121 更にプレゼンする者達
「こちらですわ、勇者様」
学院長である「真紅」のヘンリエッタとの話が終わった後。
さっそく学院長はヘンリエッタを呼んで、俺に学院を案内してくれることになった。
勇者の養成機関と聞いてどんな場所かと思ったが、
「思ったよりも普通でしょう?」
ヘンリエッタがそう俺の内心を代弁してくれた。
「そうだな。立派な学院だとは思うが、ここがシュナイゼンの貴族学院だと言われても違和感はない」
たしかに敷地は広い。
馬車がなかったら相当時間がかかっただろう。
こんなに広くては教職員も生徒も大変なんじゃないか、と思ったが、
「あれ、便利そうだな」
馬車の窓の外を見ると、道をなんとも形容しがたい乗り物が走っていく。
一対の車輪の上に踏み板を乗せ、踏み板から弓なりに伸びる棒の先にT字のハンドルをつけたような代物だ。
白く塗装されたその謎の乗り物に立ち乗りして、学生や教職員らしき人たちが道をすーっと滑るように走っていく。
バランスを取るのが難しそうな乗り物だが、不思議と揺れは少ないようだ。
「最近試験導入された魔導自走二輪ですわ。ランドサーファーという開発名がついています。かなり特殊な形態の二輪ですけれど」
海辺の地域にサーフィンと呼ばれる古代人由来の遊びがあったはずだ。
海にボードを浮かべて、来る波に乗るという遊びらしい。
ランドサーファーというのは、陸をサーフィンするように走るもの、という意味か。
サーフィンはボードに横向きに乗るもののはずだが、あのランドサーファーは前を向いて乗る設計だ。
たしかに、移動用としては乗り手がまっすぐ前を向いてるほうが安全だろう。
「倒れたりしないのか、あれは」
二輪をシャフトでつないだ上にボードが乗っかってるだけのように見える。
前輪・後輪で支える馬車と比べると、あきらかに不安定そうに見えるよな。
「バランサーが組み込まれておりますので。ただ、悪路には向いておりませんから、ここのような整地された道でしか使えませんわね」
「あんなものがあるとはな」
魔道具と呼ばれるものは各地にあるが、移動手段として使っているのを見たのは初めてた。
「特殊な形態ってことは、特殊じゃない二輪もあるのか?」
「ええ。ボディの前後に大きなタイヤを並べ、そのボディに跨るようにして乗る、古代語でバイクと呼ばれる二輪がございますわ。燃費が悪く、数が少ないですので、ほぼ研究用のものしかありませんが」
「燃費……何を燃料に動くんだ?」
「MPですわね。他にも、強力なモンスターのドロップする魔石を加工して魔力を取り出すという方法もあるのですが……」
「それは金がかかりすぎるだろうな」
「ご明察の通りです。MPはMPで、乗り手のMPがなくなれば動けなくなってしまいます」
「あのランドサーファーはそうじゃないと?」
「MPを使うことに変わりはありません。ただ、消費MPが劇的に少ないのですわ。300メテルごとにMP1の消費と聞いています」
「へえ。それならかなり使えそうだな」
この学院の生徒ならレベルも高く、MPも相応に高いだろう。
MP10で3キロメテル走れるならかなり便利な乗り物だよな。
「ちょうどあちらに見えるあたりが研究棟の立ち並ぶエリアですわ。ランドサーファーは若い勇者の研究者が開発したことで脚光を浴びました。ゆくゆくは学院の外でも販売できるよう、現在勇者プロジェクトが組まれているところと聞いております」
「MPに余裕があるここの生徒ならいいけど、他の街だとどうだろうな。MPに余裕があるのは冒険者だろうけど、冒険者にとっては悪路が走れないことがネックになりそうだ」
「そうですわね。各国の王都級の大都市でしか普及しないかもしれませんわ。それ以上の普及を望むなら、消費MPをさらに減らすか、安い魔石でも動かせるような技術を開発するかなのですが……どちらも大変難しいということです」
