124 臨時講師と留学生

 ――翌日。


 俺は学院の教職員棟にある職員室にいた。


 俺が臨時講師の仕事を引き受けたのは昨日のことだ。その翌日から勤務開始――というのは急ぎ過ぎではないだろうか。

 まあ、学院から離れられない以上いきなり休日をもらってもしょうがないこともたしかだが。


「ふう……」


 と、いきなりため息をついてしまったのは、昨日夜ふかしをしていたためだ。

 昨日、講堂でプレゼンを見学した帰り、俺はヘンリエッタに職員用の寮へと案内された。

 アイオロスでの宿は事前に取ってあったんだが、結局泊まらずじまいになったその宿の宿泊費は学院が建て替えてくれるという。

 寮に着くと、職員の人から俺が受け持つクラスの生徒名簿を渡された。

 名前だけでなく成績や人となりまで詳しく記された資料である。

 その資料を読み込み、頭に叩き込んでいたら、いつのまにか深夜を過ぎていた、というわけだ。


「ゼオン先生。お待たせしてすみません。前の授業の後に質問を受けてしまいまして」


 手持ち無沙汰に職員室の片隅の椅子で待っていた俺に、教師の一人が言ってきた。

 年齢は三十前後だろうか。

 焦げ茶色の髪と澄んだ青い瞳が印象的な生真面目そうな好青年だ。

 すらりとしていて、女性からの人気も高そうだな。

 もっとも、本人は女性に見境なく声をかけるようなタイプではないだろう。


「マクファディアン先生、でしたね。よろしくお願いします」


「こちらこそ、涙の勇者殿。それと、僕のことはヘルムートで構いませんよ。妹がクラスにいるのでややこしいでしょう」


「ああ、生徒会長のヘンリエッタさんと同じご家名ですね。ご兄妹でしたか」


 兄妹揃って勇者というのは、かなり優秀な家系なんじゃないだろうか。


 ……という俺の内心を読んだらしく、ヘルムート先生が首を振る。


「実家はいわゆる没落貴族というやつでしてね。僕も妹も自分で身を立てなければ、というわけです。お家再興というほど気負ってはいませんがね」


「そうでしたか」


「ゼオン先生も貴族の出身と聞いていますよ?」


「ああ、俺は実家を廃嫡されているんですよ。ハズレギフトを引いたと言われて」


「なんですって? 真の勇者になるような方を廃嫡するなんて、信じられない!」


 と、まるで我がことのように怒ってくれるヘルムート先生。


「ヘルムート先生が担任されているクラスで、実習のみを俺が臨時に受け持つ……ということでいいんですよね?」


 昨日の夜聞かされた話を、念の為に確認する。

 昨日の今日だから連絡漏れということもあるからな。


「ええ、その通りです。生徒はもちろん、僕も楽しみにしてますよ」


「実習の内容は俺が自由に決めていいということでしたが……」


「精霊に認められた勇者にあれをしろこれをしろと指図するのもおかしな話でしょう。通常の授業ならば、学院の教師が受け持てばいいだけの話ですからね。もっとも、自由にやっていいと言われると、かえってお困りになるのではないかと思いますが……」


「いや、まったくその通りですよ」


 一応、こういう実習ができたらおもしろいんじゃないか、という案はある。

 ただ、根回しも必要なことなので、まだ口に出すのは早いだろう。

 今日のところは生徒への顔見せだけの予定である。


「昨日付けで留学生も到着していましてね。どのクラスに入れるかで少し揉めて、結局僕が引き取ることになりました。まあ、うちは問題児クラスですからね」


「……みたいですね」


 昨日もらった資料からでもそのことは読み取れた。

 てっきり、ゲストである俺には優秀なクラスを受け持たせるのかと思ったが、そうではないようなのだ。

 もっとも、問題児揃いではあるが、同時に一面では優秀な生徒が集まったクラスではある。


 ヘルムート先生に連れられて、俺は実習を受け持つクラスのホームルームの前に来た。


「では、いきますよ」


 俺がうなずくのを確認してから、ヘルムート先生が教室に入る。

 俺もすぐにその後に続く。

 教室は、教壇を扇状に取り囲むように、段差のついた席がある。

 すり鉢を半分に割ったような構造は、野外劇場なんかでよく見るものだ。


 座席数は百近くあると思うんだが、そのうち埋まってるのは十一――いや、十二だな。

 さっきヘルムート先生が言っていた留学生が加わったことで、このクラスの生徒は十二人になったはず。

 事前にもらった資料には、美術の教師が描いたという生徒の顔の簡単なデッサンまでついていた。

 教壇側からはすべての席がよく見える。

 俺はすばやく目を走らせ、事前情報と実際の生徒を照合しようとしたんだが――


 その前に、あまりにも見知りすぎた顔が飛び込んできたことで、照合作業が吹っ飛んだ。



「シオン!?」


「兄さん!?」



 ヘルムート先生が開きかけた口を半開きのままで止まる中、俺とシオンは驚愕の顔を互いに向け合うのだった。

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