125 生徒たち

 臨時講師を引き受けて教室で挨拶しようと思ったら、生徒の中にシオンがいた――


 その動揺から立ち直ってどうにか自己紹介を終えた俺は、講堂の後ろ隅の席に座り、一限目を見学させてもらってる。

 いくら実習だけとはいえ、普段どんな講義を受けてるかすら知らないままでは何を教えたらいいかわからないからな。

 学院長からは好きなように講義を聴講して構わないと言われてるし。


「ゼオン先生。お隣、よろしいですか?」


 と声をかけてきたのは、昨日俺を案内してくれたヘンリエッタである。

 ヘンリエッタは他の生徒のグループから抜け出して俺のほうへやってきた。

 ヘンリエッタと一緒にいた生徒たちがちらちらとこっちに好奇の目を向けてくる。


「構わないけど、いいのか、他の生徒と一緒じゃなくて」


「講義中に私語をすることはありませんから。それに、先生はまだ教科書をお持ちではないですよね?」


 ヘンリエッタは俺の隣の席に座ると、手にした教科書を俺とのあいだに広げてくれる。


 一限目はヘルムート先生の講義だった。

 講義名は「初級魔導原論」。

 魔導具の作成に必要なスキル、魔導具の機能やその仕組みなどを概説しながら、いまだ神秘のヴェールに包まれている魔導の原理を推察するという内容だ。

 初級と言いながらかなり高度な内容を含んでるんだが、


「……わかりやすいな」


 ぽつりとつぶやいた俺に、


「そうですわね。兄――いえ、ヘルムート先生の講義はわかりやすいと評判ですわ」


「そういえば兄妹なんだってな」


 見た目はそこまで似ていないが、生真面目そうなところはよく似てる。


「兄妹揃ってこの学院にいるなんて優秀なんだな」


「いえ、わたくしなど、兄に比べればまったく……」


「そうなのか?」


「……すみません、講義中ですので……」


「ああ、すまない」


 ヘルムート先生をちらりと気にして口をつぐんだヘンリエッタに、俺は素直に引き下がる。

 実際、ヘンリエッタの言う通りだしな。

 講義中だから私語を避けたいということもあるだろうが、ひょっとしたらプライベートなことに踏み込みすぎてしまったのかもしれない。


 ……今の俺は真の勇者で、この学院の臨時講師でもあるからな。


 俺からの質問をヘンリエッタは拒みにくい。

 自分の特殊な立場を踏まえた言動を心がけないとな。


 俺はヘンリエッタから教室へと目を移す。


 十二人だけの生徒ではあるが、ざっと見ただけでもいくつかのグループに分かれてるのが見て取れる。


 一つは、さっきヘンリエッタが一緒にいたグループだ。

 六人で、男女は半々。

 さっきまでの様子だとヘンリエッタを中心としたグループらしい。

 ヘンリエッタは生徒会長でもあるし、何より本人の性格もある。

 クラスのまとめ役的なポジションなんだろう。

 グループの他の六人もわりと真面目そうな雰囲気だ。

 ヘンリエッタとの私語が聞こえたのか、一人の女子にちらりと探るような目を向けられた。


 もう一つのグループは、ダディーンが中心だ。

 昨日、講堂でプレゼンしてたあのダディーンだな。

 机に足を投げ出しつまらなそうな態度を隠さないダディーンは、それでいて講義に耳を傾けてはいるようだ。

 プレゼンの時の外面の良さとは対称的だが、こっちが地ということだろうか。


 ダディーンの側にはやや素行の悪そうな男子生徒が二人いる。

 規定の制服を着崩し、高価そうなアクセサリをちらつかせる生徒たちの印象は、お世辞にもいいとは言い難い。

 実際、事前にもらった資料にも、あまりよい情報は書かれてなかった。

 それぞれ、とある国の王族の末子と高位聖職者の「甥」だが、金回りのいいダディーンとつるんで良からぬ遊びをしてるという噂がある。


 残るは、どちらのグループにも属さずにいる生徒が二人。


 一人は、肩にかからないくらいの黒髪の少女。

 昨日ブレイブキャリバーの先端で素振りをしてるのを見かけた少女だな。

 何を考えてるか読めない無表情ではあるが、講義を真剣に聞いている。

 張り詰めた雰囲気をまとっていて、他の生徒は近づきづらそうにしてる印象だ。

 実際、一人で離れた席に座ってるな。

 もらった資料で、クロエ・ルバーシュという名前であることはわかってる。


 もう一人は……シオンだ。

 留学生として学院にやってきていたらしいシオンは、このクラスに入ってまだ日が浅い。

 昨日俺がもらった資料の中にもシオンの情報は含まれてなかった。

 シオンがやってきたのがごく最近だったからか……それとも、あの学院長が悪戯心を発揮して俺にシオンの存在を伏せていたのか。

 なんとなくだが後者のように思えてならない。


「学院長め……はかったな」


「え?」


「……すまん、独り言だ」


 おもわずこぼれた独り言をヘンリエッタに聞かれ、誤魔化す俺。


 講義半分、生徒の観察半分で過ごしていると、あっというまに一限目が終わってしまった。


「ありがとう、助かったよ」


 と、教科書を見せてくれた礼を言う俺に対し、


「どういたしまして、ゼオン先生」


 ヘンリエッタが微笑んで会釈する。


 ……この「先生」というのも慣れない感じだな。


 ヘンリエッタは俺より年上だからなおさらだ。


 かといって、先生と呼ぶなと言うのもおかしいだろう。

 実際、今の俺は先生なわけだし。


 俺がそんなこそばゆさを感じていると、教室の前のほうで騒ぎが起きた。


「――てめえ! いい加減にしろよ!」


 ダディーンの取り巻きの一人に絡まれているのは、ブレイブキャリバーで見かけた剣の少女――クロエだった。

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