120 報酬は

「学院の臨時講師……? 俺が、か?」


 おもわず自分を指さして問い返す俺に、


「ここは勇者を育てるための学院ぞ。おぬし以上の適任者が他におろうか」


 真紅の目を細めながら、フレデリカが言ってくる。


「勇者になりたての俺に、一体何を教えろと?」


 なんなら、勇者とはどうあるべきかについて、教えを乞いたいのは俺のほうだ。

 フレデリカは昔の勇者と顔見知りだったようでもあるし。


「なに、実地で勇者としてのふるまいを見せてやってほしいのじゃ」


「そんなの俺にだってわからないよ」


「勇者のありようは口で教えられるものではない。背中を見せることでしか伝わらぬものじゃ」


「それはそうかもしれないが、少なくとも俺の背中じゃダメだろう。この学院の生徒のほとんどが俺より歳上のはずだよな」


 この学院に所属しているというだけでも、同世代ではトップエリートと言っていい。

 フレデリカや、ブレイブキャリバーで見かけた剣の少女は、俺がこれまで見てきた「人間」の中では、ベルナルドに次ぐくらいの実力があるはずだ。

 いや、ギフトのかみ合わせ次第では現役の勇者であるベルナルドに土をつけられる可能性すらあるかもな。


「年齢や実力だけの問題ではないのじゃ。どれほど実力があり、経験があったとしても、勇者としての自覚に欠くものも少なくない。魔王をも倒すほどの武力を持ちながら、志も道徳も持たぬ人間がいるとすれば――それは魔王と何が違う?」


「そうは言ってもな。さすがに俺じゃぽっと出すぎて、生徒たちのほうでも嫌だろう。それに、俺は勇者になろうとしてなったわけじゃない。生徒たちがこの学院で身につける知識や技術のほとんどを、これまで見聞きしたことすらないんだぞ? 教えてほしいのはむしろこっちのほうだ」


「ならばちょうどよいではないか。臨時講師としての仕事とは別に、留学生と同等の待遇を用意しよう。この学院の座学や実技は好きに受講してくれて構わぬ。おぬしの役に立つこともあるであろう。臨時講師であるから、この学院の図書館は自由に使ってもらってよい。生徒と違って閲覧制限もなし、貸出も自由じゃ。むろん、学費を寄越せなどとケチくさいことは言わぬ。講師としての報酬も弾ませてもらう」


「……たしかに魅力的な条件だが、それは俺に教えられることがあればの話だ」


 なりたて勇者の俺が、同世代の優秀な勇者候補生に向かって、言わずもがなの御高説を垂れて白い目で見られる――そんな光景を想像すると、とても引き受ける気にはなれないよな。

 学院長は俺を買いかぶっているとしか思えない。


 フレデリカは小さく、しかしはっきりと首を左右に振った。


「教えられることがあるから教師になる――それもまちがってはおらぬ。おらぬが、逆も言えるのじゃ。教師になるからこそ、自分は何を教えられるのかと自分自身を見つめ直す。その意味では、教わっておるのは教師も同じじゃ」


「……教えることで『教わる』ってことか」


「べつに、勇者という言葉にこだわる必要はない。おぬしがこれまでの冒険で大事だと思ったことを、この学院の生徒たちに伝えてやってほしいのじゃ。この学院の勇者生徒は優秀じゃが、外の世界には触れておらん。理想に燃えるのは結構じゃが、地に足のつかぬ空理空論を振り回すばかりでは困る。その点、おぬしは伯爵家の出ながら冒険者として流謫るたくの身となり、数奇な運命から勇者となった稀有な経歴の持ち主じゃ」


 そういうふうに言われると、フレデリカの狙いが見えてきた。

 勇者のことを知らない勇者である俺を、外の世界を知らない純粋培養の「勇者」たちにぶつけることで、学院の中では得られない刺激を与えたい――

 彼女の狙いはそういうことなんだろうな。


 と同時に、フレデリカが教育しようとしてるのは、学院の勇者生徒たちばかりじゃない。

 たぶん、新米で右も左もわからない真の勇者である俺に対しても、学習の機会を与えようとしてくれてるんだ。


「おぬしの活躍は聞き及んでおる。仄聞する限りにおいても、素晴らしい活躍ぶりじゃ。涙の勇者の伝説の一幕、二幕を飾るにふさわしき英雄譚であろう。じゃが、同時に、あまりにも短期間に力を付けすぎて危ういとも思っておる」


