第2話 トイレの花子さん

「また華子ちゃんと掃除当番別々になっちゃった」

「いいんじゃない? 毎回毎回トイレ掃除やるよりは」

「私は、華子ちゃんと一緒にいたい」

 クラス一可愛い子が私にばかり構うのを見て、羨望だったり、嫉妬だったりを向けてくる周囲。だが、騙されてはいけない。

 このアバズレが。


 放課後、掃除当番で、私は大体決まってトイレ掃除だ。トイレ掃除なんて誰もやりたがらないし、私もやりたくない。

 掃除中のトイレなんて、軽い密室みたいなもんじゃないか。

 だから。

「ちょっと美人だからってお高く留まってさぁ!」

「ちょっと、顔は駄目だよ、バレるって」

 ばしゃん、と水浸しのタイルの床に叩きつけられる。

 と、まあ、こんな感じになるわけだ。

「澄ました顔しやがって。トイレの汚水でも飲んだらその顔歪むかな?」

「見たい見たい」

「とおりゃっ」

 ばしゃん。和式トイレにぶちこまれる私の顔。大丈夫、目も口も閉じてる。

 これが日常茶飯事だった。

 というわけで、私はトイレにいい思い出がない。まあ、トイレにいい思い出があるやつの方が少ないだろうけど。

 小学生のトイレ掃除だから、床掃除ではしゃぎすぎて、服が水浸しとかも許されたし、水で滑って転んだ、と言えば、トイレで鼻頭を打ったのも誤魔化せる。全てが計算づくのいじめであった。

 ただ、私は他人より冷静に物事の全体を見られる。当事者でありながらにして、客観的に見るくらいの頭脳は持ち合わせていた。一応、これでも頭はいい方だ。

 結論、学年トップに君臨している私からすれば、掃除当番で絡んでくるやつの厭らしさはそいつ本人の頭脳で考えたものではない、と判断できた。

 となると、黒幕がいる、というのは当然の判断だ。こうも周到に私に完全犯罪なんてできるやつはそういない。

 そう、私の友人の名を騙る舞だ。

 何故なら彼女は学年二位の頭脳の持ち主なのだから。

 私が舞を検挙できないのは、舞が私へのいじめに直接手を下さないからだ。舞は何の罪も犯していない。だから何も咎められない。

 それがあの女の狡猾なところだ。

 いじめてくる連中がそのうちぽろりとこぼしてくれれば楽なのだが……なんて、都合のいいことが起こるわけでもなく、私は今日も憂鬱なトイレ掃除に向かう。

 憂鬱だったため、少し着くのが遅れた。難癖をつけられるだろうが、気分ばかりはどうしようもない。

 今日はどんな仕打ちが待っているのだろう、と思ったら、


 縦横無尽に勝手に動き、他メンバーを攻撃する掃除用具たち。

 私にそんな超能力はないし、何より今来たばかりだ。超常現象に戸惑うばかりだ。

 阿鼻叫喚のその場に、シャツにサスペンダーをつけた赤いスカートの女の子が降り立った。

「え、あんた誰?」

 するとその子はあっけらかんと答えた。

「私はトイレの花子さんだよ」

 …………

 ………

 ……

 Pardon?

「華子ちゃんよね。私と同じ名前の子なんて何年振りかしら」

「いや、はなははなでも画数が多い方の華です」

 じゃなくて。

「トイレの? 花子さん?」

「そうよ。いつもトイレ掃除お疲れさま」

「……いやいやいやいや」

 ちょっと待った待った。

 トイレの花子さんといえば、我が国で最も有名な学校の怪談ではないか。ええと、花子さんって幽霊なんだっけ?

 じゃなくて、ここは学校。花子さんは学校の怪談。だからトイレの花子さんが出るのはよろしい。ここはトイレだから花子さんが出るのはよろしい。

「何この状況」

 花子さんはポルターガイスト的な何かでいじめっ子たちを懲らしめている。ざまぁな光景だが何この状況。

 明らかに私が助けられている? みたいになっている。

「なっているも何も、助けているのよ」

「何故」

「同じはなこ同士じゃない」

 それでいいのか。

 はなこという名前は何と言っても古くさい。

 はなこを名乗りながら言うのもあれだが、古くさい。現実は受け止めることが大事。そう聞いた。

「……で、トイレの花子さんって、三階の三番目のトイレにいるのでは。そして人を怖がらせる怪奇では」

「嫌だわそんな考え方古いじゃない」

「古くさい名前の人に言われたくない!」

「同じく自分が古くさい名前だということはお分かり?」

 ぐっ、古くさい怪奇なだけあってああいえばこういう。

 そろそろ私の思考回路がキャパオーバーで終わりそうだ。

 そんなのを無視して花子さんは言った。

「今時はなこなんて名前珍しいもの。それが毎日毎日私のトイレで嫌がらせされてたら、私怒っちゃう。全てのはなこはオトモダチなんだから」

「何ですかその暴論」

 という間にもポルターガイスト的な攻撃は続けられていた。花子さんすげぇ。

 全てのはなこはオトモダチ理論はよくわからなかったがわかったことにして先に進もう。

「花子さん、もうよろしいのでは?」

「まあ、華子ちゃんが言うなら仕方ないか」

 ポルターガイストが止む。掃除用具は掃除用具入れに戻った。え、その場にぼたっと落ちるとかじゃないんだ。

「さてと、早く掃除を始めようっと」

「何ナチュラルに掃除始めようとしてんだ、この美人なだけの性格クズが」

「大層貧相な語彙力ですこと。ま、小学生だし仕方ないか」

「お前も小学生だろうが!!」

「やめろって、そいつヤバいよさっき空気に話しかけてたもん頭がヤバいよ」

 失礼な。

 ってんん?

「え、みんなには花子さん見えない系……?」

「テヘペロ☆」

 花子さんが現代に感化されてる!

 ……じゃなくて。

 私完璧にイマジナリーフレンドがいるヤバい人認識だ。

「とにかくお前! あたしたちを滅多滅多にしてただで済むと……」

「え? あなたたちが勝手に戯れてはしゃいで怪我しただけでしょ?」

 ちょっと意趣返ししたくらいで黙りこくって。これだからお子さまは。

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