人で、旅ができたらなあ」


 セイラが未来のことで希望を口にするのは、珍しいことだった。どうやらこの状況をかなり気に入っているらしい。


「チョピちゃんも、あたしと一緒にいてくれてありがとうね」


 低い身長から馬の鞍の上に手を伸ばして、わたしを撫でる。わたしは大人しく撫でられるままになる。


「プルプルだね〜」


 と歓声を上げている。


 わたしの撫で心地も、お気に入りらしい。

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