第3話 これまでのあらすじ

 花子さんのおかげで一矢報いた私は、以来、トイレでのいじめに遭うことはなくなった。

 ただ。

「あら華子ちゃん、今週もトイレ掃除当番なのね。私嬉しいわ」

「……花子さんって三階じゃなくてもトイレならどこでもいいんですね……」

 学年が変わって利用するトイレが変わってもつきまとう花子さんというオトモダチができた上、

「あいつまた虚空に向かって喋ってるよ」

「イマジナリーフレンド?」

 という噂まで流される羽目に。

 確かに、人間が作ったイマジナリーな花子さんだが。

「華子ちゃん大丈夫? 最近独り言多いんだってね」

 舞がさも心配そうに言う。私は適当にあしらった。そんなとき。

「舞ちゃん、ごめん、またしっぱ、あっ」

 明らかに舞に何か報告に来た女子。知っている。こいつが舞の手下だってこと。

 私は史上最上級の笑顔を向けた。

「何に失敗したのかな?」

 なーんて、聞いてはみたものの、わかってるんだよねー。

 私の靴にカッターの刃を入れようとしたことなんて。

「まあ、花子さんから聞いたんだけど」

 花子さん、トイレじゃなくても活動できるとかもはやトイレの花子さんじゃない。

 一方、女子はひぃっと声を上げる。

「噂のイマジナリーフレンド……」

 失礼な。事実だけど。

「で? 舞が差し向けてたんでしょ? これまでのいじめも」

「……ぜぇんぶお見通しってわけね。知ってて言わねぇとか想像を絶する腹黒女ね」

「お前が言うか」

 だいぶ前から気づいてたけど、やっと本性出したかー。ぶりっ子ではなかったけど、口調が荒れすぎだろう。

「ふんっ、お友達ごっこはおしまい。そろそろ本気で殺したいくらい目障りだったの、あなた」

 だから、とびしりと私を指差す。人に指を指しちゃいけない。

「正々堂々毒吐かせてもらうわ」

「陰湿ないじめを裏で糸引いてた人が今更正々堂々とかウケるー」

「私より先に毒舌ポジを勝ち取らないで」

 残念、私の基礎は毒舌でできている。お前のせいでな!

「は? 何私の隣にさりげなく座ってんの? しっしっ、去りなさい。私はあんたの添え物になりたくないの」

「何言ってんの? ここ私の席なんですけど。っていうか添え物とか自意識過剰も甚だしいよねぇ。主役を引き立たせるのが添え物の役目でしょ? 自分が添え物とか思ってる時点であんたの敗北は確定してるし。つーか、添え物になるほどの価値もないでしょ。陰湿似非毒舌女」

 いじめを首謀していたことが発覚してから、舞は私への悪口を包み隠さず言うようになった。が、事毒舌で言うなら私も負けていない。一応成績トップなのだから、語彙力に関しては問題ないのだ。

 それに、毒はずっと吐かずに溜めていたものがたくさんある。毒舌ごときで負けるような私ではないのだ。

 と、わりと本気モードの私と舞を遠巻きに見て、クラスメイトは言った。

「あれが喧嘩するほど仲がいい?」

 違うわ!


 学区が同じなので、残念ながら、舞とはまた同じ学校になった中学。残念ながらと言いつつ、歯牙にもかけないけどね!

 市内あちこちの小学校から進学してきた子がいるので、知らない顔もちらりほらり。

 そうして、舞とは何の因果か同じクラスになり、いがいがしている様子を障らぬ神のように見過ごされる中、私はそいつと出会った。

 掃除中のことだ。舞と同じ当番になった。

 そこで舞が行動に出た。

 掃除は床拭きだ。

 舞が水をバケツに汲んでくる。そう決まった時点で、嫌な予感がした。

 案の定。

「あっ」

 わざとらしくこけた舞がバケツの中身をぶちまける。水はかがんで待っていた私の頭に狙いを澄ましたようにかかった。

 もちろん結果は言わずものがな。

 ごめーん、という舞だが、私にはわかる。心は全くこもっていない。

 そんな私にふぁさりとかかるタオル。

 え?

 顔を上げると、イケメンがいた。

「大丈夫?」

 その男子がイケメンでなかったら、果たしてこの世の誰がイケメンだろう。目鼻立ちが整っているがまだあどけなさの残る顔。まあ、魅力的だ。

「タオル、貸すから」

「ん、ありがと」

 タオルに名前が書いてあった。三條司というらしい。聞いたことがある。

 学年一、いや学校一のイケメンである。噂は耳にしていたが、うん、これはモテるな。これがモテなかったら、世の中一体誰がモテるんだろう。

 っと、もう舞からの嫉妬の視線が来たよ。可愛い顔立ちなんだから、お似合いなんじゃない?

 だが。

 私はこの男を軽視していた。

「入学式で一目見たときから好きになっていきました。見た目もそうだけれど、中身も。付き合ってください」

 帰りのホームルームも終わって間もなく、公開処刑が下ったのはその出会いから3ヶ月後だった。

 ちくしょう。

 こういう告白の類は普通こっそりやるもんだろ。なんで大衆の面前なんだ。いい加減にしろ。

 言うまでもない嫉妬の眼差しに加え、断ったら取って食われそうな雰囲気。こいつを狙っている女子が多いから勝手にどうぞと思ってたら俺かよ! みたいな心情は誰も汲んでくれない。

「しゃあないな……メアドくらいは交換してやるよ。友達としてな」

「本当ですか!」

 やめろ、キラキラした目で見るな。刺さる。

 ここで私が断っていたら殺されていたことだろう。ひとまず命の危機は去った。

 とりあえず、私の中では別れる前提だ。だから、こいつに嫌われることをしようと思う。

 中身を知って、幻滅して、別れてくれれば、私も平穏無事な生活に戻れる。




 ──そう思っていた時期が、私にもありました。



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