134 スパイゲーム
『でも、その実習、危ないね。事故に見せかけてゼオンくんを殺したい放題じゃない?』
「ああ、実はそれが狙いなんだ」
『……そうか、敵を誘き出す罠なんだね?』
ネルフェリアの時には、あえて人の少ない迷いの森に突入することで、リコリス・リコリナを釣り出すことに成功した。
ワンパターンで申し訳ないが、今回も同じだ。
この一ヶ月の時間経過でレミィの「妖精の涙」も使用できるようになったし、「黄泉還り」も一回分のチャージができた。
「不屈」による耐えもあるから、即死する攻撃を合計何度か耐えられる。
しかも今は
万一不意を打たれても、所詮人間でしかない
「さっそく一人引っかかったからな。枢機卿には学習能力がないらしい」
『まあ、個々の
と、アカリは一度納得しかけるが、
『でも、そんなに力を見せつけちゃっていいの? 枢機卿はともかく、ネゲイラが魔族の刺客を放つ可能性が出てくるんじゃ……』
「それこそ望むところだ。枢機卿とネゲイラのつながりは確かに脅威だ。でも、逆の考え方もできるんじゃないか?」
『逆って?』
「枢機卿とネゲイラがつながっているとしたら、神出鬼没のネゲイラを釣り出すことができるかもしれないだろ?」
古代人のことわざに「海老で鯛を釣る」というのがあるが、まさにあれだ。
ネゲイラが現在クルゼオン周辺で活動してるとしても、奴には瞬間転移の能力がある。
逆に言えば、もしネゲイラに手駒がいるとしても、クルゼオンから遠く離れたアイオロスまで自力で即座に移動できるのはネゲイラ本人だけだろう。
俺へと振り向けられた
『ははあ、まさかそんなことを考えてるとはね。だけど、魔族を本当に倒せるの?』
「そこはちゃんと考えてあるさ。問題は、ネゲイラの手下の魔族が現れるか、それともネゲイラ本人を引っ張り出せるか、だが……」
『ゼオンくんが強さを見せつければ見せつけるほど、本人を引っ張り出せる可能性が増す、か』
そこで、俺のリンクチャットに別の着信が入った。
「すまん、アカリ。他の通信が入ったみたいだ」
『わかったよ。何かあったらまた連絡するから。あんまり無理しないよーにね』
「ありがとう、気をつける」
俺はアカリとの通話を切って、リンクチャットの相手を切り替える。
『おい、先生。こっちは野営の準備が整ったぞ』
リンクチャットから聞こえてきたのは、とある生徒の声だった。
とある、なんてとぼけてもしょうがないな。
声の主はヘンリエッタ――ではなく、ダディーンだ。
他の生徒の目を忍んでるらしく、心なしか小声である。
「リーダーはどうなった?」
『どうも俺になりそうだ』
「ヘンリエッタじゃなくて、か?」
『ハン、人望がなくてすまんね。ヘンリエッタはどうも本調子じゃないらしい。次点でってことで、クラス全体のリーダーは俺に決まりだ。たぶんだが、拠点に残って全体指揮を執るのは俺、あんたの索敵とあんたの拠点の探索はヘンリエッタに任せることになるんじゃねえか』
……会話の内容から、もう察したかもしれないな。
ダディーンは、俺のスパイだ。
クラスの様子を俺にこっそりリンクチャットで流してくれることになっている。
ダディーンのフレンド登録は簡単にできた。
このフレンド登録というものだが、俺が相手を見知ってさえいればメニューから簡単に行える。
相手方の承諾はとくに必要ない。
いや、アカリをフレンド登録しようとしたときだけは、なぜかアカリの承諾が必要だった。
おそらくはプレイヤー属性の持ち主だけは相互の承諾が必要だってことなんだろう。
逆に、プレイヤー属性がない者に対しては、プレイヤー属性を持っている側が勝手にフレンド登録できてしまう。
古代人にとってはプレイヤーのみが対等な人間で、プレイヤーでない者は「人ならざる者」――ロドゥイエの使ってた言葉ではノンプレイヤーキャラクターなんだろう。
プレイヤー属性があるかないかで人間性に大きな違いがあるとは思えないんだが、アカリには存在の描写に使用される世界の能力が大きい――他の人たちに比べて外見がより綺麗に「描かれて」いるという特徴がある。
っと、関係ない話までしてしまったな。
ともあれ、俺は一方的にダディーンをフレンドに登録し、事前にリンクチャットを申し込んだ。
戸惑いながらも通話に出たダディーンを説得して、見事俺はクラス内にスパイを獲得したというわけだ。
「クロエは?」
『あいつは早々にいなくなっちまったよ。あんたを斬りたくてしょうがないらしい』
と、ダディーンが苦笑する。
『それより、本当なんだろうな? あんたを狙って魔族が現れるってのは』
「絶対とは言い切れないけどな。人間の刺客ならもう来たよ」
