第14話 事故物件のオトモダチ

 夜。

 ……

 …………

 ………………

 目の前にあるイケメンの寝顔。っていうかこいつ、寝顔ショタだな。

 その前に、近い。鼻先が当たりそう。距離が五センチもない。桜でも秒で進む距離だぞ。

 まあ、仕方ない。一万二千円物件に部屋の広さを求める方がどうかしている。布団二人分で部屋がぴっちぴちである。

 と、同時。


 かたかたかたかた。

 くふふふふふふふ。

 けらけらけらけら。

 ことことことこと。


 うん、すっかり失念していたね。ここ事故物件だった。

 まさかポルターガイストが起こるとはね。幽霊いるのかな。

 私は迷わず布団から脱出。すんでのところで三條に抱きつかれずに済んだ。色々とセーフ。

 貞操もそうだが、自分から抱きついたなんて知ったら、三條ゆでダコだろうからな。

 さて、ひとまず、リビングへ。

「さあ、出ておいでよ」

 現れるのは市松模様の着物を来た少女、白い人魂、生意気そうながき、腰の悪そうなおばさん、冴えない会社員、それから──

 高校の制服を着たトイレの花子さん。

「うふふっ、華子ちゃん、よく気づいたわね♪」

「原因はお前かこのアホンダラァッ」

 とりあえず、花子を一発殴っておいた。

 おかしいと思ったのだ。

 私の知るトイレの花子さんは幽霊だが、成長している。その上、学校のみならず、この家にまで出る。

 とりあえず、普通の幽霊として片付けるには非凡すぎる。

 真実はこうだ。

 こいつは花子という名前でちがいないが、生き霊。私に勝手にくっついてきた。

 そうして、私に自分が生きやすい場所に行くよう導いた。

 例えば曰くがありまくりの事故物件とか。

 ……本当に変なのに好かれてしまった。

「魁花子だなんて……」

 私の従妹だなんて。


 少し私の従妹の話をしよう。

 私の叔母は、結婚して僅か数年で夫を失った。美人であるが故に。

 つまり、周りからの妬み嫉みが簡易的な呪詛となって、叔母に降り注いだのだ。

 それを庇って叔父さんは死んだ。叔母さんは生きた。

 美人は生きている限り面倒くさいくらい妬まれる。

「旦那さまが亡くなって可哀想に」

 が裏では、

「もっとひどい目に遭えばいいのに」

 となる。

 そうして犠牲になったのが、叔母の愛娘の花子だ。呪詛の標的となり、死なない程度に殺された。

 つまり昏睡状態。脳死判定もされず、生殺し。

 私とそれなりに年頃の近い花子は理不尽に傍迷惑な理由で未来を絶たれた。叔母は死んだことにすることもできない。

 だから美人は面倒くさい、と叔母は私にきつく語ってみせたのだ。

 無意識の人の悪意が大切な人を犠牲にするから。


「うふふっ、華子お姉ちゃん」

 楽しそうにする花子。

 私は花子に直接会ったことはないが、たぶんこいつが従妹の花子なのだろう。叔母に何か意図があったのか、それともネーミングセンスがなかったのか、はなこという名前になったとは聞いた。

