トイレの神様に逆らってみた

九JACK

第1話 魁華子

「今日は、みんなの将来の夢を聞きたいと思いまーす。みんなは大人になったらお仕事とかするようになると思うけど、何になりたいとか、考えたことあるかな?」

「ぼくしょうぼうしー!」

「消防士? うんうん、かっこいいもんね。他のみんなは?」

「おれしょうぼうしゃー!」

「うんうん、かっこいいも……ん、んん? 先生聞き間違えちゃったかな? 消防車って聞こえた気がするんだけど、消防士だよね?」

「まちがえてないよ、しょうぼうしゃだよ。あかくてかっこいい!」

「なにいってんだよぱとかーのほうがかっこいいよー」

「わたし、きゅうきゅうしゃにのりたい」

「はいみんな落ち着こうか。救急車には乗らないに越したことはないんだよ?」

「れーきゅーしゃがいちばんしっくでかっこいいぞ」

「うん、聞いてないな。じゃあ、華子ちゃん、華子ちゃんの夢を教えて」

「わたしは──」

「うんうん」

「将来は、ブスになりたいです」






「「「「「は?」」」」」



「将来はブスになりたい」

 私はそれを信念として掲げ、行動してきたはずだ。

「明日から娘さんと同棲させていただきます、三條さんじょうつかさと申します。あ、こちら、つまらないものですが……」

 そんなことを宣って、菓子折を私の母に渡すイケメン。その折目正しい丁寧な所作にぽっとなる我が母。お前何歳だよ。

「華子にこんなイケメンで礼儀正しい彼氏ができるなんてお母さん嬉しい」

 老婆心丸出しか。

 じゃなくて。

「彼氏じゃない彼氏じゃないただの居候だよこいつ」

「あらもう華子ったら照れちゃって。お母さん知ってるのよ。司くんから告白されたの」

 ……女性の情報網って恐ろしい。

 今度は三條が赤くなった。照れる姿もイケメンだ。後ろ姿だけで奥様方の井戸端会議のネタになるこのイケメンめ。

「い、いえ、今はただの居候でいいんです。でも、居候になるからには、きっちり華子さんの面倒見ますから!」

「きゃあ、頼もしい」

 見なくていいのに。




 私は、ブスになりたかったはずだ。






 どうしてこうなった!?




 トイレを綺麗にしていると美人にしてくれる神様がいる、というのは、ただの作り話ではなく、ちゃんと由緒正しい物語として存在する。

 今は昔。神様たちが、家の場所ごとに司る場所を決めよう、と集まる機会があった。たぶん七福神だと思うのだが。

 十二支の話は知っているだろうか? まあ、そんな感じで、当日、着いた順番に場所を選んでいく、という方式で決まることと相成った。

 その日、紅一点である弁財天さまはかなり遅れてやってきた。弁財天さまも女神さまだから、女性として色々な支度があったため遅れたのだろうが、そのため、残っている場所は、誰もやりたがらない便所、つまりトイレだけだった。

 弁財天さまは女神さまなので、美しさを司る。そのこともあって、弁財天さまを敬えば、美人にしてもらえるという謂れがある。

 その謂れが発展して、弁財天さまの司るトイレを綺麗にしていたら、美人にしてもらえる、という発想になったのだと言われている。

 と、トイレの神様の由来はわかっていただけただろうか。

 それを踏まえて私は言うのだ。

 美人になりたくないので、トイレ掃除はしたくない、と。

 もちろん、学校の掃除当番で当てられたら仕方ないからやるけれど、おざなりにしていた。

 何故なら、古今東西、美人というのはそれだけでステータスであり、その分だけ面倒事が絡むのだ。

 私は面倒事が大嫌いだ。トイレ掃除もそうだが、妬みとかやっかみとか買うのはもっと嫌だ。それを幼いながらに知っていたのだ。叔母に教えられて。

 叔母は美人だ。アラフォーとは思えないくらいに美人だ。その美貌は昔からだったらしく、それ相応に苦労したと聞いた。

「はなちゃんは昔の私に似ているからね、苦労が多いと思うからね、頑張るのよ」

 私は叔母の苦労話を聞いて育ったため、心に誓ったのだ。

 私はブスになる、と。


 保育園で将来の夢を「ブスになりたい」と語ったとき、当然ながら、辺りは沈黙した。

 蓮沼はすぬま先生が固まったのは悪いと思った。けれど、私は先生に気を遣えるほど大人ではなかった。むしろ前言を撤回できないレベルの超子どもだった。

 消防車、パトカー、救急車、霊柩車、別にそれらはなれないものだとしても、子どもらしい間違いじゃないか、微笑ましい。

 しかし、私の思いは間違いなんかじゃない。私は、

「心の底からブスになりたいです」

「いや、別に繰り返さなくてもよかったんだよ?」

 わかっているのなら正気を疑うような目で見ないでほしい。

「でも華子ちゃん、どうして……」

「見た目可愛いのにブスになりたいとかむかつくー」

「ブスになってブスの気持ちわかればいいのにね」

 そんな陰口もあったのを私は聞き逃さなかった。

 だから、誇りをもって、ブスになりたいと願ったのだ。

「はなこちゃん、しょうらいぼくのおよめさんになってください」

「ちょ、ずるい、おれもー」

「あこがれのはなこちゃんはわたさない!」

「なんでおんながはいってくるんだよ~」

 最後のやつ。深く同意。

 私はモテた。未就学児とは思えないほどモテた。男子にも女子にも。

 こうしてすったもんだの毎日……だけならよかったんだけど。

「……ん?」

 ある日、上靴に安全ピンを安全じゃなくしたものが入っていた。

 その日、名札の安全ピンをなくしたやつがいた。

 ……いやいや、あからさまだろう。昔の少女漫画じゃあるまいし。

「せんせー、なんか拾った」

「うわぁっひしゃげた安全ピン! 危ないから自分で拾うんじゃないの」

 なんて言われたけど……靴に入っていたっていうのも億劫。

 そういうことしかできないやつはそれで満足させときゃいい。




 ──そう思っていた時期が、私にもありました。


 最近の小学生はませている。それは世間一般の認識であり、正しくもある。何せ、未就学児の時代からませているのだから、仕方がない。

 で。

 朝、下駄箱を開けると。

「わ、物好き」

 さすがにわさぁっとまではいかないが、私の顔を渋面にするには充分なくらいのラブレターが入っていたのだ。同級生、年上、年下、関係なし。時には教師からまで。ロリコンで訴えんぞこら。

 中には盗撮めいたものまであった。今時の小学生コワイ。

 まあ、スマホでワンタッチだからなぁ……

それはいいとして、本番はここからだ。

「おはよう、華子ちゃん!」

「ん、ああ、おはよ、舞」

 一応、私にも友達と呼べる子はいた。双葉ふたばまい。保育園から一緒の女の子だ。

 すげぇ女の子オーラ出してるよ。年齢相応な可愛い系。ぶりっ子とはいかないまでの可愛らしさ。私よりよっぽど可愛いはずだが。

 性格は可愛くないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る