140(???視点)人造の魔弾

 教導学院下級クラスAの「拠点」と指定された封印塔。

 その屋上から見下ろせる「漆黒の森」の切れ間で、ゼオン先生たちが魔族と戦っています。

 その戦いは――驚くべきことに優勢です。

 魔族の行動を効果的に封じつつ、クロエさんを上手に使って着実にダメージを与えているようです。

 何度かとどめになりそうな攻撃も入りましたが、女魔族は死にかけたところから蘇生したように見えました。

 魔族という種族特有の生命力なのか、それともなんらかのスキルによるものなのか――


「手こずっている……というほどでもないか。ちっ、口ほどにもない魔族だな。所詮は女ということか」


 顔を歪め、そう吐き捨てたのは兄――クラスの担任でもあるヘルムートです。


「……どういうことです? 兄さんはあの魔族とつながっているのですか?」


 わたくしはそう訊きますが、


「誰が口を利いていいと言った? 口を動かしてる暇があったら設置を急げ」


 兄はにべもなく切り捨てました。


 わたくしと兄が今いるのは、封印塔の屋上です。


 わたくしは今、屋上にとある魔導装置を設置している最中です。

 2.5メテルほどの一対のレール。

 その基部には積層魔法陣の重ねられた魔力の圧縮装置を接続します。

 これだけでは不安定ですので、レールには兄がバイポッドと呼ぶ二脚の支柱が取り付けられています。


 こうした制作物は世界によってアイテムとは認められていないため、持ち物リストに入れて運ぶことはできません。

 封印塔を拠点とした実習を行うに当たり、ここにはクラス全員が生活できるだけの物資が運び込まれました。

 その物資に紛れ込ませる形で、兄はパーツに分解したこの魔導装置を持ち込ませました。

 兄は担任で、わたくしはクラスの代表のような立場にあります。

 先生の索敵をダディーンが、拠点の防衛をわたくしが指揮する分担になったことも作業をやりやすくしました。


 封印塔の屋上で組み上げられたものをアイオロスの住人が見れば、すぐにこれがどういうものかわかるはずです。


 積層魔法陣で濃縮された魔力をレールユニットで増幅、加速して放射する装置――


 それは、アイオロスの街に鎮座するブレイブキャリバーのミニチュアでした。


 優れた魔導工学者である兄は、秘密裏にブレイブキャリバーの小型化に成功していたのです。


 そんな離れ業を可能にしたのは、何も兄の能力だけではありません。

 実家であるマクファディアン子爵家の秘蔵する魔導技術もふんだんに盛り込まれています。


 わたくしと兄の生家であるマクファディアン子爵家は、元々魔導の技術で知られた侯爵家でした。

 しかしその技術を危険視した前国王によって遠ざけられたことがきっかけで、家は没落の一途をたどりました。


 当時の当主であった祖父は、家の復興のために、優秀な跡取りとその補佐を生み出そうと考えます。


 ……それ自体は、当然の発想と言えるでしょう。


 しかし、祖父はその目的のために手段を選びませんでした。


 侯爵家随一の魔力を誇っていた祖父は、その素養を確実に子孫に受け継がせるために、同じく高い魔法的素養を持っていた実の娘とのあいだに子どもを儲けました。

 そんないびつな近親交配の結果生まれたのが、わたくしの兄であるヘルムートです。


 兄は、祖父の思惑通り、祖父をも凌ぐ高い魔力と魔法的素養を持って生まれました。

 ギフト「魔導眼」を授かり、「超越(INT)」というスキルを習得し、レベルもすぐにカンストしました。

 その高い能力は幼くして教会から目をつけられ、十六歳にして勇者連盟から勇者として認められました。


 ただ――この時の連盟による認定には問題があったとわたくしは思います。


 魔導に優れた兄の唯一にして最大の欠点――それは、人格が破綻していることです。

 人を人とも思わず、己の利益のみを追求する。

 それだけならばともかく、時に己の利益すらなげうって、他者を自分の劣位に置くことに執着する。

