130 実習開始
「今日からゼオン先生による実習が始まります。本物の勇者直々の実習などめったにあるものではありません。各自、できる限りのものを吸収する構えで臨んでください」
そう言って、ヘルムート先生が俺に目配せする。
ヘルムート先生は、表面的には親切で穏やかな先生だ。
だが、俺への態度にどこか冷ややかなものを感じることがあるんだよな。
以前、教室でのトラブルの時にクロエがヘルムート先生のことを「偽善者じみた笑いが薄気味悪い」と言ってたな。
学院内のことがわからない俺の案内をしてくれることが多いヘンリエッタも、どこか兄であるヘルムート先生を恐れてるフシがあるんだよな。
とはいえ、臨時講師でしかない俺が他人のきょうだい関係についてくちばしを突っ込むのもお門違いだろう。
そもそも弟に背かれた俺に他人のきょうだい仲についてどうこう言える資格があるとも思えない。
俺とシオンの確執は目敏い生徒には見抜かれているだろう。
俺たちがいるのは、「漆黒の森」の外縁だ。
アイオロスの城壁の外――教導学院の北に広がる荒野から魔王海沿いに北西に回り込ると、
これが「漆黒の森」と呼ばれるフィールドで、魔王健在の時代には妖魔どもの巣窟だったという。
今回俺が実習の舞台に選んだのはこの「漆黒の森」だ。
俺は、向かい合って立つ十二人の生徒に目を向けて、
「ゼオンだ。早速だが、ちょっと大規模な実習を用意させてもらった。存分に楽しみ、存分に学んでほしい」
ちょっと上から目線かと思ったが、仮にも講師なんだからな。
これくらいは許されてもいいだろう。
「実を言うと、最初にやろうと思ってたプランから大きく変えたんだ。最初のプランでは、冒険者ギルドと連携して、おまえたちにギルド仕事を『実習』してもらうつもりだった」
俺に教えられることなんてそれくらいしかないからな。
「ギルド仕事だって? 勘弁してくれ。金で解決できる請負仕事を勇者がやったところでなんにもならん。才能の無駄遣いだ」
と言ってきたのはプレゼンの得意なダディーンだ。
大陸有数の商都モシュケナクの大商会の息子らしい意見だな。
「言ったろ、俺は困ってる人を助けたいだけだって。現地で困ってる人に直に触れ合うことでわかることもある」
「冒険者から聞き取りを行って、その結果を統計処理してインサイトを引き出せば十分だろうが」
「その
「そ、それは……」
一応、これでも勉強してきた。
アイオロスの勇者たちの使う特殊なビジネス古代語についても、めぼしいところは頭に入れてきたつもりだ。
「ま、冒険者向けの依頼をただこなさせるだけじゃ物足りないってのはわかるよ。おまえたちは勇者候補生なんだ。一般的な冒険者向けの依頼をやらせたところで無難に解決して終わりだろう」
「ハッ、よくわかってるじゃねえか」
「だから、いくつかひねりを加えることにした。――あれを見てくれ」
そう言って俺が示したのは、
学院の学院長塔とそっくり同じ構造のその塔は、魔王城を覆っていたバリアの発生装置の遺構らしい。
「封印塔……ですわね」
とヘンリエッタ。
「ああ。元々は六基あったらしいが、現存するのは学院長塔に流用されてるものを含めて三つだけ。そのうちの一つがあそこにある」
「んなこた知ってんだよ!」
前回俺に鎮圧されてから、ゴランはやたらと俺に突っかかってくるようになった。
その心には涙を感じる。
俺への怯えと、それを認めまいとする自分への怒り。
不意打ちでなければ負けなかった――そう思ってるのも伝わってくる。
もっとも、そんなのは「哭する者」がなかったとしても本人の態度を見ればわかるだろう。
「あれが、今日から一週間、君たちの活動拠点になる」
俺の言葉に、全員がきょとんとした。
「『漆黒の森』は、魔王時代ほどじゃないにせよ、高レベルモンスターの跋扈する厄介なフィールドだ。冒険者ギルドでも一般の冒険者の立ち入りを許可制にしてるくらいだ」
「それは存じておりますが……」
「周辺に人間の居住地はないとはいえ、スタンピードが起きるリスクはもちろんある。だからギルドでは定期的に高ランク冒険者に依頼してモンスターの間引きを行っている。今がそろそろ間引きの必要な時期らしい」
「それを俺たちでやれってのか? ……って、待てよ? ははあ、ゼオン先生、あんたも腹黒いな」
とダディーンが笑う。
「なんのことだ?」
「こういうことだろ? あんたはAランク冒険者だ。ギルドのアイオロス支部はあんたに『漆黒の森』のモンスター駆除を依頼した。だが、あんた一人でやるには『漆黒の森』は広すぎる。そこであんたは一計を案じた。これを『実習』と称して受け持ちの生徒たちにやらせれば、ギルドからの報酬をピンハネして丸儲けできる、とな」
ダディーンの言葉に、生徒たちの視線が俺に集まる。
俺は苦笑した。
「なるほど、その発想はなかったな。まあ、説明を聞いてもらえば疑惑は晴れるさ」
俺は今回の実習の「ルール」を説明することにした。
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