133 種が使いたい放題になった件

「っと、その前にこいつを捕獲しておくか」


 地面に倒れ伏したガシュナイトとかいう異端審問官に近づくと、俺はインベントリからとあるアイテムを取り出した。

 人間がまるまる収まる黒い檻――スタンピードの時にシオンが囚われていた魔紋檻だな。

 元はエクスキューショナーソードに合成されてたのを分解し、単独のアイテムとしてインベントリにしまっておいた。


 魔紋檻の入口を開くと、倒れたガシュナイトがその中に吸い込まれる。


「うぐ……こ、これは!?」


 衝撃で目を覚ましたらしいガシュナイトが狼狽の声を上げる。


「尋問は後回しにさせてもらう。大丈夫、インベントリの中は時間が進まないらしいから苦痛はない」


「な、何を言っている……!? ここから出せ、異端者ゼオン!」


 抗議は無視することにして、俺は魔紋檻を中身ごとインベントリに収納する。


 さっきからインベントリという言葉を使ってるが、持ち物リストの間違いでは? とつっこむ奴もいるかもしれないな。

 でも、インベントリで間違いない。

 インベントリはウンディーネに「涙の勇者」に認められたことで開放された特殊能力のひとつだ。

 誰もが持つ持ち物リストに対して、インベントリは勇者専用。

 簡単に言えば、十六枠しかない持ち物リストの上限がなくなったものがインベントリだ。


 じゃあインベントリが持ち物リストの完全上位互換かというとそうでもない。

 持ち物リストのほうが、しまう、取り出すが早いのだ。

 インベントリには数秒のラグがあるので戦闘中に使うのは危険だろう。

 だから俺は、すぐに取り出したいものや使用頻度の高いものを持ち物リストに、そうでないものをインベントリにしまってる。


 魔紋檻はアイテムなので、持ち物リストにもインベントリにもしまうことができる。

 最近になって遅まきながら気づいたんだが、魔紋檻は中に生きたものを入れたままの状態でも中身ごとしまうことができてしまう。

 ロドゥイエはレミィを入れたままの魔紋檻をどうやって運搬してたんだろう?――そんな疑問がふと湧いて、レミィに訊いてみたところ、檻ごとロドゥイエの持ち物リストにしまわれていたことがわかったのだ。


 メニューからインベントリを確認すると、「魔紋檻(捕獲:「念糸」のガシュナイト) 1」の文字。

 ……個数の表記があるが、まさか「下限突破」はできないと信じたい。

 一個取り出したらアイテム名が変わって普通の「魔紋檻」になるとかだろ、たぶん。


「これでよし。ええと、何の話だったっけか」


『種の話じゃなかったっけ?』


 と、リンクチャット越しにアカリ。


「ああ、そうだった。まあ、そんなに複雑な話じゃないんだが……」


 一応だが、七霊獣キマイラを撃破した時の「天の声」をもう一度見ておくか。



《七霊獣討伐によるボーナス報酬は以下の1つです。(7)》

《ボーナスアイテム:次に列挙するアイテムのうち、1つを選んで入手できます。(7)

「レベルアップオーブ」「スキルアップオーブ」「STRシード」「PHYシード」「INTシード」「MNDシード」「DEXシード」「LCKシード」「からのシード」》



 この部分だな。


 見逃してはいけないのは、しれっと書かれた(7)の部分だ。

 要するに、七体の霊獣を同時に撃破したカウントになってるからこの選択を七回できるということだ。


 俺はこのうちから「STRシード」「PHYシード」「INTシード」「MNDシード」「DEXシード」「LCKシード」「からのシード」の七つを取った。

 レベルは既に上限だったから「レベルアップオーブ」は必要ない。

 「スキルアップオーブ」はほしかったが、オーブがなくてもスキルを上げることはできるので泣く泣く除外した。


 で、この〇〇シードというのがどんなアイテムかって話だが……たぶん察しがついてる奴もいるだろう。


『シードはとてつもない貴重品なんだよ? そういうアイテムがあるってことは知られてるけど、歴史上たしかに実在したっていう証拠はないし。一個手に入るだけでももう伝説みたいなものなのに……』


「スルベロ一体で七体分とカウントされるのはズルいような気もするけどな」


『その分ヤバい強さだったんだからズルではないって。伝説では、種は一個で対応する能力値を3~6上げるって話なんだけど……』


「勇者レム・ラザルフォードが記録に残してたんだよな。実際その通りの幅だった」


『いいなぁ。私もほしい』


「もうマイナス個数になったから渡せないぞ」


『ああ、例の、アイテムの個数がマイナスだと受け取りを拒否されるっていう話だね。はああ……あのね、つっこんでいい?』


「なんだよ?」


『そもそもアイテムの個数はマイナスにはならないから!』


 うん、まあ、そうなんだけどな。


 種明かしをすると簡単だ。

 要するに俺は、いつもの手段を使ったのだ。

 一個だけ入手できた各種シードを、「下限突破」で個数をマイナスにして使いまくった。

 結果、現在の俺のステータスは、



Status――――――――――

ゼオン

涙の勇者

LV 10/10

HP 55/55

MP 54/54

STR 99+11

PHY 99+10

INT 99

MND 99+5

DEX 99+5

LCK 99

GIFT 下限突破

BLESSING 哭する者

EX-SKILL 覇王斬 エレメンタルシフト

SKILL 中級魔術 逸失魔術 魔紋刻印 初級剣技 投擲 爆裂魔法 看破 中級錬金術 黄泉還り 革命 不屈 殺気察知 初級射撃術 精霊吸収 精霊召喚 纏雷 旋風 水鏡 蜃気楼 イーグルアイ 光刃 影縫

