139 クロエVSネゲイラ(2)
「食らいなさい!」
襲いかかる炎の鞭を、シャフロゥヅで迎え撃つ。
大振りな攻撃なら俺の剣技でも受け止められる。
さっきまでは鞭特有のしなりが厄介だったが、シャフロゥヅで周囲ごと凍らせてしまえばしなりも何もあったもんじゃないからな。
何度か怒りに任せて炎の鞭を叩きつけてから、ネゲイラは戦術を切り替えた。
「上級鞭術」を活かした小刻みな攻撃を織り交ぜてくる。フェイントや攻撃途中での軌道変化。
たしかにこっちのほうが俺にはキツい。
服のあちこちが切り裂かれ、俺の身体に無数の傷と火傷が刻まれていく。
その隙にネゲイラに迫ろうとするクロエ。
だが、ネゲイラは冷静に距離を取る。
鞭。
目に見えない速さのその先端を、クロエは器用にも剣で弾く。
才能に恵まれ経験も豊富な戦士のみが習得できるとされるスキルに「パリィ」というものがあるが、それをクロエはスキルなしで実現している。
「すごいな……」
俺は目を見張った。
ネゲイラの攻撃を弾くたびに、クロエの迎撃精度が上がっていくのだ。
優勢だったはずのネゲイラが徐々に劣勢に追い込まれる。
依然攻撃しているのはネゲイラのほうなのに、だ。
「ちっ、熱いわね……」
と、攻撃を弾きながらクロエがつぶやく。
攻撃を弾いてはいるものの、ネゲイラの鞭は炎を纏っている。
その熱で手にダメージを受けてるんだろう。
「こう、かしら? ……『エンチャント:ウォーターエッジ』」
短い詠唱を挟んで、クロエは知らない魔法を発動した。
クロエの剣が水の魔力に覆われる。
ネゲイラがさっき習得したと言う「付与魔法」――それを見よう見まねで再現したっていうのか?
「そんな馬鹿な!?」
ネゲイラが驚き、攻撃の手が緩む。
その隙にクロエが――同時に俺もネゲイラに迫る。
「くっ!?」
ネゲイラの鞭から炎が消える。
「付与魔法」を解除した?
何のために?
転移魔法を使う気だ。
距離を取るためか――それともこの場から逃げ出すためか。
「させるか!」
俺は持ち物リストから爆裂石を取り出し投げる。
「そんな下級アイテムで!」
ネゲイラが素手で爆裂石を弾き、爆発させる。
たしかにネゲイラのMNDなら爆裂石の爆発程度どうということもないだろう。
じゃあこれはどうだ――?
俺は手にしたシャフロゥヅをネゲイラに「投擲」する。
「なんですって!?」
さすがに魔剣を食らうわけにはいかず、ネゲイラが大きく避けて体勢を崩す。
そこにクロエが襲いかかる。
「はあっ!」
「ぐああああっ!?」
クロエの剣がネゲイラの胸を斜めに切り裂いた。
クロエは跳躍しながら剣を翻す。
空中で身を捻っての回転斬り。
ネゲイラの首がはねられた。
さっきから、ネゲイラのHPが高いにもかかわらず、STRが見劣りするはずのクロエの攻撃で一撃だ。
ネゲイラが持つスキル「急所突き」は通常攻撃で急所を突いた時に確率で即死効果が発生するスキルだが、クロエはおそらくそれをスキルなしで使ってる。
クロエのギフト「天稟」は、あらゆる技能に天賦の才能を発揮できる代わりにスキルが一切覚えられないというものだ。
だが、これを見ると、スキルを覚えられないというより、スキルを覚える必要がないように思えてくるな。
「――ッ!!!」
首だけになったネゲイラが宙で声なき声を上げている。
「まだ終わりじゃない! あと八回残ってるはずだ!」
「なによそれ!? 反則じゃない!」
文句を言いながらも、クロエはさらに回転し、下段から斜めに斬り上げる。
ネゲイラの腹が割けた。
クロエは飛び上がって剣を大上段から斬り下ろす。
ネゲイラの身体が正中線に沿って縦に切り開かれる。
