第6話 ああああ

 翌朝。

 何故かわからないが家から出たら三條がいた。

「え、何?」

「一緒に学校行こう」

「いいけど……」

「けど何?」

 なんで不機嫌!?

 別に不機嫌になられるのはいいが、意味がわからない状態での不機嫌と一緒は嫌だよ? え、え、私なんか悪いことした? やっぱり昨日ミッツとか呼んだから? リアルガチに怒った?

「え、なんかごめん」

「なんで謝るの?」

「なんか怒ってるみたいだったから」

「怒ってないよ」

 どうだか。

 笑顔がひきつってもイケメンはイケメンという事実は認めるが。

「怒ってないなら何なのさ。顔怖いよ。あと、手痛い」

 掴まれていた手首を払うと、三條はいつものトーンで咄嗟に謝る感じで「あ、ごめん」と言ってきた。本当何なの。

 と思っていたら、思い切ったように三條が言った。

「高校入ったら一緒に住まない?」

「…………………………………………は?」

「だから! 一緒に住もう!」

「Pardon?」

「発音いいね」

「そりゃどうも」

 で、こいつ今何つった?

 一緒に住もう?

 冗談じゃない!

「私は、一人暮らしがしたいの! 一人気ままな生活がしたいの!」

「でも、あの双葉ってやつと同じ学校に進学するんでしょ!? 危なくて一人にできないよ!」

「なんで知ってるの怖い!」

 ネットリテラシーどころの話ではない。

 ちなみに、舞と同じ高校目指すのは狙ったわけじゃない。どちらかというと、舞が狙ったのではなかろうか。

 そんなこと誰にも言ってないのに。四善にすら漏らしてないのになんでこいつが知ってるの? 怖いんですけど!

「居候でいいから! 炊事洗濯、家事全般やるから! 一緒に住ませて!」

「やだもうなんでただでさえつきまとい事案なのに家に帰ってまでつきまとわれなきゃならないの!」

「わー、司くんのお願い無下にするなんてひどーい」

 何気ない言葉を投げ掛けてきたのは舞。

 あ、死んだ。

 場所は校門前。色々とヤバい。というか歩きながら随分早く着いたなというより衆目が注いでいて緊張で冷や汗がつー、とこめかみを伝っていく。

 舞からの冷ややかな視線は慣れているが、こんなにも大勢に見られるのは気まずい。しかもそのほとんどが女子。三條に興味があるのは間違いない。三條はストーカー気味な世話好きスキルをなくせばノーマルなイケメンなのだ。

「騎士さまに守ってもらっておきながら騎士さまを無下にするとはいいご身分ね。さすが女王さま? といったところかしら」

「いつから私は女王とやらになったのかしら。私はド平民希望なのだけれど」

 だが、多勢に無勢。やはり美人は面倒。更に言うならイケメンも面倒。

 ただ、この衆目の多さは気まずい。完全に私が悪女みたいだ。別にそんなつもりはないが、舞の言ったように私の三條に対する振る舞いは女王さまっぽく見えるのかもしれない。

 私、サディストではないのだけれど。

 ……そういう問題ではないか。

 そのとき、イケメンが沈黙を破った。

「あの、黙っててもらえますか?」

 ここから始まる爽やか笑顔の弁論。

「これは僕と魁さんの問題であって第三者にああだこうだ言われる筋合いはないんですよねぇ。

 それに双葉さん? でしたっけ? 魁さんと幼なじみだからって調子乗りすぎじゃありません? 事あるごとにいちいちいちいちねちねちねちねち魁さんに突っかかって、僕はそういう人大嫌いなんですよね。滅べばいいと思います。

 で? 多数決で勝てるとでも? 先程も言いましたけど、いくら周囲を味方につけたって、これは僕と魁さんの問題です。ですから第三者に口を挟まれる謂れは全くありません。つまり見るのは勝手ですが黙ってろこらって意味です。中学生なんですから、これくらい理解できますよね? 理解できないんなら知能が猿並……いや、猿より下ですね。

 というわけで口出しは無用です」

 ……うわぁ、と思った。

 私の弁舌がそこそこに辛辣なのは自覚していたが、三條もここまでとは。

 女子たちは蜘蛛の子を散らすように逃げた。

 ざまぁ。

 舞が私を一睨みしていったが、大体いつものことなので、SAN値チェックはいらない。むしろSAN値チェックが必要なのはあっちだろう。

 気まずさから解放された私はふう、と一息。三條に目をやる。

「ありがと、助かったよ」

「いえいえ。魁さんを困らせる害悪は許しません」

 こいつ本当に騎士化してんな。

 そういう決定的な上下関係を私は好かない。面倒くさいからだ。

 故に、こういう風に混ぜっ返した。

「ん、これで一つ借りができたな」

 私はその瞬間戦慄した。戦慄せずにはいられなかった。

 一瞬目を見開いた後、三條はそのイケメンの爽やかな笑みから一転、何かを企んでいるように目を細めて、妖しげな笑みを浮かべた。妖しいからといってイケメンが損なわれないのが憎たらしい。

 私が身構えた直後、そいつはこう放った。

「借りって言いましたね」

 まるで私がそういうのを待っていたようだ。実際、待っていたのだろう。

 こいつはこう宣った。

「じゃあ、僕が居候するのを承諾することで返却してください」

 死んだ。さっきと違う意味で死んだ。結果は同じだけど死んだ。

 一本取られたとも言う。

「それが目的かぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「もちろん」

 輝かんばかりの笑顔で頷くイケメン。むかつく! なんかむかつく!

 くそぅ、志望校どころの話じゃないぞ。こいつ私のこと深層心理レベルで把握してんじゃねぇか? こわっ。

「朝から校門前で派手にいちゃついてるねぇ、お二人さん♪」

 語尾うぜぇ四善が介入してきた。

「何か今なっちゃんに失礼なこと考えられた気がする」

「気のせいだよ」

 エスパーか! こいつはエスパーか!

 そういや、三條と四善は幼なじみだったな。こういうとこ、似てんのかな。

「べ、別にいちゃついてなんか……」

 何故にここでピュアボーイに戻るんだよ三條! さっきの妖しげな笑みは何だったんだよ。ギャップが激しい。

 ……とりあえず、学校入ろう。

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