116 アイオロス観光

 レミィが小さな指でさしたのは、街の中央に鎮座する異様なものだ。


 鎮座、という言葉ですら弱いかもしれないな。

 魔王海に面して広がる埠頭を中心に扇状に広がった街の、中央通りの延長線上に、巨大な剣のようなものが横たわっている。

 剣を真ん中で縦に裂いて、左右の刀身のあいだに隙間を空けて並べたようなその「剣」は、街の中央通りに匹敵するほどの長さがある。

 資料によれば全長400メテル、幅は左右の刀身がそれぞれ20メテルもあるらしい。

 もちろん、地面にそのまま寝そべってるわけではない。全部で二十四本もあるという高さ30メテルほどのオベリスクのようなものが、刀身を斜め下から支えてる。

 左右に分かれた刀身の付け根の部分には、口径7.5メテル全長40メテルの超積層魔導砲。

 魔導砲の後ろには、必要なエネルギーを供給するために造られたという巨大で奇怪な建造物がごてごてとくっついている。


 レミィが「大砲?みたいなもの」と言ったのは、魔導砲の部分を見てのことだろうな。


「文字通り、大砲だよ。エネルギーユニットから供給された膨大な魔力を、超積層魔導砲で圧縮、指向性を持たせて射出する。あの剣の片割れみたいなのは射出されたエネルギーをガイドし、加速するためのレールユニット」


「はええ。とんでもないですね~」


「まあ、今の時代には技術が失われて、ブレイブキャリバーを発射することはもう不可能だって聞いてるけどな」


 たとえ発射できたとしても、ブレイブキャリバーは地面に固定されている。

 魔王城――だった魔晶塊を狙うことしかできないだろう。

 一時アイオロスを版図に収めた帝王がブレイブキャリバーを自国に持ち帰ろうとしたことがあったらしいが、移動することはおろか掘り起こすことも分解することもできなかったらしい。

 ブレイブキャリバーの内部空間はダンジョンになっており、初代勇者が生み出したという強力なゴーレムが守護してるとか。


「とんでもない兵器だけど、勇者はそれをこの地に縛り付けたんだ。魔王を倒すための魔法の剣が人間同士の戦争に利用されないように」


「はえ~、深謀遠慮ってやつですねぇ。それにしても、こんなとんでもない兵器が必要だったなんて、当時の魔王城はどうなっていたんですかぁ?」


「魔王城には強力なバリアが張られていて誰も近づくことができなかったらしい。それを破るために当時の人たちの技術の粋を集めて造られたのがあのブレイブキャリバーなんだ」


 伝説では初代魔王が放った魔法が地を穿ち、外海への運河を開いたという。

 一方、このブレイブキャリバーも、当時は魔王海に面していなかったアイオロスから放たれた結果、魔王海からアイオロスへの運河を切り開くことになった。


 アイオロスは魔王海、ひいては外海にも通じる内陸の港町となり、それが神魔戦争後のアイオロスの発展の礎となった……ということらしい。


 俺は、アイオロスへと丘を下っていきながら、本で読んだ知識をレミィに語る。


「現代において、水運は大陸の物資輸送の大動脈だ。樹都ネルフェリアが特殊な木材の輸出で潤ってるって話はしたよな?」


「は、はい? 聞いた……ような気もしますぅ」


 と、忘れてそうな返事をするレミィ。


「木材を陸路で運ぼうとすると大変だ。木材は重くてかさばるからな」


「馬さんがかわいそうですねぇ~」


「重量物の運送の場合は牛や驢馬を使うことが多いらしいけどな。でも、それにしたって運べる量は限られる。その点、水運なら船に乗せさえすれば、後は川の流れや風に任せるだけだ」


 人力のガレー船もあるが、ガレー船の多くは軍用で、たいていの商船は帆船だ。


「ネルフェリアで加工された原木は、何本か頑丈なワイヤーで束ねて、そのまま川に流すんだ。で、下流でそれを堰き止めて回収する」


「はえぇ~。さすがマスター、物知りですぅ」


「いや、そういうよいしょはいいから」


「でもそこはやっぱり同伴者コンパニオンとしてはマスターを気持ちよくするノルマがありましてぇ」


「ノルマなのかよ」


「『さ』すがです! 『し』りませんでした! 『す』ごいです! 『そ』うなんですね! これが妖精の里に伝わる同伴者コンパニオンのさしすせそと呼ばれる由緒正しい作法なんですよぉ」