 まさかトイレの花子さんのふりして近づかれるとは思わなかったが。

 まあ、本当にトイレの花子さんだったとしても、揺るぎない事実がある。

「……私にも霊感があるのね」

 にも、というのは、たぶん叔母にも霊感があるだろうから。悪意の呪詛を感じ取れたのはそういう勘が鋭いからだろう。

「そうだよっ。でもトイレの花子さんのふりするのも楽しかった!」

「さいで」

 花子が嬉しそうで何よりだが、忘れないでほしい。私には花子以外も見えるのだ。

「とりあえず市松の子から話を聞こうか」

 ポルターガイストは精神衛生的によろしくない。

 くすくす、と着物の袖で口元を隠す上品な笑い方をしていた女の子がすー、とこちらに寄ってくる。足はあるが、霊的な力で動いているから足を動かす必要がないのか。

「くすくす、人間は愚かね」

「うん、そうね」

「くすくす、人間は浅はかね」

「うん、否定しない」

「くすくす、お嬢さんは面白い人ね」

「それはあんまり嬉しくないかな」

 花子に続き、私は市松着物の女の子にも気に入られたらしい。

 それにしても、ちんまい。

 昔の子って感じの格好だが、ちんまい。

「名前は?」

「藤」

 ふむ、名しかないようだ。

「わたくしは、遠い昔の人柱」

 あ、なんか歌い始めた。

「藤のごとくに舞えよ散れよと」

 短歌か。まあ、端的に状況説明してくれたのだろう。

「川岸の此岸彼岸を見失い、たゆたう花は藤と見ゆるか」

 くすくす、と笑む。わかりにくいが、当たりだろう。

 川の埋め立てに人柱を使うのは昔によくあったこと。藤はここの人柱に使われた、というわけだ。

「くすくす、あなた、頭もいいのね」

「そりゃどうも」

 咄嗟に歌で返して現状把握をする。確かに現代人ではなかなかないことかもしれない。

 で。人柱云々の話だが、ここは昔近くが川を通り、氾濫することが多かったらしい。

 そこで大規模に地形を変えるために藤を人柱にしたらしい。

 しかし、現実はもっと残酷だった。

「藤は枯れ朽ち果てること、人知れず、数多の柱に貫かれけり」

 つまり。

「このアパートを建てるための地盤改良のせいで地中に埋められた体がぼろぼろ、と」

 最悪な話だな。

 地盤改良はコンクリートの柱を何本も地面にぶっ刺すという行いだ。柱はかなり長い。電柱くらい。

 それが体に突き刺さったら痛いどころの話じゃないだろう。

「……そっか」

 藤の頭を撫でてやると、藤はきょとんとしてから撫でられていた。

「この心いとをかしくも染めうるは藤より深き藍の色かな」

 む、気に入られた?

「じゃあ、次……ってわわっ」

 白い人魂が猛突進してきたんだが。とりあえず取り憑いたりしないでくれるとありがたい。

 なんて思っていたら、じゃれつくように、私の周りを舞う。

「此岸にも、まだ咲き誇る死人華、摘むこともなく、見ゆる者あり」

 あれ、藤じゃない声。高いけど女の子っていうより、ちっちゃい男の子かな。

 っていうか人魂って喋れたんだね!

「もしかして、藤と一緒に人柱にされた系」

「けらけら、けらけら。泥の中に埋められし花なり」

「蓮か」

 れんって呼べばいいのかな。

「でもなんで人魂?」

 藤は人形なのに。

「蓮はわたくしより小さいの」

 あ、貫かれるだけで済まなかった、と。

 想像すると怖いな。SAN値チェックしようか。

 とりあえず、見てくれる私がいるのが嬉しいようだ。また気に入られたな……

 残るは会社員とおばさん。

 これは想像がつく。

 この物件の説明のときに三條が言っていた。この部屋では、横領の冤罪をかけられた会社員が死に、洗濯物を追ってベランダから落ちた女性がいる、と。おそらくまだ成仏できないのだろう。

「……ぼくはもうおわりだぁぁぁぁぁぁっ」

 突然泣き出す会社員。いや、あんたもう人生終わってるから。

「わたしのしょうぶしたぎはどこおおおおおおっ」

 叫ぶおばさん。いや、事情はわかったが勝負下着ベランダに干すのかよ。

 人柱の話でそこそこシリアスになっていたのにこの二人が面白すぎて台無しだぞ。

 会社員の方はかろうじて未練がわかるがおばさんの方くだらなくね? 勝負下着って。

 とっとと成仏してほしいが……

 がたがたがたがたがたがた

 なんかテーブルが動いたんですけど。

「こんなしごともういやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

 待て、早まるな。

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