115 勇者の都アイオロス

 丘を超えた先に、ついに目的の街が見えてきた。

 噂に聞く通りの特徴的な外観はまちがいない。


「おお、あれが勇都アイオロスか!」


 樹都ネルフェリアでの一件からおよそ一ヶ月。

 俺はついに目的地だった勇者の都アイオロスへとやってきた。


 大樹海での七霊獣キマイラ・スルベロとの戦いも大変だったが、その後のことも大変だった。


 霧の発生の真因を突き止め、解決したことにより、ギルドからは多額の報奨金をもらうことができた。

 元々冒険者ギルド・ネルフェリア支部では霧の発生の真因解明に300万レムもの大金をかけていた。

 俺はその原因を突き止めたばかりか、解決までしてしまった。

 ギルドからは結局800万レムもの報酬+報奨金をもらい、さらに即日Aランクへと昇段した。


 と、そこまではよかったのだが、問題はそのあとだ。


 水の精霊に「涙の勇者」として認められ、俺はブレッシング「哭する者」に覚醒した。

 ブレッシングとは、勇者となったものに与えられる精霊からの加護のようなものだ。


 「哭する者」の効果は、他者の涙を感じ取れること。

 ウンディーネが詫びていた通り、伝承にある他の勇者のブレッシングに比べれば、地味に感じられる能力だ。

 

 本来であれば、感じ取れる涙の範囲には限界がある。

 あまりにも距離が遠ければ感じ取れないし、悲しみがささやかなものである場合にも感じ取れない。

 いくら悲しいことであってもネルフェリアからクルゼオンの「涙」を感じ取ることはできず、いくら近くにいても買ったばかりのアイスクリームを落としてしまったという程度の「涙」を感じ取ることはできない。

 つまり、感じ取れる涙の強さと距離とに「下限」があるわけだ。


 下限、という言葉が出てこれば、もう説明は不要かもしれないな。

 俺のギフト「下限突破」は、あらゆる下限を突破できる力だ。

 以前、錬金術師のシャノンに錬金術を教えてもらった時には、素材に宿る微小な魔霊力を「下限突破」で感じ取ることができた。

 それと同じことが「哭する者」でも起きたということだ。


 最初に「哭する者」に目覚めた時にも、際限なく涙を感じ取ってしまい、押し寄せる悲しみに自我を見失いそうになった。


 スルベロを倒した後にも、「哭する者」の効果が不安定に発動することがあったんだよな。

 もともと「哭する者」はパッシブ発動――自分の意志ではなく自動で発動する能力だ。

 つまり、コントロールするのが難しい。

 俺は不意に押し寄せてくる他者の悲しみによって、情緒が極端に不安定な状態に陥った。


 自分のものでないとわかっていても――いや、だからこそか、突如胸のうちに膨らんできた悲しみに対処するのは難しい。

 一過性のものなら耐えようはあるが、あまりに長く続くようだと生きる意欲が削がれてくる。

 身動きすることすらできなくなり、宿の部屋から丸一日動けないこともあった。


 人が多いところに近づけば近づくほど、そうなる危険が上がってしまう。

 人と人の関わりが多い都会は、さながら悲しみの坩堝のようだ。


 俺はこの一ヶ月のあいだ、人口の少なそうな地域を縫うようにして、大きく回り込んで勇都アイオロスを目指していた。


 冒険者ランクがAになっていたこともあり、行く先々で感謝された。

 Aランク冒険者は大きな街を拠点として活動してることが多いからな。

 地元の冒険者では片付けられず、放置されていた高ランク向け依頼を引き受けると、ギルドからも依頼者からも喜ばれた。

 中にはこれ以上放置していたら危険だったものもあった。

 俺が「哭する者」のせいで遠回りを強いられたことはかえってよかったのかもしれないな。

 べつに感謝されるためにやってるわけじゃないんだが、困っている人を助けられるのはやはり嬉しい。俺はつくづくおせっかいな人間なんだろう。


 とはいえ、人里を避けての道中だったから、人っ子一人見かけない寂れた廃道を進むようなことも多かった。

 連日テントを張って野営し、光といえば夜空の星くらいしかないような夜も多かった。


 それでも人恋しくはならなかったのは、賑やかな相棒のおかげだな。

 不意に押し寄せる悲しみに対処するうえでも、レミィの存在はありがたかった。

 同伴者コンパニオンとは、古代人もうまい言葉を使ったものだ。


 レミィと孤独を共有しながら寂れた地方を巡ってるうちに、「哭する者」の効果をどうにか制御できるようになってきた。

 少しずつ人の多い都市にも近づけるようになってきて、今日ようやく、当初の目的地だった勇都アイオロスを目にすることができたというわけだ。

 これほどの大都市に近づくのは不安だったが、今のところ「哭する者」は発動していない。


「はえ~、大きな街ですねぇ~」


 遠くに街を一望できる丘の上で、レミィが感嘆の声を漏らした。


「ああ。かつての魔王城と魔王海を挟んで向き合った前哨基地にして、初代勇者の最終拠点だった街からな」


 俺たちのいる丘から街まではなだらかな下りが続いている。


 その下りの先にある光景を、さて、どこから描写したものか。


 やはりひときわ異彩を放っているのは、巨大すぎる湖の中央に鎮座する、これまた巨大すぎる紫色の水晶のようなものだろう。

 ギォグェネス魔晶塊と呼ばれる超高密度の魔力を含んだ特殊な水晶の「山」というか「島」のようなもので、かつての魔王城の成れの果て……らしい。

 資料で読んだ限りでは、あのギォグェネス魔晶塊だけでもクルゼオンの街をすっぽり呑み込むほどの大きさがあるのだとか。


 その魔晶塊を取り囲む湖は、実は湖ではなく内海である。

 アイオロスはエルゼビア大陸のほとんど中央に位置する内陸の都市だが、にもかかわらず、大陸に深く陥入した「海」に面してもいるのだ。

 魔晶塊から外海までの「運河」を開削したのは初代の魔王だという伝説もある。

 魔王が強力な魔法の一撃で大陸の中央から外海にかけての地面をえぐり取り、一夜にして運河を作り出してしまったのだと。

 実際、この「運河」は魔王城の成れの果てとされる魔晶塊からまっすぐ外海に向かって伸びている。


 そして、内海を挟んで魔晶塊と向かい合う位置――俺たちのいる丘から手前側の位置に、大きな人間の街が広がっている。

 この街にも、ひと目でわかるあまりにもわかりやすい特徴があった。

 それは、


「な、なんですかぁ~? あの大きな大砲?みたいなものは……」


 レミィが小さな指でさして訊いてきたのは、街の中央にある超巨大な大砲だ。





―――――

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