子どもに襲撃されました
日がな一日、わたしはカーラの背中で日向ぼっこだ。腹が空けば自分でその辺りの草を食いにいく。あまり離れては人間に危害を加えられるかもしれないから、行動範囲は狭い。
セイラは朝早くから起きて、まずは馬小屋の掃除をする。寝藁を取り替えて、汚物は堆肥にするために運び出す。外に集める場所があるのだと言う。
それからカーラの体にブラシをかけてやり、エサ箱にカーラの飯を補給する。
「チョピちゃん、行ってくるね」
その後は村に出かけて、そのまま夜まで帰ってこない。
「カーラの仕事はないのか?」
わたしが訊ねると、カーラはニンマリ笑った。
「こんな老骨にそうそう仕事はないよ。昔はまあ色々とやったもんだけどね。今じゃどうも、たまにだよ。たまーに、村の外へ買い出しへ荷馬車を引くだとか。旅人や冒険者が来たときにお金を取って貸すだとか。それくらいだね」
「そんなんで、よくエサがもらえるね」
「そのうち潰されて食われるかもしれないけどね。ここ以外で今更こんな年を取ってから、一頭だけで、どこ行こうってのさ。アタシはここで死ぬんだよ」
わたしは、そうかと頷いた。
「まあアタシはともかく、セイラは早くこんな村を出てっちまったほうがいいと思うけどね」
「そうなのか?」
「あの子は働き者で器量も良いからね。こんな村でケチな男に貰われるより、街に出りゃいくらでも生きていく道があるだろうよ。そのほうがよっぽどいい暮らしができるってもんだ」
「ふーん。まあ、セイラがどう思ってるかだよね」
正直、わたしには想像が及ばない。何せ人間の暮らしなんて、この村どころか、この馬小屋の周りくらいしか知らないのだ。
「いい暮らしってどんなもんなの?」
聞いてみれば、カーラは、それ来たとばかりに都会の話をしはじめた。
カーラが荷馬車を引いて何日もかけて行くその街は、驚くほどたくさんの人間がいるらしい。
道は広くて石で舗装され、雨の日でも泥だらけになったりもしない。
市場には色とりどりの天幕を張った店が所狭しと並ぶ。肉の塊が吊るされ、鮮やかな野菜や果物などの食い物が山と積まれる。凝った模様の入った布や服飾品、木や土で作った食器などの日用品、それに剣やナイフといった武器類、なんでもある。
そこにいる人間は、泥をつけたまま歩いている者は一人として見ない。みな新しそうな、きれいな服を着ているらしい。それも濃い色に染めてあったり、刺繍がされていたりと、美しいものばかりだ。
子どもは片手は親に引かれ、もう片手は菓子を持っている。
誰も彼も楽しそうに笑い、腹も空かせておらず、健康そうにぽっちゃりしている。
夜になれば道やら家やらとあちこちで火が灯り、まるで昼間のように明るいままで外を歩けるらしい。
「セイラには、ああいうところで暮らしてもらいたいね」
カーラはふんと鼻息を荒くする。
「カーラはセイラが好きなんだな」
「そりゃそうさ」
わたしは都会がそんなにもいいとは思えない。きっとカーラは街のいいところばかり見ているのだ。そんな気がした。けれど実際に街を見たことがないわたしには、ただの否定的な推測に過ぎない。
それに、カーラがセイラを大事に思っているのは、街がどうだろうと、確かなことなのだ。
「あ、スライムだ!」
そんなのんびりした昼間に、子どもの声だ。あの時のオスの子どもだ。二人ともいる。
「まだいたのか!」
「魔物のくせに!」
子どもはわいわいと騒ぎ始める。
わたしはその姿を、馬小屋の中から眺める。
カーラはわたしを背に乗せたまま、耳をピンと立てた。どうやら警戒体制だ。
「こいつ、このままにしたらセイラに襲いかかるかもしれないぞ」
「大人しくしていても魔物だもんな!」
「セイラがいないうちに追い出しちゃおうぜ」
「セイラにバレたら怒られるぞ」
「バレないって、勝手に逃げたって言えばいいし」
子どもらは、そんないい加減なことを言って、わたしに向かって石つぶてを投げはじめたのだ。
途端にカーラが、ヒヒーンと高く嘶いた。
後ろ足で立ち上がる。
前足の蹄を、子どもらに向かって掲げた。
「うわ、逃げろ!」
子どもらはあっさりと逃げていった。
カーラは
「気にすんじゃないよ」
と言ってくれたが、わたしは、ああそうかと色々と納得した。
あのオスの子どもらは、セイラが好きだ。
セイラに飼われているわたしのことが気に食わない。
セイラがあの二人をどう思っているのかはわからないが、家に呼んだりはしていないところから見ると、それほど親しく付き合っているわけではないようだ。
わたしがここにいることで、セイラの村での立場は、少し居心地悪くなるのかもしれない。
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