137 誘導

 ネゲイラのステータスを見た率直な感想を言っておこう。


 ……思ったよりもなんとかなりそうだな、だ。


 能力値は軒並み70以上、INTに至っては上限を超えた157だが、俺は全能力値が99だ。

 能力値だけならネルフェリアで戦ったスルベロの方が高かった。


 もっとも、ほとんどスキルのなかったスルベロに対し、ネゲイラは習得してるスキルの数がかなり多い。

 興味深いことに、俺とかぶってるスキルも結構あるな。

 俺自身強いと思ってるスキルなんだから、魔族であるネゲイラが優先的に習得してたとしてもおかしくはない。

 俺もネゲイラも魔術師寄りのスタイルだしな。


 中でも面倒なのは「黄泉還り」だろう。

 死んでも時間経過で蘇生するというスキルで、使用しなければ一ヶ月に一回分ずつ効果がストックされていく。

 ネゲイラがそんなにしょっちゅう殺されてるとは思えないから、ストックはおそらく最大の九回分。

 俺はネルフェリアの時に使い果たして最近ようやく一回分貯まったところだ。

 ストック数では1対9の圧倒的不利。

 ただ、「黄泉還り」は蘇生までにタイムラグがあるから、言うほど万能なスキルでもない。


 警戒すべきはギフト「ココロノマド」だろうな。

 ココロノマド――心の窓、か?

