138 クロエVSネゲイラ

「おまえのせいで私の家族は……! 簡単に死ねると思うな!」


 クロエが叫び、地面に転がったネゲイラにさらに剣を突き立てる。


 やりすぎだ、やめろと言うつもりはない。


 逆に、


「気をつけろ。まだ終わってない」


「えっ?」


 血混じりの泥に塗れたネゲイラの心臓が、ネゲイラの胸へと戻っていく。

 ネゲイラの左手がぴくりと動いた。

 ドレスのスリットからももに手を伸ばし――


「危ない、下がれ!」


 俺の声にクロエが飛び退る。

 その直後、爆発のような音がした。

 ネゲイラが左手に持った見慣れない物体の先から煙が立ち昇っている。


「銃だと!?」


 そう叫んだのは俺ではなく、森の奥から駆けつけてきたダディーンだ。

 その後ろから他の生徒たちも現れる。


「ジュウ……? 魔導具か?」


 尋ねる俺に、


「いや、銃は火薬の爆発を利用して金属製の弾体を飛ばす武器だ。古代人の遺跡からたまに設計中のものが見つかるが、実用できるレベルで復元できたという話は聞かない」


 とダディーン。

 大商会の跡取りだからか、珍しいアイテムに詳しいようだ。


「ステータスにあった『デリンジャー』とかいう武器がそれか」


「名前まではわからないが、小型のもののようだな。護身用で威力は低めだろう。武器の性質上STRが乗らない固定威力のはずだ」


 そういえば、ネゲイラのSTR欄は「74+34,50」となっていた。

 見慣れない表記だと思ったんだが、この50の部分がデリンジャーという銃の攻撃力か。

 本来のSTR部分が加算されないなら鞭(74+34)の三分の一以下の威力しかない。もちろん、50というのは一般的にはかなりの攻撃力なんだけどな。


 その銃を持った左手を、クロエの剣が切断する。


「ギャアアアアッ!」


 獣のような声を上げるネゲイラをさらに攻撃しつつ、クロエが銃を握ったままの左手をかかとでこちらに蹴ってくる。

 俺はデリンジャーを持ち物リストにしまう。


「クッ、いい加減にしなさい!」


 ネゲイラが腕に魔力を宿して薙ぎ払う。

 そこから生じた火炎がクロエを襲う。

 クロエは俊敏な動きで火炎を巧みにかわしていく。

 まるで野生の獣のような素早い動きだ。

 資料ではレベル20にすぎないクロエのDEXはネゲイラよりだいぶ低いはずだが、動きの精度には目を見張るものがあった。


 ネゲイラは今度は鞭に魔力を宿す。

 俺はクロエの襟首を掴んで引っ張り、位置を入れ替える。


「せんせ――」


 襲いかかる炎の鞭を、俺は取り出した魔剣で受け止める。

 凍蝕の魔剣シャフロゥヅ。

 周囲の水のマナを凍てつかせる魔剣と、魔族の怒りの炎を宿した鞭が拮抗する。


「ハァ、ハァ……! よくもやってくれたわね、小娘!」


 顔色はなおも悪いが、一服着いた様子でネゲイラが言う。


 俺の背後でクロエが、


「嘘、効いてない……?」


「効いてないわけじゃない。一度死んだが生き返ったんだ」


 そう解説する俺にネゲイラが、


「よく知ってるわね、ゼオン君。希少なスキルのはずなんだけれど」


 こっちも持ってるとはバレたくないな。

 俺は話をそらしつつ、


「それよりなんだ、今の攻撃は? 魔力を腕や武器に宿した……?」


「うふふ……ひさしぶりに死にかけたからかしら。新しいスキルを覚えてしまったわ。『付与魔法』というみたいね」


「自然習得かよ」


 俺も戦闘中にスキルを覚えることがあるが、同じことがネゲイラにも起きたわけだ。


「プレイヤー属性を獲得するとスキルの習得に補正がかかるみたいなのよね。まあ、そんなためになる話はさておき……誰から死にたいかしら? 魔族に逆らって楽に死ねるとは思わないことね」


 ネゲイラの瞳にあるのは烈火の怒りだけではない。

 「哭する者」がネゲイラの抱いた死への恐怖を涙の気配として捉えている。

 ネゲイラが怒っているのは間違いないが、同時にネゲイラは怯えてもいる。

 今のネゲイラは手負いの獣だ。


「おまえたちは下がってろ」


 ネゲイラをここに誘き出したのは、生徒たちの手を借りてでもネゲイラを確実に仕留めたかったからだ。

 だが、今のネゲイラは危険すぎる。

 転移魔法でいきなり逃げ出す可能性は減ったと思うが、その分凶暴になったと見るべきだ。


「私はやるわよ」


 そう言ってクロエが俺に並ぶ。


「言っとくけど、止めても無駄だから。探し求めた仇が目の前にいるのに下がれですって?」


「……無理をするなとは言わない。だが、うまく俺を盾にして立ち回ってくれ」


「私一人でもやれる……と言いたいところだけれど、私だって現実は見えているわ。遠慮なく盾にさせてもらうから」


「それでいい」


「お、俺たちも戦う! ここで戦えなくて何が勇者だ!」

「そうよ! 先生もクロエも私たちのこと舐めすぎ! 絶対認めさせてやるんだから」


 集まってきた生徒たちが頼もしいことを言ってくれる。


 俺は集まってきた生徒たちに目を向ける。


「……何人かいないな」


「怯えて逃げたんでしょ」


「いや……」


 いないのは、ヘンリエッタとシオンだ。

 この二人が敵前逃亡というのは考えづらい。

 しかし戦闘中にヘンリエッタにリンクチャットを飛ばすわけにもいかない。

 ……ちなみに、シオンには結局勇気が出なくて、リンクチャットはどうしても送れなかった。

 話すことができるなら面と向かって――と言いながら先送りしてるだけかもしれないな。

 だから、クラスの中でシオンだけは俺の計画を知っていない。

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