135 ゼロ以下のステータス

 俺は生徒たちの拠点を「襲撃」した。


「つ、強すぎる……」


 迫りくる勇者生徒たちをストリームアローで片っ端から叩く。

 INT99のままでは殺してしまいかねないので、戦いの前に「からのシード」を使ってINTを下げた。

 この空のシードは、好きな能力値をシードに封じることでその能力値のシードを生成できるというアイテムだ。

 たとえば、INTを空のシードに封じれば、INTシードが生成される。

 もちろん、空のシードに能力値を封じると、その分だけ能力値が下がることになる。逆に言えば、空のシードを使うことで、好きな能力値を自由に下げられるということだ。

 例によって俺は、この空のシードも無限に取り出せる。

 戦いの前に空のシードを使いまくり、俺はINTを下げてきた――-マイナス99まで、な。


 INTをマイナスにすると攻撃魔法の威力はどうなるのか?

 これも事前に検証済みだ。

 INTがマイナスになると、攻撃魔法は敵のHPを回復してしまう。

 マイナス属性値のときは魔法の効果が逆転したわけだが、マイナスINTは与えるダメージがそっくりそのままマイナスになり、攻撃魔法が実質的に回復魔法になってしまう。

 きっと、魔法によるダメージの算式の中に、INTがからむ掛け算があるんだろう。

 マイナスのINTをダメージに掛ければ全体のダメージもマイナス――つまり回復になるというわけだ。

 ただし、この時にも魔法の効果そのものは変わらない。

 ファイアボールなら火の玉が出るし、ストリームアローなら水の矢が飛ぶ。

 火の玉はちゃんと熱く、水の矢には衝撃がある。

 相手を吹き飛ばすような魔法を使えばきちんと相手を吹き飛ばすが、それでも相手は回復するのだ。


 というわけで、新開発のマイナスINT魔法は、生徒相手の手加減には絶好だ。



《スキル「ノックアウト」を習得しました。》


《スキル「初級治癒魔法」を習得しました。》



 「天の声」が新スキルの習得を告げてくる。

 まだ卵とはいえ、彼らは勇者の候補生だ。

 戦いで得られる「経験」の質は申し分ない。


 ひと通り生徒たちを薙ぎ払ったところで、背後から強烈な殺気が吹き付けてきた。


「てやああああ!」


「おっと」


 後ろから斬りかかってきたクロエの剣をひらりとかわす。


 「殺気察知」があっても回避がギリギリの鋭い剣閃だ。


 ……これは俺の修練にもなるな。


 俺はクロエの剣撃にしばらく付き合ってから、


「今回はここまでにしておくか」


「逃げるな!」


「なら、逃さないようにするんだな」


 俺はDEXにものを言わせてクロエから距離を取り、持ち物リストから取り出したバイクに跨る。

 そこに追いつき、斬りかかってきたクロエの攻撃を、バイクをウィリーさせてタイヤで弾く。


「くっ……」


「じゃあな」


 言い捨て、俺はバイクで引き上げる。


 漆黒の森の中を走り抜け、十数分ほどで俺が拠点としている場所へとたどり着く。

 日がほとんど沈んでる中での運転だったが、「イーグルアイ」の視覚強化には暗視能力も含まれる。

 さっきクロエの剣撃を凌ぐことができたのも、実は「イーグルアイ」による動体視力強化のおかげという面もある。

 地味なように見えて有用なスキルだな。さすが霊獣討伐のボーナスというべきか。


 俺が拠点としてるのは、漆黒の森の中の開けた空間だ。

 鬱蒼と茂った森の中で、どういうわけかそこだけ木が生えていない。

 ぽっかりと地肌が剥き出しになった空間の隅には石造りの祠のようなものがあり、雨風を凌ぐにはちょうどいい。

 モンスターが寄ってこないところを見ると、ここはキャンプ地なんだろう。


「もう夜だな」


 開けた空間から星空が覗いていた。

 明るいうちならここから封印塔の突端もなんとか見える。


 ネルフェリアの大樹海の中にもここと似たようなスペースがあった。

 森の木が急になくなり、直径数十メテルはありそうな円形の空間がある。

 空間の端には休憩用の祠があって、ご丁寧にもモンスターの寄り付かないキャンプ地になっている。


「ミステリーサークルって呼ばれてるんだっけか」


 クルゼオン時代に冒険者から聞かされた噂にそんなものがある。

 フィールドの中には明らかに不自然なこういう空き地が必ずひとつはあるらしい。


 こうした空き地が存在する理由はわかっていない。

 それらしいものから怪しげなものまでいろんな憶測がされてるが、これはというものはないんだよな。

 その中でもひときわうさんくさいのが、この空き地は宇宙からやってきた空飛ぶ船のための「船着き場」なのだ……という説だ。


「宇宙はともかく、空飛ぶ船か」


 学院長からは臨時講師の報酬として空飛ぶ船の情報提供を約束されている。


「もし本当に空飛ぶ船があるんだとしたら、乗り降りするためのスペースが必要なはずだよな」


 この世界が古代人の設計した遊戯世界なのだとしたら、各フィールドに用意されたこの「空き地」は空飛ぶ船で直接フィールドに乗り付けるための船着き場なのかもしれないよな。