急所を突いた扱いにはならなかったらしく、ネゲイラは即死していない。
そこに追いついた俺が二本目のシャフロゥヅを取り出し、ネゲイラの腹部を刺し貫く。
魔剣で貫いたところからネゲイラの身体を構成する水のマナが凍っていく。
「行動不能にしたままストックを削り切る!」
飛んだはずのネゲイラの首が元に戻り、割けたはずの腹が修復される。
だが、氷はなくならない。
ネゲイラが苦しげに宙をかくが、そこにはネゲイラを助けてくれるものなど何もない。
「うぐ、あああああっ!」
命のストックがいたずらに消費されていく絶望に、ネゲイラが涙を流している。
「やめて、やめてよぉ……なんでこんなことするのぉ……」
ついには幼子のように泣き出した。
俺には罪悪感がこみ上げてくるが、クロエは怒りをかきたてられたらしい。
「なんでですって!? おまえは……! いえ、もういいわ。おまえに理解させてもしかたがない。己の身に起きた不条理に泣き喚きながら死んでいって」
高速の水流を纏った剣がネゲイラの首を再び飛ばす。
クロエは空中でネゲイラの首をさらに四つに割った。
が、それも時間を巻き戻すように元に戻る。
「ああ、痛い、痛いわ……」
「あと六回だな」
「まだ六回も殺させてくれるなんて、親切ね」
ネゲイラは完全に死に体だ。
この状態でこれ以上いたぶる気にはなれないが、クロエの復讐を止めるつもりもない。
「水では効きがよすぎるわね。こいつの得意属性にしたほうがいいかしら。『エンチャント:フレイムソード』」
「あああああ!」
「あと四回」
ネゲイラに因縁のあるあいつにも声をかけておいたんだが、この分では間に合わないだろうな。
凄絶な表情で魔族を切り刻むクロエを見て、クラスの生徒たちは凍りついたように動きを止めている。
「これでストックはなくなった」
「ネゲイラ。最期に言い残すことはある?」
「いやああああ! 死にたくない、死にたくないィィィィ! なんでもする! 奴隷になれと言われればなる! だから命だけは助けてえええ!」
「最期まで往生際が悪かったわね」
「クロエ、ネゲイラを拘束することも――」
「この外道を生かしておくつもりはないわ」
俺の制止を無視して、クロエが白刃を振るう。
ネゲイラの心が絶望に染まる。
むせ返るほどの涙の気配にたじろぎ、俺はクロエを止められない。
ネゲイラの絶望の涙も激しいが、クロエの心にも傷跡が開いたように涙が溢れている。
涙で涙を洗い流して、その先に何があるのだろうか?
だが、クロエの過去を知らない俺には何かを言う資格はないだろう。
クロエの剣がネゲイラを切り裂こうとしたその瞬間、俺は吹き付ける殺気を感じ、クロエを抱えて跳んでいた。
「な、何!?」
「殺気がしたんだけどな……」
すぐに消えてしまった。
中断された、という感じだな。
「殺気は……あっちだ。おまえたちの拠点の封印塔。その屋上から狙われたみたいだな」
結局、飛んできたのは殺気だけで、攻撃そのものは実行に移されなかったみたいだな。
ギルド編成機能で確認すると、封印塔の屋上にヘンリエッタとシオンの光点がある。
あそこで一体何が起きてるんだ?
俺は絶望に染まり力なく項垂れるネゲイラに近づきながら、魔紋檻を取り出した。
ぼんやりと俺を見上げるネゲイラに向かって魔紋檻の扉を開く。
檻に収容されたネゲイラが暴れ出すが、俺は檻をネゲイラ入りのままインベントリにしまってしまう。
「あ!」とクロエが非難の目を向けてくるが、ネゲイラの処遇の話は後にしよう。
「行こう、封印塔へ」
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