「それは……」


 たしかに、それは俺も危惧してたところだ。

 俺が成人の儀でハズレギフト(当時)を引いて実家を廃嫡されたのは、つい二ヶ月ほど前でしかない。

 そのあいだに下限突破ダンジョンを踏破し、魔族ロドゥイエを倒してレミィを助け、クルゼオンに迫るスタンピードを解決し、ネルフェリアでは迷いの森を踏破してスルベロを倒し、ウンディーネの困り事を解消、ネルフェリアを危機から救うことができた。

 いろんなことがあったのもさることながら、そのあいだに俺はレベルが上限に達し、数々の有用なスキルを習得した。詳しいことは後で説明するが、能力値の面でも人類最強といっていいレベルに近づいている。


 それ自体は歓迎すべきことだが、同時に不安もあるんだよな。

 普通なら数年、いや、数十年かけて達成するようなことを二ヶ月で達成したことには、当然ながら副作用もある。

 強すぎる力に見合うだけの実戦経験がないために、強さのわりに冒険者としても勇者としても危なかっしい。

 俺ほどのステータスやスキルがない相手であっても、実戦経験が豊富な奴だったら、俺を翻弄したり、敗北させたりすることができるだろう。


 社会関係、人間関係の面でも、まだ未熟な部分は数しれない。

 たしかにクルゼオンでは領主代行の修行を積んではいたが、冒険者や勇者に求められるのはまた別の能力だ。

 世故長けた悪意のある誰かに騙されたり、権力者にはめられたりする可能性もあるんだよな。


 なにせ俺は、一緒に育った双子の弟であるシオンが内心では俺を疎んじていたことにすら気付けなかったんだ。

 認めよう。シオンとのことは、俺の中で心の傷になっている。

 その傷のせいで、俺のやってることはまた・・自己満足にすぎないんじゃないかと、どこかで疑ってしまう自分がいる。


 人助けを使命とする勇者のあり方に触れることは、俺の中の迷いを断ち切るきっかけになるんじゃないか――それもまた、俺がこのアイオロスにやってきた目的だ。


 もっとも、そのアイオロスでは、俺のほうが勇者としてのあり方を教えてくれと乞われる結果になったわけだけどな。


 でも、フレデリカの言うこともわかる。

 たしかに、勇者生徒たちに俺なりの勇者としてのあり方を伝えようとすることは、俺にとって自分のあり方を見つめ直す格好の機会になるだろう。

 恥をかくことになるかもしれないが……古代人も言っている、「旅の恥はかき捨て」だと。俺が少々的はずれなことを言ったとしても、聞かされたほうは三日もすれば忘れてくれるにちがいない。


「優れた勇者ほど急成長する傾向にある。その分バランスを崩しやすい。戦いにおいても……人生においても、の」


 フレデリカのセリフから察するに、過去にそういう勇者を見たことがあるんだろうな。


「一度ここで足を止めておのれのあり方を問い直す時間があってもよいのではないかの? まあ、老婆心というものじゃ」


「そのお気持ちはありがたいが……」


「何か引っかかることがあるのかの?」


「一箇所で何ヶ月も過ごすのもどうかと思ってな」


 生まれた街であり、一時は次期領主候補でもあったクルゼオンを離れる時に、俺の心は不思議に軽やかだった。


 ――これが、自由ってやつか!


 そう叫んだ時の気持ちは今でも鮮明だ。


 今回こうしてアイオロスにやってはきたが、ずっとここに腰を据えるつもりはなかったんだよな。


「おぬしは自由を愛する魂の持ち主のようじゃの。では……そうさの。特別な報酬を用意しようではないか」


「さっきの話以外にか?」


 十分すぎる報酬と特典を提示されたような気がするんだが……。


「うむ。おぬしも聞き及んでおろう。アイオロスには初代勇者レムが所持しておったという『空駆ける船』が眠っておる……という話を」


 フレデリカの言葉に、俺はおもわず身を乗り出す。


「まさか、本当にあるのか!?」


「わからぬ。じゃが、その可能性は高いとわしは思っておる。実際、『空駆ける船』の在り処については噂レベルの話ならば無数にある。むろんわしは、立場上、もう少し確度の高い情報を持っておる。その情報を、臨時講師の報酬として上乗せしてやろうではないか」


「情報だけ、か?」


「さすがに現物を見つけておるわけではないのでな。現物を見つけ出せるかはおぬしの才覚次第ということじゃ。あやふやな話ゆえ、これが報酬となりうるか――と思ったのじゃが、おぬしの顔を見る限りでは心配なかったようじゃの」


 ……そんなに顔に出ていたか。

 もしこれがガチの報酬交渉だったら反省だな。

 交渉の席で何がどれだけほしいかを相手に悟られてしまうことほど立場を弱くすることはない。


 一応、俺は頭の中で条件を再検討してみるが……答えは最初から決まってるな。


「――わかった。臨時講師の件、引き受けさせてもらう」





―――――

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