「それは……そうだろうな」
と、話を聞いていて思ったが、俺がロドゥイエを倒して手に入れたスキル「魔紋刻印」があれば、魔道具の回路をいじって消費MPを減らしたり、安い魔石から魔力を絞り出す技術を編み出したりできるかもしれないな。
まあ、研究には相当な時間がかかるだろうし、それ以前に俺に専門知識が足りてない。
それに、どうせ開発するなら、MPに余裕のある高レベル者たちばかりでなく、MPの少ない一般の人にも手の届くものにしたいよな。
ヘンリエッタはその後も、学院内の施設の案内をしてくれた。
勇者ではなくそのメンバーの養成を行うメンバースクール。
勇者パーティを兵站などバックヤードから支えるスタッフを育てるスタッフスクール。
勇都アイオロスの行政を担う官僚を育てるための高等文官スクール。
研究部門も、さっき通りがかったランドサーファーの開発をした魔導研究科以外に、モンスターの研究、アイテムの研究、スキルの研究、ギフトの研究、生物の研究、歴史や文化の研究、政治・経済の研究など、種々多様な研究を行う機関があるらしい。
メインであるはずの勇者候補生の養成機関――ブレイブスクールは、全体に占める割合としてはかなり小さい。少なくとも、人数という意味では。
「養成機関というより、研究機関なんだな」
「そうとも言えますが、それでもやはり、教導学院の設立趣旨は『勇者を育てること』ですわ」
「卒業後も学院を中心に活動する勇者が多いんだったな?」
「ええ。それについては、あちらでご覧になれると思います」
ヘンリエッタの視線を追うと、馬車の窓の先に、立派な講堂が見えてきた。
他の棟とは異なり、講堂の近くには馬車が鈴なりになっている。
出入りする人の数も比較にならない。
きらびやかな格好をした貴族風のものや、身なりのいい商人らしきやつなんかもいるな。
「何か催し物でもやってるのか?」
「見ていただいたほうが早いと思いますわ」
俺はヘンリエッタに従って馬車を降り、講堂へと近づいた。
だが、講堂の正面は混み合っている。
ヘンリエッタはスタッフ専用の入口で学生証を提示、ヘンリエッタと俺は講堂の勝手口から中に入る。
スタッフがせわしなく行き交うあたりを抜け、講堂のホールに出た。
社交パーティでも開けそうな吹き抜けの空間で、奥にはステージが用意されている。
そのステージに登壇しているのは、二十代前半くらいの金髪の青年だ。
そこそこに整った顔立ちをした、自信を見せつけるような態度の青年は、やや薄暗いホールの中で熱心に何かを語っている。
ホールの奥には暗幕のようなものが吊り下げられ、その暗幕に文字が映写されている。
文字を映写できる魔道具があるとは聞いていたが、初めて見たな。
映写されている文字は、『生態系に配慮したモンスター討伐 サステナブルな勇活を目指して』。
「モンスターは限られた資源です。しかるに世間の冒険者は、自己の利益のためにモンスターを乱獲している。一部のダンジョンではダンジョンの資源が枯渇し、モンスターの復活までに数年から数十年もの時間がかかっていることもあります」
「また、一部のフィールドでは、ドロップアイテム目当ての討伐によってフィールド内のモンスターのバランスが崩れ、スタンピード発生の一因ともなっています」
「この僕、Cランク勇者ダディーンが提案するのは、各国に働きかけて、ダンジョンやフィールドの探索を許可制にすることです。その一方で、冒険者たちにはランクに応じてモンスターの討伐を割り当て、収入の保証を図ります。そして、討伐の効率化によって生まれた利益を吸い上げ、それを投資家の皆さまへの配当とさせていただきます」
何か声を大きくする魔法か魔道具でも使っているんだろう、勇者の声は会場全体に響いている。
「……そんなことをされたら冒険者はたまらないだろうな」
