131 俺を倒せ
「君たちには、あの封印塔を拠点に一週間のフィールドワークをしてもらう」
と、森の奥の封印塔を指差して俺。
「塔には毎日朝に冒険者ギルドの職員がやってくることになっている。その時に、君たちは狩ったモンスターの種類と数を職員に報告し、査定額分の報酬をその場で受け取ることができる。必要なら、職員から追加の依頼を受けることも可能だ」
冒険者でない勇者生徒に冒険者向けの依頼を受けさせる――言葉にすれば簡単だが、ギルドとの交渉は困難を極めた。
最終的には、①単純な討伐依頼に限定すること、②生徒たちが依頼を達成できない場合にはAランク冒険者ゼオンが責任を持って依頼を達成すること……を条件になんとか協力してもらうことができた。
クルゼオン支部のミラやネルフェリア支部のギルドマスターの口添えがあったのも大きい。
「おっと、今君たちが持っている所持金やアイテムは実習中は預からせてもらうからな。君たちは食費も含めてモンスターの討伐で稼いだお金で一週間生活しなければならない。もちろん、実習中に街に戻ることは認めない。ほしいものがあったらギルドの職員に依頼して購入してきてもらうことだ」
生徒たちからブーイングが飛ぶが、もちろん無視だ。
「ああ、それとギルドからの依頼『「漆黒の森」のモンスター討伐』の達成も実習の目標のひとつとして評価させてもらうからな。最終的なモンスター討伐数に応じてギルドからも追加報酬が支払われるってことで話がついてる」
ギルドの依頼を達成するのだから報酬も当然彼らのものだ。
俺も実習をやりながらモンスターを間引くつもりだけどな。
「……結局てめえの仕事に俺らを巻き込んだだけじゃねえのか?」
「話は最後まで聞いてくれ。『漆黒の森』のモンスターと戦いながらサバイバルするのも訓練のうちだが、それだけじゃおまえたちには負担が軽すぎるし、何より学べることがないだろう」
素直にうなずいたのが何人か、うなずくのに躊躇しながらも内心そう思ってそうなのが何人か……だな。
「だから、おまえたちには特別な勝利条件を用意することにした」
「勝利条件、ですか?」
「ああ。簡単なことだ。――俺を、倒せ」
俺の言葉に、生徒たちがぴたりと硬直した。
「ゼオン先生を……ですか」
「自分で言うのもなんだが、真の勇者と戦う機会なんてそうそうないぞ。一週間野営生活をしてもらいながら、森のどこかに用意した俺の拠点を探し出し、占拠できたらおまえたちの勝ち。あるいは、俺を直接撃破してもおまえたちの勝ちだ。おまえたちの勝利が確定したら、その時点で不便で面倒な野営生活ともおさらばとなる」
おお、と生徒の中から声が上がる。
実習で冒険者としての依頼を体験させる、という構想は最初からあった。
ただ、これだけではまだ、何かが足りないと思っていた。
まだ卵とはいえ将来勇者になるかもしれない彼らにとって、冒険者の依頼を達成することは難しくない。
冒険者の依頼なんて楽勝だったぜ、となってしまっては、彼らがそこから何かを学び取れるとは思えない。
だからこその、この条件だ。
「形としては、冒険者の依頼をこなしながら俺という敵を索敵・撃破するという課題だが、これはもちろんおまえたちが将来勇者として活動するときのことを見越してのものだ。理由はわかるか?」
「ハン、勇者ならモンスター退治をこなしながらどこぞに潜んだ黒幕を索敵・撃破するくらいやってみせろってことかよ」
と、初めて火が着いた様子でダディーンが言う。
「先生の拠点の占拠……もしくは先生の撃破、ですか」
ヘンリエッタは早速俺の言葉を反芻してるな。
しかもいいところを突いている。
「それだけだと一方的だから、おまえたちにも敗北条件を設定させてもらう」
「こちら側の敗北条件ですか。ああ、わたくしたちには拠点が設定されていますものね」