「まあ、だからといってここに空飛ぶ船の手がかりがあるわけじゃなさそうだが……」


 本当にただの空き地なんだよな。


 拠点というには防御向きの作りになってないが、どうせ俺しかいないからな。どこかに砦を作って籠城戦をやるようなことは難しい。

 ダンジョンの奥にでも拠点を作ろうかとも思ったんだが、今回は適宜生徒の拠点を襲撃する必要もある。ダンジョンでは出入りが面倒だ。

 それに、


「ダンジョンに潜ってしまうと、ネゲイラに見つけてもらいづらくなるからな」


 ネゲイラがどうやって俺を探すかはわからない。

 おそらくだが、影響下に置いた人間から情報を吸い上げるんじゃないか?

 となると、ネゲイラが現れるとしたら、生徒たちが俺の拠点を発見し、クラス内で情報を共有してからになる。


「生徒たちは……」


 俺はメニューからギルド編成の画面を開く。


 勇者として認められたことに伴いギルド編成機能が開放された。

 正確には、勇者として認められたことでプレイヤーとしても認められた、か。


 ギルドというと冒険者ギルドと紛らわしいが、それとはまったくの別物だ。


 フレンドに登録した相手をグループ化するような機能……といえばいいだろうか。


 この機能を使えば、俺のフレンドを俺の作成したギルドに所属させることができる。

 例によってアカリだけは向こうの承認が必要なようだったが、他の「ノンプレイヤーキャラクター」は相手の承認を必要としない。

 俺はフレンドにしたクラスの生徒を、俺が勝手に開設したギルド「教導学院ブレイブスクール下級クラスA」にまとめている。


 これの何が便利かと言うと、ギルドに所属しているメンバーの現在位置がわかることだ。

 大部分がグレーアウトされた「漆黒の森」の地図が浮かび上がる。

 生徒たちを示す青い光点は封印塔にすべて集まっていた。


「便利すぎる……」


 もしこの機能がなかったら今回の作戦は実行していなかった。

 生徒たちが森にバラけてもこの機能で所在がわかるからこそ、魔族と接触するかもしれないリスクをなんとか受け入れられる。

 ネゲイラが現れるとしたら俺のところだと思うが、例によって搦め手を考えて、生徒たちを人質にしたり、魅了して利用しようとしたりするかもしれないからな。

 バイクという機動力を手に入れておいたのもそのためだし、他にも手は打っている。


 そこで、リンクチャットに着信が来た。


「クロエか」


『先生、謀ったわね』


「どうした?」


『クラスで英雄扱いされてて困るんだけど。先生を倒せるのは君しかいない、とか持ち上げられてうざったい』


「はは。たまにはチームワークに挑戦するのもいいんじゃないか?」


『ヌルい相手と馴れ合ってたらこっちまでヌルくなる』


「影響を与え合うのが人間だ。君が彼らを感化すればいい。それくらいの熱量はあるんだろ?」


『……その発想はなかったわね』


「たとえ自分の理想通りに動いてくれなかったとしても、彼らなりに最善を尽くしてるのは間違いない。互いに利用し合うつもりでいればいい」


『仲良くしろとは言わないの?』


「目的もなくただ漠然と仲良くなるほど難しいことはないからな。今は目的を共有できてるんだろう? それなら協力しあえばいいじゃないか」


 クロエのクラスメイトへの態度が厳しいのと同様に、クラスメイト側のクロエへの態度も褒められたものとは言いがたい。

 そういうことを考えもせず、ただ仲良くしろというのは無責任だ。


「君が彼らの英雄なら、君の発言で彼らを動かすこともできるだろう」


『それもそうね。余計なおせっかいではあるけれど、礼を言っておいたほうがいいのかしら?』


「俺は臨時講師として求められる役割を果たしてるだけだ。本当は、個人的な事情に君たちを巻き込むことはしたくないと思っていた」


『魔族に狙われているのを「個人的な事情」と言い切るのね。私たち勇者は魔族と戦うためにいる。あなたの判断は正しい。私にとっては願ってもないチャンスだし……』


 クロエの言葉の途中で、リンクチャットに着信があった。


 表示された名前を見て、俺は凍りつく。


「クロエ。敵の動きは思ったよりも早かったみたいだ」


『それって……』


 俺はクロエとのリンクチャットを切って、新しい着信に切り替える。


 着信通知に表示されていた名前は――


『はぁい、ひさしぶりね、ゼオン君。私のこと、覚えているかしら?』


 蜜のように耳にへばりつく、蠱惑的だが不快な声。

 忘れようはずもない。


「――ネゲイラ」


 俺は仮想敵の魔族の名前を口にした。

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