「『せ』はどこに行ったんだよ」


「『せ』は諸説ありという感じですね。『セ』ンスがいいですね、はちょっとこじつけくさくないですかぁ?」


「本当にそれは妖精のさしすせそなんだろうな……」


 なんとなくだが、きれいな女性が男性客を接待する系のお店の話みたいだよな。


「って、それはともかく。大陸での水運の重要性を考えると、アイオロスは大陸水運のハブのひとつになってるんだ」


「こんな内陸にあるのに、ですかぁ?」


「内陸にあるからこそ、だな。アイオロスで荷の揚げ積みをすれば、大陸の他の地域に陸路で荷物を輸送できるだろ?」


「なるほどですぅ~。『さ』です『さ』ですぅ!」


「『さ』すがはマスターです! か? そこまで言ったら言い切ってくれよ」


 ともあれ、アイオロスの物流における重要性はわかってもらえただろう。

 船の足はさほど速いわけではないんだが、やはり大量の荷物を一度に運べるからな。

 もちろん、荷物輸送ばかりでなく、客を乗せての水運の一大ハブにもなっている。


 その点でいえば、ベルナルドたち「天駆ける翼」が使ってた飛竜がどんだけ便利なのかって話だよな。

 古代には空を飛べる船があり、勇者が使用していたと言われるが、ただの伝説ともいわれている。

 ただの鉄の箱で空を飛べるはずがない、というのが学者たちの一貫した主張だな。

 魔法で推力を生み出すにしても、要求される魔力の量が多すぎて、一瞬浮かび上がるのが関の山であるらしい。


 そんな話をしているうちに、俺とレミィはアイオロスの城門前へと差し掛かる。

 初代勇者パーティのメンバーのレリーフが彫られた見事な城門だ。

 交通の要衝であり、ブレイブキャリバーという超兵器があり、さらには初代勇者時代の遺産や遺跡が眠るともされるアイオロスは、歴史上何度となく争奪戦の対象となってきた。

 アイオロスには城壁が幾重にも巡らされているが、それだけではない。

 勇者時代の遺産によって、街全体を覆うバリアを発生させることができるという。

 歴史上、バリアが使われたことは数回しかないが、どんな魔術師、どんな攻城兵器で攻撃しても、バリアを破ることはできなかったという。

 もちろん、今はバリアはなく、他の街よりはしっかりした普通の城壁があるだけだ。


 俺がAランクの冒険者証を示すと、衛兵は俺に敬礼して、あっさり城内に入れてくれた。


 アイオロスはいかなる国家にも属さない独立都市だ。

 元々は初代勇者の直轄領だったが、勇者の血筋は絶えてしまい、今では市の有力者による参事会によって統治されている。

 街への出入りは、冒険者ならばBランク以上、勇者ならば無条件、商人は市内での商売の許可状か街の住人へのアポがあれば基本的には自由である。

 観光客も、多少の預り金を出せば、数日までの滞在なら許されている。


「はええ~。人がめちゃくちゃいますねぇ!」


「ああ、すごい人ごみだ」


 城門はブレイブキャリバーの後ろ側にあり、そこからブレイブキャリバーの射線に沿うように大きな通りが伸びている。


 通りの左右には商店が立ち並び、出店もそこかしこに並んでいる。

 店への呼び込みをしてる者たちも多く、通りは喧騒で満たされていた。


「あっ、勇者焼きですって! おいしそうですねぇ!」


「名物の勇者焼きか。食べてみよう」


 俺は屋台のおばちゃんに声をかけ、勇者焼きを売ってもらう。

 初代勇者パーティのメンバーのデフォルメされた姿の形に焼かれた菓子で、卵と小麦を混ぜて焼いた衣の中にアズキと呼ばれる東方の豆を甘く煮つめたものが入ってる。

 熱々で舌を火傷しそうだが、


「お、おいしいですぅ~!」


「だな」


 なお、この勇者焼きはアイテムでもある。

 食べるとわずかにHPが回復し、短時間だが能力値に少しの補正がかかる。

 補正がかかる能力値はどのメンバーの勇者焼きかによって異なる。

 たとえば、今俺が食べた勇者の勇者焼きは全能力値が5%上がるらしい。

 5%というと大きいようだが、たとえばSTRが20の冒険者だったら1だけだ。

 ないよりはマシなんだが、とてつもない有用アイテムってほどでもない。

 重ねがけはできないみたいだしな。


 だが、アイテムだから持ち物リストにしまっておくことは可能だし、持ち物リストに入れればスタックも可能だ。

 非常食としてはかなりコスパのいいアイテムだと言えるだろう。

 まあ、効果が弱いので、貴重な持ち物リストの枠をひとつ埋めるほどかというと悩ましいところだが。


 しばらくレミィと大通りを進んでいくと、


「なんだか、ものものしい雰囲気になってきましたねぇ」


「ものものしいっていうか、このあたりはビジネス街なんだろうな」


 城門からブレイブキャリバーのお膝元までのあたりは、観光地としてのアイオロスの表玄関という感じだった。


 ブレイブキャリバーの刀身の下をくぐり抜け、ブレイブキャリバーが穿ったという運河沿いの通りに出ると、急に雰囲気が変わってくる。

 高級そうな商店や、一般客向けの店ではない商会の事務所、さらには「銀行」や「投資会社」の立派なビルが増えてくる。

 通り過ぎる人たちも、せかせかとした足取りの、きちんとしたスーツを着こなした二十代以上の男性が多い。

 レミィが「ものものしい」と言ったように、急いでいるのか緊張しているのか、張り詰めた空気を放ってるやつがほとんどだ。

 たしかに、妖精の里にこういういかにもなビジネスマンはいないだろう。


「マスター。あの人たちは何をやってる人たちなんでしょうかぁ?」

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