123 ビジョンとかパーパスとか

 ……あまり褒められてばかりでも居心地が悪いな。


「それにしても、勇者たちの『プレゼン』は見事なものだったな」


 と、再度話題の転換を図る俺。


 内容に一部感心しないことはあったが、あらゆる演出を駆使した『プレゼン』はもはや一種の芸術だ。


 実際、ロビーのそこここでも、グラスを片手に、プレゼンを終えた勇者を取り囲んでる貴族や商人たちがいる。

 彼らの顔は一様に興奮で赤く染まってる。


 ちらほらと彼らの会話が聞こえてくる―― 


「このクエストのビジネスモデルは」「ビジョンは」「パーパスは」「勇者としてのミッションは」「私のパッションの源泉は」


 古代語だってことはかろうじてわかるが、正確な意味はわからない。

 教導学院独自の勇者用語のようなものだろうか。


 クランツも彼らに一瞥を向けてから、


「プレゼンそのものを目的にやってくるマニアもいるそうですよ。プレゼンの上手い勇者は講演を依頼されることも多いとか」


「まさかとは思うが、講演だけで飯を食ってる勇者もいたりするのか?」


「そのまさかですよ。過去の勇者たちの活躍を活写して聴衆の胸を熱くすることに長けた『勇者』もいますからね」


「勇者じゃなくて吟遊詩人みたいだな……」


 と、おもわずこぼす俺。


 その俺の言葉に、ヘンリエッタがわずかに眉をひそめた。 


 しまった。学院の生徒会長の前で不用意な発言だったな。


 俺がフォローの言葉を口にしかけたところで、


「――心外だな」


 いきなり背後から声がした。


 振り返ると、そこにいたのはさっき壇上でプレゼンしていた勇者だった。

 金髪碧眼でそこそこ美形、態度は自信に満ちているが、柔和な笑顔で傲慢さを巧みに隠している。

 カジュアルながら仕立てのいい服を来ているな。

 細身で背が高く、俺からは少し見上げるような格好だ。


「ダディーン……」


 とヘンリエッタ。

 さっきヘンリエッタが眉をひそめたのは、俺の言葉にじゃなく、背後のダディーンに対してだったか。


 ダディーンは俺を見下ろしながら言ってくる。 


「人々の精神を昂揚させ、心に勇気を灯すのもまた勇者の仕事だ」


「別にそれが悪いとは言ってないぞ。見事な技術だ」


「技術? 違うな。魂だ! 本物のパッションを見せなければ投資家は金を出す気になどなってくれない」


「……そうだろうな」


「勇者とは何か? 勇気ある者だ! 勇気を他人に示し、感動させることができる者だ! そういうものにしか解決できないことがこの世の中にはたくさんある!」


「いや、別にそれを否定はしてないだろ」


「涙の勇者ゼオン! さっき会場で、俺のプレゼンにダメ出しをしていたらしいな。冒険者の自由はどうなるなどと」


 どうやらダディーンは、俺とヘンリエッタの会話を誰かから伝え聞いてしまったらしい。

 あんな人の多いところで論評してしまった俺も不注意だったな。

 真の勇者である俺がこの街でどれほど注目されるか、認識が甘かった。


 ダディーンは怒りに顔を赤く染め、


「だがな、冒険者に活動の自由を認めたところでどうなるというのだ。実力では勇者に遠く及ばない。せめて向上心があれば見所もあるが、日々の暮らしに汲々とするばかりでそれすらない。倫理観すら欠如している。至る所でトラブルばかりを撒き散らし、挙句の果てには盗賊に身を落とすものだって少なくはない。彼らに自由が必要なのか? 彼らは自由の対価を社会に対して支払っているのか? ノー! 断じてノーだ!」


 俺は対応に困り、ちらりとヘンリエッタをうかがった。

 口を開きかけたヘンリエッタにかぶせるように、ダディーンが続ける。


「戦うだけなら冒険者にもできる。だが、俺たちは違う! 勇者には勇者の使命がある! 涙の勇者ゼオン! おまえには勇者としてどんな使命ミッションがある? どんな展望ビジョンがある! 俺のプレゼンをコケにするだけの信念ビリーフがおまえにあるのか!?」


 見れば、ロビー中の視線が俺たちに集まってる。

 ヘンリエッタも、俺に期待の目を向けてるな。

 味方はおろおろしてるクランツだけか。


 俺はため息をついてから、


「俺は、困ってる人を助けたいだけだ」


 ロビーが完全に静まり返った。

 俺の言葉が響いたんじゃない。

 逆だ。

 誰にも、これっぽっちも響かなかったんだ。


 ダディーンは聴衆を味方につけるようにゆっくりと腕をめぐらせて、


「こんな低能の田舎者が勇者とはな。精霊様も見る目がない。そうではないか?」


 聴衆に問いかけるように言った。


「ビジョンもパーパスもないんじゃな……」「困ってる人を助けるだけ? 収益はどうやって上げるんだ」「ROEが低そうな活動だな。投資家に利益を還元できない」「適切な報酬がなくてはパーティメンバーのモチベーションを保てないんじゃないか?」「リーダーシップに疑問があるな……」「かろうじてビリーフがあるとは言えなくもないか?」


 小声で言ってるみたいだが、ロビーが静かになってるせいで丸聞こえだ。


 ダディーンはフンと鼻を鳴らしてから、

 

「やはり、勇者たるために精霊に認められる必要などないのではないか? 出資が集まるということは、その勇者のバリューが市場に広く認められたということだ。精霊一人の意向で動く勇者など、人々の需要の裏打ちがないではないか!」


 ふとそこで、俺はダディーンから涙を感じた。


 ダディーンにあるのは、優越感じゃなかった。

 あるのは不安と苛立ちだ。

 彼にとって、「本物の」勇者は自分の存在意義を脅かす脅威なのだ。

 だから、否定せずにはいられない。


 なぜ自分こそが精霊に選ばれなかったのかと、ダディーンは心の奥底で悲しんでいる。

 俺という「本物」が世の中に存在するだけで、自分が特別な存在ではないのだと常に突きつけられているようでつらいのだ。


 それを感じ取ってしまったせいで、俺は反発する気力がなくなった。


 まあ、無理に反論したところで虚しいしな。


 こういう時は何も反応しないでいたほうが落ち着いてみえる。

 昔、社交界にデビューしたての頃に、トマスにそんなふうに教わったっけ。


 ダディーンは取り巻きの貴族、商人たちを引き連れて、ロビーから足音高く出ていった。


 いたたまれない気持ちでいる俺に、ヘンリエッタがおずおずと声をかけてくる。


「あ、あの、わたくしはいいと思いますわ」


 というのは、さっきの俺の発言に対してだろうか。


「インサイトに裏打ちされたビジネスモデルは必要だと思いますけれど」


「……そうか」


 俺はもう何かを言う気を完全になくし、ただむっつりと黙り込むのだった。

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