126 クラスのトラブル

 教室の前方で、男子生徒が女子生徒に絡んでいる。


 絡んでいるほうはダディーンの取り巻きの一人のチャラい感じの男子生徒。


 この教室には十五歳から十八歳までの勇者生徒が所属する。

 最初ダディーンを見た時は二十代前半かと思ったが、このクラスでは最年長の十八歳と資料にはあった。

 いまクロエに絡んでる生徒も十七、八歳くらい。筋肉質ながらお腹にはやや脂肪がついている。スキンヘッドで眼光が鋭い。勇者生徒というよりマフィアの構成員見習いといったほうが納得の容姿だな。

 名前は、資料によればゴランだったか。


 対するクロエは、資料によれば俺と同年齢の十五歳。

 優れた素質を持ってはいるものの、過去のいきさつから他人を信用していない。

 自分ひとりの力で魔族を滅ぼす――そう主張しているらしい。

 他の誰かが言ったら失笑を買う主張だが、彼女はそれに見合うだけの超人的な努力を積み重ねてきた。


 それだけに、このクラスの他の生徒が怠けているように見えてならないらしい。


「勇者を目指してると言いながら、いつまでも吟遊詩人の腰巾着で満足かって言ったのよ」


「てめえ! ダディーンさんは実績のある立派な勇者候補だぞ! ダディーンさんを侮辱するのは赦せねえ!」


 諍いの経緯はわからないが、ゴランは完全にヒートアップしてしまってる。

 資料によればゴランもクロエもこのクラス指折りの実力者だ。

 周囲の生徒は仲裁にも入れずおろおろしている。


 俺の隣にいたヘンリエッタが腰を上げるが……ここは教師の出番だろうな。


「どうして揉めてるんだ?」


 いきなりかけられた俺の声に、二人はいまさらながら俺の存在を思い出したようだ。


「勇者の『ゆ』の字も知らない偽物が口を挟まないで」


「精霊に認められただけのぽっと出冒険者が教師ヅラしてんじゃねえぞ」


 クロエ、ゴランともに俺に辛辣な言葉を投げつけてくる。


「俺が勇者として未熟なことは自分がいちばんよくわかってるよ。だが、今の俺はこの学院の臨時講師だ。生徒のトラブルを見過ごすわけにはいかないんだよ」


「ちっ、こいつが因縁をつけてきやがったんだよ」


 とゴラン。


「違う。道を譲らないと言って絡んできたのはそっちの……ええと、名前を忘れたわ」


「クラスメイトの名前を忘れてんじゃねえぞ! ゴランだ、ゴラン!」


「どうせいなくなる人の名前を覚えても虚しいだけ」


「んだとこら! てめえこそ、そのクソみたいな協調性で上級に上がれると思ってんのか?」


「上級? 興味ない。上級クラスに入れようが入れまいが、私が勇者になることは決まってる。いえ、今でも私は常に勇者としてっている」


「はっ、いつもの妄想お疲れさん。そうなるといいでちゅねー。てめえには誰もついてこねえと思うけどな!」


「……そのへんにしておけ。君たちは勇者になりたいと思って努力してるんだろう? それが、道を譲るの譲らないのなんて問題でトラブルを起こしてどうする?」


「えらそうに説教してんじゃねえ、新米講師。だいたい、このクラスの奴は誰もおまえのことなんか認めてねえぞ? Aランク冒険者らしいが、Cランク勇者は一人でAランク冒険者のパーティ相手に戦えるってのが相場なんだ。おまえはここにいるどの生徒よりも弱い――ま、あそこにいるあんたの弟くん?よりは強いかもしれないけどな」


 親指の先でシオンを指さし、ゴランが嘲笑する。


 シオンが食ってかかってくるかと思ったが、シオンは何も反応せず、教科書をしまって教室から出ていった。


 最初の驚き以来、シオンは俺のことを完全に無視している。

 まあ、挨拶されるのもおかしいし、こちらからもどう声をかけたらいいかわからない。

 あいつがどんな思いでこの学院にやってきたのかは気になるが、俺に教えてくれるとは思えないな。


 ゴランが暴れているにもかかわらず、ダディーンはあいかわらずだらしない格好のまま、何やら古ぼけた本を読んでいる。

 図書館で借り出したものらしいその本のタイトルは『シリコンバレー式最強に整うプレゼンテーション大全』。

 おそらくは古代人がこの世界に持ち込んだ本なんだろう。

 古代人はこの世界に「転生」する時、自分の蔵書をこの世界に持ち込んだとされている。

 たまに古代人の遺跡からそうした「蔵書」が発見されることがあり、その一部がここ教導学院の図書館にも所蔵されいる。

 もっとも、神代の時代背景がわからないので、ほとんど解読不能な本も多いのだとか。


 休み時間でも読書に熱心なのは結構だが、自分の手下?の争いには微塵も興味がないらしい。


 冷たい目でゴランを見ていたクロエは、


「私が怯えもしなかった鬱憤を新人講師にぶつけて満足できたかしら? それなら、さっさとそこをどいてほしいのだけれど……それとも、実力で排除されないとわからないかしら?」


「なん、だと……? 俺がおまえより弱いとでも言うつもりか? スキルを一個も持ってないとかいうハズレギフト勇者がよぉ?」


 ハズレギフト、と聞いてぴくりとする俺。

 スキルを一個も持ってない?

 じゃあ、ブレイブキャリバーで見せたあの剣の冴えは?


 そこに引っかかったせいで、仲裁のタイミングを逸してしまった。


「そうやってあなたの了見で、ギフトがハズレだ当たりだと決めつける。スキルなんて所詮は道具よ。肝心なのはそれを使ってどう戦うか。スキル頼みの戦いしかできないあなたみたいな低能にはわからないけでしょうけどね」


「てめえ! 言わせておけば!」


 挑発に乗ったゴランが腕を振り上げる。


 その顔は憤怒に染まっているが、今にも泣き出しそうだ――と感じるのは俺だけか。

 実際、実力的にクロエが上位だと薄々わかってるんだろう。

 自分が馬鹿にしている――あるいは嫉妬している相手にどうあっても敵わない。

 その涙を堪えきれないゴランは、こうして爆発せずにはいられないのだ。


 対するクロエは口角を歪めて笑っていた。

 終わりのない言い争いをしていても埒が明かない。

 いっそ手を出してくれれば、物理的に制圧すればいいだけだ。


 ゴランは単純なストレート、クロエはゴランの拳をいなして腕を掴むことを狙ってる。

 掴んだ上で肘でも折ってやろう、そんな気配すら感じるな。


 きっかけはしょうもないが、仮にも勇者候補生の攻撃である。

 いずれも視認できないほど速く、洗練されてもいる。

 DEXはともに40を超えてるだろう。

 ゴランは徒手格闘系スキルの持ち主とあったから、その恩恵もあるはずだ。


 だが、二人がぶつかるその前に。


 俺はゴランの拳を右手で受け止め。

 左手で、ゴランの腕を狙っていたクロエの両手を斜めにそらす。

 ともに体勢を崩した二人が、俺に驚愕の目を向けてくる。


「なっ!」

「えっ……」


「そこまでにしとけ。事情くらいは聞いてやるから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る