132 鎧袖一触

「今この瞬間からでいいのか?」


 ダディーンの問いに、


「ああ」


 そう答えた瞬間、何人かの生徒が飛び出してきた。


 十分にそれを予想していた俺は、身体の前に水流を生み出した。


 クリエイトウォーターフロー+水の属性値-55+「魔法反転」+「詠唱省略」+知力INT99。


 ダムが決壊したような水流が虚空からいきなり発生し、生徒たちを押し流す。


「「「「ぐわあああああ!!!」」」」


「そんなんで俺を倒せると思うな! じゃあな、健闘を楽しみにしてるぜ」


 言って俺は、持ち物リストから最近入手したとある魔導具を取り出した。


 前後に二つの車輪がついた流線型の乗り物――最近アイオロスで開発された「バイク」だな。

 魔導研究科に赴いて貸してくれないかと頼んだところ、「真の勇者がテストドライバーをしてくれるなら」ということで借り受けることができたのだ。


 俺はハンドルから伸びたマウスピースを口に含む。

 マウスピースからは胴体に向けてチューブが伸びている。

 俺から機体に魔力を供給するための仕組みだな。


「伝説の『大波濤タイダルウェーブ』の魔法か!? くっ、さすが水の大精霊から力を授かっているだけはある……!」


 生徒の言葉に苦笑する俺。


「ただのクリエイトウォーターフローだよ」


 俺はハンドルを握り込み、バイクを急発進させた。


 整備された街道を走ることを想定したこのバイクは「漆黒の森」のような悪路には弱い。

 開発陣もそこは気にしていて、スライムゼリーを錬金術で硬化させたタイヤを作ったり、サスペンションと呼ばれる衝撃吸収機構を開発したりしてるんだが、それでも木の根がうねる路面を走るのは容易じゃない。

 俺は暴れるバイクを既に・・カンストさせた・・・・・・・膂力STR敏捷DEXにものを言わせて抑えつけ、森を跳ね回るようにして走らせる。


 クラスの生徒たちとヘルムート先生の姿は、すぐに後方の樹林に隠れて見えなくなった。





 生徒たちから十分に離れたところで、俺はバイクを停車させる。


 運転中にチャイムのような音が聞こえたからだ。


 俺は右手を耳に当てる。


「――アカリか?」


『やっほー、ゼオンくん。お姉さんがいなくて寂しくなかった?』


 虚空から聞こえてきたのはアカリの声だ。


「自分で言ってて恥ずかしくならないか?」


『う、ちょっとは自覚あるんだからやめてよ。これだからネタをネタとわからない人は』


「神代のノリの理解を俺に求めるなよ」


 いつでも無軌道な発言をする奴だが、俺の前では一層ひどくなるような気がするな。


 俺が「涙の勇者」となって手に入れた特殊能力のひとつが、このリンクチャットと言われる遠隔通話機能の利用権だ。

 フレンドに登録した相手といつでも遠隔通話ができるという驚天動地の便利機能。

 この世界の情報伝達の常識がぶっ壊れること間違いなしの超技術だ。

 もっとも、リンクチャットの利用を許されるのは世界によってプレイヤーと認められたものに限られるらしい。

 スキルや魔法ではなくシステム上の機能だから、修練によって身につけることができないのも難点だ。

 古代人はこの機能が世界のありようを変えてしまうことをわかっていてあえてプレイヤーに限定していたとしか思えない。


 さっき聞こえたチャイムはこのリンクチャットの呼び出し音だ。

 アカリとはこれまでにも何度かリンクチャットで情報のやりとりをしている。


「そんなことより、用なんだろ?」


『うん。まあ、予想ついてるかもだけど、ゼオンくんにまた・・刺客が送られたみたいだよ』


「またかよ。懲りないな。で、今度はどこのどいつなんだ? ……ああ、いや」


 俺はそこで顔を上げ、正面から現れた神父風の男に目を向ける。


 頬の落ち窪んだ猫背気味のひょろ長い男で、両手の指を鈎の形に曲げている。

 目を凝らすと、指からは透明な糸のようなものが伸びていた。

 重力に逆らい遊動する糸は、おそらく特殊なギフトで制御されているのだろう。

 俺を睨む目には狂信の光が宿ってる。


「教会の関係者だろ?」


 俺はアカリに言いながら、左手に剣を取り出し、踏み込んだ。


 男は反応できなかった。


 俺が利き手じゃないほうの手でぞんざいに放った薙ぎ払いが、男を派手に吹き飛ばす。


 男は木の幹に叩きつけられると血を吐いて「気絶」した。


『うん、ゲオルグ枢機卿に心酔する異端審問官で、思念で糸を自在に操るガシュナイトっていう男なんだけど……』


「今それらしき奴を倒したよ」


『そ、そう。結構な実力者って話だったんだけどなぁ』


「刺客はこいつだけか?」


『ううん。なんか、私の暗殺は無理って思ったらしくて、の天使の残りは全部そっちに送られたみたい。ざっと十二、三人くらいかな?』


の天使か。やりにくいんだよな」


『私やリコリスたちより実力的には劣ると思うよ?』


「だからこそ手加減が難しい。洗脳されて利用されてるだけの子どもを斬りたくはないからな」


 今の男――ガシュナイトとやらも剣の腹で殴っただけだ。

 殴る前にちらっと「看破」してレベルが高いことは確かめてる。

 あれくらいなら死にはしないだろう。


 死んでないのに動き出す様子がないのは、「気絶」の状態異常が起きたからだ。

 「気絶」はモンスターの特殊な攻撃やスキルによって起きる他、一撃で現在HPの半分以上のダメージを受けた時に一定確率で発生することも知られてる。

 その攻撃がクリティカルヒットだった場合にはさらに「気絶」の発生確率が上がるらしい。

 今の俺は幸運LCKもカンストしてるからクリティカルが出やすいし、その後の「気絶」の発生確率も高くなる。

 LCKはゼロ以下にしてマイナスドロップを狙うのもいいが、やっぱりシンプルに高いほうが何かと有利ではあるんだよな。


『なんともはや……。強すぎじゃない、ゼオンくん? 「種」を大量使用する方法を見つけたって聞いたけど、それもう虫食いバグの領域だよね。それも、ゲームには決してあっちゃいけないタイプの増殖バグ』


 呆れた口調で言ってくるアカリだが、言ってる内容は半分くらいしかわからないな。


 ……おっと。そういえばまだ説明してなかった。


 どうして俺の各能力値が古代語で言う「カンスト」状態になってるのか?


 それは、七霊獣キマイラ・スルベロ戦後に手に入れた一群のアイテムのおかげである。

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