 「目は心の窓」という言葉がある。

 ココロノマドはおそらく視線を媒介にして心を読むとか心を操るとかいった能力だ。

 これまでネゲイラの能力を「魅了」と呼んできたが、このココロノマドこそが「魅了」の正体なんだろう。


「レミィ。頼むぜ」


『もちろんですぅ~』


 レミィが姿を現し、俺の肩の上の宙に陣取った。

 レミィがネゲイラの「魅了」――いやココロノマドを弾けることはわかってる。


 もちろん、未知の使い方があるかもしれないから、決して油断できるわけじゃない。

 ただ、どちらかといえば戦闘外で効果を発揮しそうなギフトだよな。

 ネゲイラは、このココロノマドとギルド編成機能を組み合わせることで、人間に対する諜報活動を行っていたんだろう。


 そこまでは想像の範囲内だったんだが……計算外のことも今回は多い。


 まず、ネゲイラが現れるのが予想よりずっと早かったこと。

 俺としてはネゲイラが現れない可能性もそれなりにあると思ってたくらいで、実習初日に向こうからいきなりコンタクトを取ってきたのは想定外だ。

 ギルド編成機能で居場所を掴まれてるとはさすがに思ってなかったからな。


 もうひとつは、現在の俺のINTだ。

 実習用の手加減として俺はINTをマイナス99に下げたままだ。

 この状態では攻撃魔法でダメージを与えられない。

 今からシードを使おうにも、シードによる能力値の上昇幅は一個あたり3から6。マイナス99からプラス99まで戻そうと思ったら、種を40個以上使う必要がある。

 シードは食べることで使うアイテムだが、こいつを前にして種をポリポリ40個も食ってる余裕があるとは思えない。


「私も『看破』を使わせてもらおうかしらね。……あら、弾かれた」


 ネゲイラが俺に「看破」を使ったが、俺の装備してる睨み封じのペンデュラムの効果で弾かれた。


「うふふ……秘密の多い男もいいわよ、ねっ!」


 ネゲイラが鞭を振るう。

 飛び退った俺の鼻先を鞭がかすめ、地面をえぐる。

 さすがは上級だけある鞭術だ。


 俺は爆裂石を「投擲」するが、空中で鞭に落とされた。


「あいかわらずアイテム頼みみたいね!」


 ネゲイラの振るう鞭が俺の身体を幾度となくかすめる。

 近づいて剣で攻撃しようにも、俺の剣技はまだ初級。

 剣と鞭の相性の悪さもあって、接近するのはほとんど不可能と言っていい。

 下手に近づこうとすれば鞭の餌食になるだけだ。


 それでも、前に出る様子は見せておく。

 もし完全に受けにまわってしまうと、ネゲイラはその隙に「超級魔術」や「逸失魔術」を使うだろう。

 人間の常識では魔法スキルは上級が最上とされてるのに、ネゲイラは超級だ。

 「逸失魔術」は俺も持ってるスキルだが、もちろん練度は段違いだろう。

 どんな魔法が飛んでくるか予想もつかない。


 それなら鞭の攻撃を受け続けてるほうがまだしももつ・・


「……なんだか妙にタフね。もうボロボロになっていてもおかしくないのに」


「これでも強くなったんでね」


「思ってたより全体的に能力値が高い……のかしら。レベル上限は10しかなかったはずだけれど」


 どうやらクルゼオンでのスタンピードの時にステータスを覗かれてたみたいだな。

 だが、あの時のステータスから常識の範囲で強くなったと考えるだけでは、現在の俺の能力値は推し量れないはずだ。


「まあ、時間の問題ね。攻撃手段もないみたいだし」


 ネゲイラの瞳に侮りの色が浮かんでいる。


 進退窮まった俺は絶望した――なんてことはない。


 ネゲイラが俺を侮ってくれるのは好都合だ。


 むしろそう誘導・・してるのだから。


 俺がこの局面でもっとも恐れてるのは、ネゲイラに瞬間転移で逃げられることだ。


 ネゲイラのステータスにはそれだけで瞬間転移ができそうな特殊なスキルは載ってなかった。

 おそらく瞬間転移のタネは「超級魔術」か「逸失魔術」に含まれるなんらかの未知の魔法だろう。

 あくまでも伝説のレベルだが、瞬間転移を可能とする魔法が存在するという話はある。

 ネゲイラには「詠唱省略」もあるからな。瞬間転移の魔法を詠唱なしで使うことで、あたかも意のままに転移できるかのように見せかけているのだ。


 だが、「詠唱省略」には縛りもある。

 詠唱を省略すると魔法の威力が半減するのだ。

 となると、瞬間転移魔法も詠唱なしでは威力が半減してるはずだよな。

 たとえば、短距離の転移はできても長距離の転移はできないというように。

 実際、伝説にある転移魔法は詠唱がとてつもなく長くて戦闘中には使えないという話だった。

 ここから逃げ出すために転移魔法を使う場合には詠唱が必要になる可能性は高いだろう。


 また、いくら詠唱を省略できると言っても、魔法を使ってることに変わりはない。

 よって、他の魔法を使ってる最中に、同時に瞬間転移を行うことはできないはずだ。


 ……なんだ、ずいぶんと弱点が多いじゃないか。


「……笑っているの? もう壊れてしまったのかしら? 思ったよりもつまらない男だったのね。どこまでも失望させてくれるわ、まったく」


 ネゲイラの鞭を振るう速度が上がった。

 これまでのいたぶるものからHPを効率よく削り取るものへ。


「ま、マスター!」


「……大丈夫だ」


 攻撃が目に入らないよう耐爆ゴーグルをかけつつ、俺は小声でレミィに答える。


「うふふふ! がっかりしたわ! 真の勇者というからどんなものかと思ってみれば!」


 ネゲイラはステータスからすると魔術師のはずだが、魔法を使うつもりはないらしい。

 魔法なしでも俺を余裕で倒せると思っているのか。


 あるいは、どこかで俺を恐れてるのかもな。

 他の魔法を使ってる最中に転移魔法が使えないのだとしたら、いざという時に転移魔法をすぐに使えるようにしておくためには、他の魔法をうかつに使ってはならないということになる。

 俺はネゲイラに未知の魔法を使われたくないが、ネゲイラも安全のために魔法を極力使いたくないのだろう。


 俺はロングソードを盾のように構え、余裕のない表情を装ってネゲイラの攻撃を受け続ける。

 俺の演技は雑かもしれないが、レミィのおかげでネゲイラは俺の心を読むことができない。

 ココロノマドに慣れきったネゲイラは、俺の顔の微妙な表情から俺の作戦を見抜くことはできないらしい。


 だから、れる。


 だから、恐れる。


 俺のHPがそれなりに削れたところで、俺の待ち望んでいた瞬間がやってきた。


「そろそろとどめよ! せっかくだから冥土の土産に大技を見せてあげるわ! 『逸失魔術』――業火のムスペル、」


「――これでいい、先生?」


 ぞぶっ。


 水袋を突き刺したような音とともに、ネゲイラの胸から剣が生えた。

 うっすら青い片刃の剣が、ネゲイラの青紫の血に塗れている。

 剣の先には、えぐられ飛び出た心臓があった。


「……は?」


 口から吐血しながら呆然と声を漏らすネゲイラ。


 ネゲイラの背後に現れたクロエは、ネゲイラの背を蹴り飛ばして剣を引き抜く。


 ネゲイラの身体がどしゃりと土の上に転がった。

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