EQUIPMENT ロングソード(切断) 黒革の鎧(強靭) 防刃の外套(爆発軽減) 黒革のブーツ(強靭) 耐爆ゴーグル 睨み封じのペンデュラム

ELEMENT 火+9 土+7 水-55 風-7

―――――――――――――



 とまあ、こんな具合になっている。


 装備欄にリコリスの持っていた「睨み封じのペンデュラム」があるのは、ネルフェリアでの一件の後に一度だけ借りてインベントリにしまい、個数をゼロにして返却したからだ。

 もちろん、ギフトを使って増殖したいという事情はリコリスに話したが、リコリスがきちんと理解したかはわからないな。

 リコリスとしては恩義のある俺に頼まれたから貸してくれただけだろう。

 ともあれ、このアクセサリのおかげで俺のこの異常なステータスが他人に覗かれる心配はなくなった。


 武器は「凍蝕の魔剣シャフロゥヅ」のほうが当然強いんだが、あれには周囲のものを無差別に凍らせるという傍迷惑な性質があるので、使う時だけ装備を切り替えている。

 これも個数は当然のようにマイナスだ。スルベロ戦でいくつかぶん投げて未回収になった分があるからな。


『貴重なシードを実質的に使いたい放題って……どう考えても虫食いバグでしょ!? チートにも程があるってば!』


「それもそうだが、本当におもしろいのはここからだぞ? なにせ、『空のシード』を使うと任意の能力値を下げる・・・こともできて……」


『あーあーもう聞きたくない! 自分の手に入らないチートの話なんか聞かされても全然おもんないんだって! きぃぃぃぃっ!』


 リンクチャット越しにもかかわらず、両耳を押さえるアカリが目に浮かぶ。


 俺は苦笑してから、


「それより、敵の動きが気になるな。前、ゲオルグ枢機卿がネゲイラと密会してるのを目撃したって言ってたよな?」


 アカリからは以前の通話でゲオルグ枢機卿があの魔族ネゲイラと密会しているのを見たという話を聞かされている。

 なんでも、そそくさと出かける枢機卿をアカリ自ら尾行したところ、下限突破ダンジョンの奥でネゲイラと落ち合うのを目撃したとか。


 新生教会の枢機卿と魔族とのあいだにつながりがあった――。

 驚くべき事実のはずだが、正直意外性はそこまでない。

 むしろつながってないほうが不自然な気もするな。

 クルゼオンをスタンピードが襲っていたら教会は漁夫の利を得ていたはずだ。

 そのスタンピードを起こしたのはネゲイラ(に利用されたシオン)なのだから、ネゲイラとゲオルグ枢機卿のあいだにラインがあるのは自然だろう。


 アカリも真剣な声に戻って、


『あまり近づけなかったから話の内容まではわからなかったんだけどね。ただ、その後になって枢機卿がゼオンくんに刺客を振り向けたことを考えると――』


「ネゲイラからの要請で枢機卿が俺を消そうとしている、か?」


『魔族は新たな勇者を脅威に思って枢機卿と手に手を取り合ってゼオンくんを抹殺しようとしてる……とか?』


「その場合、枢機卿はアカリの抹殺をネゲイラに交換条件として持ちかけるんじゃないか? まあ、ネゲイラと枢機卿が対等な関係なら、だが」


 もしネゲイラと枢機卿のあいだに明確な上下関係があるのなら、ネゲイラが枢機卿に一方的に命令してもおかしくない。


『見た感じ、ある程度は対等な関係みたいだったよ。ネゲイラがそういう形を取ることで最低限枢機卿を立ててるだけかもしれないけど』


「そっちは大丈夫なのか?」


『この世界の大きな街には古層に巨大な魔族避けの結界があるからね。クルゼオンにせよアイオロスにせよ、街中で魔族に襲われる心配はないよ。外に出る時だけ気をつけてれば大丈夫だって』


 少し楽観的にも思えるが、実際、アカリを害するのは簡単じゃない。

 こう見えて慎重な奴だし、実力的にはAランク冒険者の中でもトップクラスだろう。

 ネゲイラお得意の搦め手についても、アカリなら用心に用心を重ねているに違いない。


『そっちこそ本当に大丈夫? なんだかおもしろそうな実習をやるって話だったよね? ゼオンくんを倒せとか、私も参加したいくらいなんだけど』


「アカリが敵方になるのは勘弁してほしいな……」


 能力値が軒並みカンストしていても、アカリ相手ではよもやがある。

 暗殺者としての教育を受けた優れたシーフで、水の中精霊とも契約している。

 ギフトについても不明なままだ。

 さっきは俺のことをチートと言ったが、アカリのほうも大概なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る