とつぶやく俺。
「そうでしょうか? ランクに見合ったモンスターを周旋してもらえるのなら、収入は今より増えるでしょう。増えた分の収入の一部をダディーンさんの会社に収めても、収益的にはプラスですわ。誰もが得をする有益な事業かと思いますが」
ヘンリエッタが小首をかしげて訊いてくる。
「それだと冒険者に活動の自由がなくなるじゃないか」
「収入が増えれば、その分の収入で装備を整えることもできるでしょう」
「それがいいってやつもいるとは思うけどな」
俺はお金の問題じゃないと思うんだが、べつに冒険者のすべてが同じように考えるとは思わない。
日銭を稼ぐ生活に嫌気がさした冒険者の中には、ダディーンとやらの提案に乗る奴もいるかもな。
でも、
「その先にあるのは、勇者による冒険者の組織化だ。自由を愛する冒険者の信条とは相容れない話だよ。だいたい、その場合、既存の冒険者ギルドはどうなるんだ?」
「新しい価値を生み出すためには、既存の価値の破壊は不可欠ですわ」
「それは、自分が破壊される側じゃないから言えるんだ。もし破壊されるのがノルスムンド王国の貴族制度だとしたらどうだ?」
「……それは」
「もちろん、今の体制が全部正しいと言うつもりはないさ。改めるべきことはたくさんある。ただ、それは当事者の問題だろう。部外者の勇者が、頼まれもしないのに乗り込んできてやることじゃない」
ダディーンは拍手を受けて降壇し、次の勇者が壇に上がる。
その後も勇者たちの言うところの「プレゼン」が続く。
『ヤマタノオロチの討伐による大陸東部との交易インフラ再建』
『ノルスムンド王国における少数民族迫害への勇者的介入の経済効果』
『世界トーラス仮説への挑戦 氷雪の北極航路開拓を目指して』
『下級モンスターによる被害を大陸から永久になくすには』
冒険者の依頼と比べると、どれも気宇壮大だ。
勇者が挑戦すべき大きな課題だ――と言われれば、納得できないでもない。
観客である貴族風、商人風の人たちの反応は様々だ。
微妙そうな顔で考え込んだり、拍手喝采したり。
俺が感心したのは、登壇した勇者たちの弁舌の巧みさだな。
聴衆の心を掴んで離さない技術。
きっと、何度となく練習してきたんだろう。
独特のライティング・音響や「プレゼン」用の「スライド」の効果もあり、伝えるべきメッセージが明確に伝わってくる。
もっとも、
「結局、資金を集めるために、この話は儲かるぞと宣伝してるわけだよな」
一概にそれが悪いと言うつもりはない。
彼らなりに理想やロマンを求めてプロジェクトを立ち上げてるってことは伝わってくる。
勇者レムだって、きっとこうして貴族や商人から資金を集めたんだろうしな。
登壇者の中でもとくに注目を浴びたものたち――たとえば最初のダディーンのそばには、貴族や商人が集まって、さっそくビジネスの話を始めてる。
他の発表者が理念先行だったのに比べ、ダディーンのプレゼンは具体的ではあった。
「あのダディーンっていうのはどういう勇者なんだ?」
「彼は勇者ではなく、勇者生徒――つまり、わたくしと同じく生徒ですわ」
「そうなのか?」
「ええ。商都モシュケナクの大商会の跡取りなのだそうです。本人の戦闘能力は決して高くはありませんが……」
ヘンリエッタが呑み込んだ言葉の先は察しがつくな。
「実家の資金力をバックに、か」
「学院に相当な寄付をしたようですわね。もっとも、こうして学生の身分で勇者プロジェクトを複数手掛けているのですから、手腕を認めないわけには参りませんわ」
と言いつつも、ヘンリエッタには含むところがありそうだ。
「あのプロジェクトの内容だと、本人は戦いの矢面に立つ気はなさそうだよな。勇者っていう概念がぐらついてきたよ」
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