 それは、家格に固執した祖父の生き写しのようでした。


 と同時に、己の血を愛し、己と血を共有する者たちに執念にも似た愛着を持っていました。

 祖父には神を崇めるがごとき尊敬の念を――そして母には、最愛の恋人であるかのごとき性愛を。

 己と血を分かち合わない者に対しては限りなく冷酷で、使用人は奴隷同然に扱います。

 そのくせ、外面を取り繕うことには長けていて、家の外の者の前ではめったにボロを出しません。

 幼い頃から兄は、眼力のある連盟の勇者や教会の司祭たちを騙しおおせていたのです。


 兄という怪物を産み落とした祖父は、実の娘――すなわちヘルムートの母によって殺されました。

 その死は事故として内々に処理され、ヘルムートの母は長らく蟄居状態に置かれ、最後には衰弱死したということです。


 ヘルムートの母には、ヘルムートを身ごもった時に、既に夫がいました。

 マクファディアンより家格の劣る貴族家出身の婿である夫は、マクファディアンの当主であった義父の乱行に抗議することもできませんでした。

 己の妻がその父に身ごもらされるのを間近で見ていた夫の気持ちは、余人には推察することもできないものでしょう。


 そんな夫が家の外に愛人を作ったのは、ある意味では自然な成り行きだったのかもしれません。

 流れの踊り子であるグラナダの女と関係を結んだ夫は、その女に娘を産ませました。


 その娘が、このわたくしです。


 夫の不義は、実父に襲われた妻の心を壊す最後のきっかけになったのかもしれません。

 ヘルムートの母が亡くなったのは、わたくしが屋敷に引き取られてくる少し前のことだったと聞いています。

 兄という「最高傑作」を遺した祖父もまた、そのしばらく後に息を引き取りました。

 幼いわたくしもその死に際に立ち会いましたが、娘に我が子を産ませた老人のあまりにも満ち足りた死に顔はいまも脳裏を離れません。


 ヘルムートの母が死に、ヘルムートの祖父――同時に父でもあるわけですが――も死んだことで、マクファディアンの家は落ち着くかに思われました。


 ですが、違いました。


 ヘルムートはその冷酷さでもって家の中を恐怖で支配するようになりました。

 婿養子の父は家人から外様扱いを受け続け、塞ぎ込んで自室に閉じこもるようになります。

 その継子であるわたくしが置かれた境遇については、語るまでもないでしょう。


 ですがそれでも、その時期のほうが今よりマシだったとも言えるのです。


 なぜならわたくしは――


「ヘンリエッタ。俺の最高の魔導具。早くその力で目障りな勇者を跡形もなく消してくれ」


「っ……」


 わたくしは学院の制服に手をかけます。

 わたくしの胸からお腹にかけてが白日の元に晒されました。

 そこには、何重にも描き込まれた魔法陣があります。

 自分では見えませんが、背中側にも同様の魔法陣が刻まれています。

 腕や足など、服で隠せない部分には魔法陣はありません。


 兄はわたくしの身体を――いえ、自分の作品をうっとりと眺めてから、


「グラナダの女には種族的な特性として高い耐魔抵抗を持つ者がいる。出来損ないの義父殿が外で売女相手に拵えた娘にそんな特異体質があると知った時は狂喜したよ」


 わたくしは何も答えません。

 答えを求められていないからです。

 兄に逆らうことはできません。

 兄に逆らえば、身体に刻まれた魔法陣が耐え難い痛みを生み出します。

 最初はその痛みから逃れるために言いなりになっていたものが、いつしか痛みを与えられる前から兄に逆らえないようになりました。


「おまえは最高の実験台だ。思いつく限りの魔法陣を刻んだ。魔族から提供された魔紋も刻んだ。最初は単なる実験台だったが、思わぬ副次効果が生まれた。おい、ヘンリエッタ。おまえは俺のなんだ?」


「……わたくしは兄上の魔力貯蔵庫です」


「くくくっ、最高だな。史上最高の魔導師である僕であっても、人という器には縛られる。どうしたところでMPには限りがある。だが、おまえがいれば俺のMPはほとんど無限だ」