『へえ。さっきの戦いぶりを見る限り、余裕って感じだな』
「さっきは助かったよ。いい具合に皆を煽って俺にヘイトを向けてくれた」
『半分は本気だから気にするな。実際、実習の賭けは成立してるってことでいいんだよな?』
「ああ。おまえらが俺を倒せたら勇者の称号は返上だ。その過程で光るものを見せることができたらウンディーネが認めてくれる可能性もある」
『そんな簡単に行くとは思えんが、まあ、いくらかなりチャンスがあるだけマシだろうな。魔族を倒し、あんたを倒し、俺が真の勇者になる。素晴らしい実習だな、先生よ』
「俺はおまえたちの力に期待してるんだ。くれぐれも油断はしないでくれよ?」
『俺はしないが、他の連中はどうかな。例の「襲撃」だが、早めに一発かましてもらったほうが好都合だ。あんたの襲撃を警戒すれば、結果的に魔族にも警戒してることになるからな。こっちの作戦会議の最中なんかが狙い目じゃねえか?』
「ははっ、それはいいな。じゃ、会議に合わせて『襲撃』させてもらうよ」
俺はダディーンとのリンクチャットを切断し、別の相手にリンクチャットをかける。
『……はい、先生』
と、答えたのはクロエだ。
「クロエか? 今どこだ?」
『先生に合流しようと向かってるとこ』
「予定を繰り上げて一度クラスの拠点に襲撃をしかけることにした。俺がクラスを壊滅寸前まで追い詰める。クロエはそれを背後から――」
『不意打ちして先生を撤退に追い込むのね。とんだ猿芝居だわ』
「俺と本気でやりたければやってもいいぞ」
『むかつく。そこまで言うなら全力で倒す。先生の計画がどうなろうと知ったことじゃない。魔族のことは忘れないで』
ぶつんと、向こうから通話を切られてしまった。
俺は次の相手に通話をかける。
『はい、ゼオン先生』
「ヘンリエッタ。拠点の様子はどうだ?」
『計画通り、ダディーンが主導権を握る流れですわね。わたくしとしては自分でリーダーシップを取りたかったのですけれど、しかたありませんわ』
「戦闘力ではダディーンよりヘンリエッタのほうが上だからな。それに、ダディーンへの教育的な意図もある」
『これを期に、ダディーンに現場での指揮経験を積ませるとともに視野を拡げさせる……でしたか。先生はダディーンにあれだけ失礼なことを言われていたのに、器が大きいことですわね』
「勇者としての自負があるからこそ俺に反発するんだろう。ヘンリエッタだって本当はそうなんじゃないか?」
『それは……』
「ダディーンの気宇壮大な構想力は他の生徒にはない強みだよ。俺と主義主張が合わないからと言って活かさないのはもったいない」
『ところで、ひとつ気になっていることがあるのですけれど……』
ヘンリエッタは意味ありげに言葉を区切ってから、
『――こちらの陣営に、わたくし以外の先生のスパイは何人ほど確保していらっしゃるのですか?』
ヘンリエッタの問いに苦笑する俺。
「鋭いな。まあ、必要に応じて確保させてもらった……と言っておこうか」
そう。
俺はクラスの生徒のあいだに一大スパイ網を築き上げた。
勝手にフレンドに登録し、リンクチャットを開通させ、後述するギルド編成機能でリスト化したのだ。
だが、それぞれの生徒には他の生徒にも声をかけていることは伝えてない。
ダディーンは俺がヘンリエッタにも声をかけたことを知らなかった。
クロエもそうだ。
ヘンリエッタも同じなんだが、ヘンリエッタは俺の裏を読んで、他にもスパイがいるのではと疑ったみたいだな。
実習だけのことを考えるならここまでする必要はなかったんだが、問題は「魔族が現れるかもしれない」ということだ。
生徒の動向を把握しておかなくては、生徒が偶発的に魔族と接触し、不測の事態に陥らないとも限らない。
と同時に、単に全員と連絡を取り合っていることを全員に教えてしまっては、実習に全力で当たってもらうことが難しくなる。
これはあくまでも生徒たちのための実習だからな。
それぞれの生徒が「襲ってくるかもしれない魔族を他の生徒に気づかれないように警戒しながら実習をこなす」
彼らのような能力のある生徒たちにはちょうどいい目標だろう。ダディーンならストレッチゴールとでも言いそうだな。
彼らが危険に晒されることがないよう、他にもバックアップの手は打っている。
それ以外にももう一つ不確定要素がある。
枢機卿が懲りもせずに繰り出す
だから――俺はこう思っている。
クラスの中に最低一人は魔族側に寝返っている者がいる――と。
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