「正解だ、ヘンリエッタ。俺がおまえたちの拠点を占拠するか、俺がおまえたちを全滅させるかしたら、おまえたちは敗北だ。結果は結果だから、実習の評価は内容によらず最低のCとさせてもらうからな」
「し、C!?」
「もちろん、おまえたちが俺に勝ったら評価はSだ。だが、それだけじゃつまらないとも思ってる」
「いえ、実習でSがもらえるなら十分と思いますが……」
「講義としてならな。でも、どうせならおもしろくしたいじゃないか。俺としても勇者候補生たちの全力を見てみたい。だから、最初に宣言しておく。俺が万一おまえたちに負けるようなことがあれば、俺は勇者としての称号を返上する」
俺の宣言に、生徒たちがぎょっとする。
「し、称号を返上って……そんなことができるのかよ!?」
「大精霊に確認してみたら、可能だと言われたよ」
「返上された称号はどうなる!? まさか俺たちにくれるのか!?」
ダディーンの言葉に、生徒たちの目の色が変わった。
「そうしてやってもよかったんだが、さすがにウンディーネに反対されてな」
俺は「精霊召喚」のスキルを使う。
七霊獣キマイラ・スルベロ戦後に手に入れたスキルで、縁のある大精霊を呼び出すという名前通りの効果のスキルだ。
俺の前に清流の渦が現れ、消えた。
渦の消えた後には、透き通った水色の身体をした幼女が現れる。
「「「「せ、精霊様!?」」」」
『ゼオンはむちゃくちゃなことを言う。せっかく授けてあげた称号を返上したいだなんて、落ち込む……』
ウンディーネがうらめしそうに言ってくる。
『でも、ゼオンが負けるわけがないのもたしか。生徒のやる気を高めるためというならしょうがないと思って承諾した』
「おい、俺たちじゃ束になってもそいつに敵わないって言うのか?」
と突っかかるダディーンを、ウンディーネは完全に無視してのけた。
ダディーンのこめかみに血管が浮くが、相手が大精霊だけに文句は呑み込んだみたいだな。
『もしゼオンに土をつけたうえで、私がこれはと思う人がいたら、その人に称号を授けることもないとは言えない。……私に言えるのはここまで』
ウンディーネはぷいとそっぽを向いて消えてしまった。
称号の返上などと言い出したせいで、だいぶ機嫌を損ねてしまったみたいだな。
あとでお詫びの手段を考えないとな……。
「とまあ、そんなわけだ。確約ではないが、チャンスではあるだろ? おまえたちのがんばりをウンディーネが見ててくれるっていうんだからな」
煽る俺の言葉に、答える声はない。
といって、反応がなかったわけじゃない。
生徒たちは目に貪欲な光を宿し、今にも襲いかかってきそうな気迫を漲らせている。
とくにヤバそうなのはクロエだろうか。
この瞬間にも例の「居合い」が飛んできそうな殺気をひしひしと感じるな。
計算通りだ――と俺は思う。
クロエの進路相談に答えを返せなかったことがずっと引っかかっていたんだよな。
魔族を倒せる力を身につけるというのは、俺とも共通の目標だ。
今回の実習で俺がこれだけヘイトを買って敵役を引き受けてみせたのは、この実習のあいだ俺が魔族になるためだ。
俺が魔族の代役として振る舞うことで、彼ら彼女らに魔族といかに戦うかを考えさせたい。
もちろん、わざと負けてやるつもりはない。
なにせ、今の俺は魔族だからな。
どんな卑怯卑劣な手段を使ってでも、彼ら彼女らの敗北条件を満たすつもりでいる。
「勇者は魔族――ひいては伝説の魔王と戦う存在なんだろう? それにふさわしい力があるかどうか――それをこの『涙の勇者』ゼオンが直々に確かめてやると言ってるんだ! 全力でかかってこい、勇者の卵ども!」
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