 わたくしはうつむきます。

 制服のブラウスを脱ぎ、上半身は下着だけの状態ですが、兄に情欲の色はありません。

 兄にそうした欲望がないらしいことはずっと昔からわかっています。


「さあ、その化け物じみたMPで、『マクファディアンキャリバー』を起動しろ。あのクソ生意気な勇者気取りのガキを殺すんだ」


 わたくしはよろよろと小型化されたブレイブキャリバー――マクファディアンキャリバーへと抱きつくように裸の胸を押し当てます。

 ひやりとした基部に肌が触れると、中にある魔法陣とわたくしの肌に刻まれた魔法陣が共鳴し始めるのがわかりました。


 封印塔の屋上の縁に設置されたキャリバーの照準は、「漆黒の森」の切れ目に向けられています。

 そこでは、真の勇者であるゼオン先生が、女魔族を追い詰めているところでした。


 ――真の勇者であるあなたであっても、わたくしのことは救っていただけないのですね。


 兄にゼオン先生への接近を命じられた時には、わずかながら期待しました。

 精霊に認められた真の勇者――偽の勇者である兄とは違うゼオン先生なら、わたくしの置かれた苦境に気づき、救ってくれるのではないかと。

 絵本の中の王子様のように、わたくしを窮地から助け出してくれるのではないかと。


 ですが、ゼオン先生だって神ではありません。

 そもそも、わたくしは助けてほしいと訴える努力をしていません。

 兄の命令で必死に隠そうとすらしています。

 親に虐待されている子どもがそのことを隠そうとしながらも、知らず知らずのうちにシグナルを送っている――ということがあるかと思いますが、兄はそれすらも予見して、わたくしのことを隙なく縛っているのです。

 それなのに、神のような眼力でわたくしの境遇を察してもらおうなど、都合の良い願望――妄想のようなものでしかありません。

 わたくしには、ゼオン先生に失望するだけの資格もないのです。


 わたくしは首を振って、マクファディアンキャリバーに意識を接続します。

 マクファディアンキャリバーに物理的な引き金はありません。

 積層魔法陣の中にあるブートストラップと呼ばれる起動用の魔法陣に自分の魔力を流し込むことで、キャリバーが励起状態になります。

 励起された魔力が発射されるまでの間隔は不安定で、魔導の天才である兄であってもこれ以上の改善はできないとのことでした。


 ですので、このミニチュア版ブレイブキャリバーは、刀身レールユニットを固定した上で、あまり動かない標的を狙って撃つことしかできない取り回しの悪い兵器だと言えます。

 それは兄の才能の限界によるものかもしれませんし、もともとのブレイブキャリバーがそうしたものだったのかもしれません。

 アイオロスの街中に鎮座するブレイブキャリバーは地面にしっかりと固定されていますし、その標的は動くことのない魔王城のバリアでした。

 動く標的を狙う必要がないブレイブキャリバーに素早い照準や発射は必要なかったのではないでしょうか。

 ブレイブキャリバーはもちろん、そのミニチュアであるマクファディアンキャリバーであっても、放射される魔力波の終端半径はかなりのものですから、照準などごく大まかでいいともいえるでしょう。


 しかし、マクファディアンキャリバーの最大の弱点は別にあります。

 単純に、おそろしく魔力を喰うということです。

 MPに恵まれた兄ですら発射が困難なほどで、おそらく世界でもこのキャリバーを単身で起動できるのはわたくしだけでしょう。

 大量のMPが必要なだけではありません。同時に、MPの放出速度も求められます。それこそ、身体に直接魔法陣を刻まれ、生きた魔導具と化したわたくしでなければ実現できないような魔力の処理速度が必要なのです。


 わたくしが全力で発射した時のキャリバーの魔力波は、現在知られているいかなる攻撃魔法をも凌駕します。

 飛翔速後は雷魔法をも凌ぐほどで、攻撃範囲は距離にして三百メテル、終端部の半径は二十メテルにも及びます。

 レールの絞りチョークを緩めることで終端半径を広げることもできますが、相手が勇者であることを考えれば威力を拡散すべきではないでしょう。

 仮に標的のHPが300で魔法防御MNDが99であったとしても絶対に耐えることができない最低限の威力――兄が人間確殺半径と名付けたチョークを維持して魔力波を調整します。


 稲妻よりも早く着弾し、絶対の死をもたらす人造の魔弾。


 いくら真の勇者であっても、離れた高所からいきなり放たれたこれをかわすことなどできないはず――


「さよなら……ゼオン先生」


 わたくしがブートストラップに魔力を注ごうとしたところで、


「やめるんだ、ヘンリエッタさん」


 封印塔の昇降口のほうから聞こえてきた声に、わたくしはびくりと身を震わせました。

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