113(アカリ視点)復讐のあり方
「こ、この人は一体?」
なんとかいう貴族の屋敷の中庭で開かれた、第一王女主催のティーパーティ。
といっても、別に大げさなものじゃなくて、古代人の言葉でいうところの女子会だ。
あたしの無二の親友であるミレーユ、新生教会の聖女であるあたし、冒険者ギルドクルゼオン支部の「裏番長」と呼ばれる受付嬢ミラ、クルゼオンで錬金術の工房を営む錬金術師のシャノン、それからあたしの護衛でもあるリコリス・リコリナ姉妹の六人が参加者だ。
で、そのパーティに闖入してきたのが、今地面に転がされてる雇われの暗殺者さんというわけ。
あたしとミレーユには慣れっこの光景だし、ミラもギルドの幹部として肝が座ってる。
ただ、戦闘職でないシャノンはさすがにビビってしまったらしい。
「ああ、気にしないでください。屋敷に侵入してきたので捕まえて転がしてるだけですから」
「い、いや、捕まえただけって……騎士団に届けなくていいんですか?」
「そのへんはあとでうまくやっておきますので、ご心配なく」
「そ、そうですか……」
と、ドン引きした顔でシャノンがうなずく。
ミレーユに促されてミラとシャノンが中庭に置かれたティーテーブルに着席する。
遠慮するリコリス・リコリナにも、あたしから頼んで一緒にテーブルを囲んでもらう。
すぐにミレーユ付きの女官が人数分のお茶とお菓子を持ってきた。
あたしはテーブルに着いた他の五人を見渡して、
「なんというか、多様性に飛んだメンバーだね」
王女様、聖女、ギルドの受付嬢、錬金術師、聖女付きのシスター兼元暗殺者の護衛。
出自も経歴もばらばらだ。
まあ、あたしとリコリス・リコリナは
この六人の共通点はといえば、
「ここにいないゼオン様に乾杯、ということで」
ミレーユがおどけてそんな音頭を取った。
まあ、飲むのは紅茶だから乾杯ではないんだけど。
ミラとシャノンが遅れたことを謝ってから、軽く近況を交換した。
そこでふとリコリスが、
「私たちのような人間が聖衣をまとっていいのでしょうか?」
居心地悪そうに、そんなことを言い出した。
もっと言えば、あたしもそうだ。
「あなたたちのような人たちだからこそ、だよ。いくら善人でも他人の痛みのわからない人に聖職者は向いてない」
あたしは実感を込めてそう言った。
もしあたしが二人の立場だったら、とっくに潰れていたと思う。
あたしだって一度心が壊れかけた。
あたしを救ったのは、あたしに「降ろされた」古代人の意識だ。
あたしへの降臨は不完全なものに終わったらしく、あたしにはっきりとした第二の人格が芽生えたわけじゃない。
ただ、凍結されていた
この世界そのものを作り出したとされる古代人。
あたしたちにとっては神にも等しい存在だ。
その人格と知識となれば、どんな高尚な人格、どんな高度な知識かと、期待が高まるのも当然だ。
でも、そうではなかった。
あたしと混じり合った古代人の人格は、なんてことはないただの女性の人格だった。
知識はごく断片的なものが折に触れて浮かび上がってくる程度で、世界の真相を解き明かす鍵になるような情報は今のところ思い出せていなかった。
だけど、あたしは救われたんだよね。
そのべつの女性の人格が、あまりに酷い扱いを受けてきたあたしの元の人格に同情してくれて、自らの「復活」を中途半端にしてまでも、あたしを救おうとしてくれた。
古代人が特別霊性が高くて高潔な精神の持ち主だから――ではないと思う。
この世界の住人と何一つ変わらない、普通の女性でしかないその人が、自分の「復活」を拒んであたしを助けようとしてくれたんだ。
一人の人間として神代の世界を生きた名もなき女性は、そのごく普通でまっとうな感覚と思いやりで、あたしの魂を救ってくれた。
教会の聖職者があたしを都合よく利用するためにあたしの精神を破壊したのに対し、「俗人」でしかないその人は、自分の精神にリスクを負ってまでも、見ず知らずのあたしを助けたんだ。
良きサマリア人の喩え、なんて前世の宗教の知識が浮かんできたけど、ゲオルグとその女性と、どっちが本当の意味で聖者と言えるのか。
そんなのは比較するまでもないことだ。
その女性は、神代の世界ではキリスト教系の大学で宗教学を専攻していたらしい。
といっても、専門の研究者を目指していたわけではないようだ。
研究者を目指しているわけではない人までもが専門的な高等教育を受けられる世界――この世界の常識では信じられないことだけど、神代なのだからしかたがない。
あたしは、彼女の持つ神代の宗教に関する知識を活かすことで、いつしか聖女と呼ばれるようになっていた。
彼女の受け売りにすぎない知識で聖女として振る舞うことにためらいはある。
でも、彼女があたしを救ってくれたように、あたしも誰かを救いたい。
彼女の人格はあたしの人格と溶融してひとつになった。
主人格はあたしで、彼女の人格はあたしに取り込まれるようにしていつしかおぼろげになってしまった。
きっと、いつか完全にわからなくなってしまうだろう。
いいんだよ、と彼女は言った。
人格がいつまでも二つもあっては心がまとまらなくなってしまう。
私は消えるから、あなたは生きて。
肉体が滅びた後にまで架空の世界で生き延びようなんて、都合のよすぎる話だったんだ。
私たちが夢見た理想の世界が、あなたを苦しめてごめん。
私にはどうしようもないことだったけど、それでも思わずにはいられないんだ、
「どうしてこの世界はこんなに苦痛に満ちてるんだろうね」
気づけばぽつりとつぶやいていた。
「古代人たちは、何か思い違いをしていたか、想定外のトラブルでもあったのか。この世界は古代人の思い描いた理想通りにはならなかった。でも、それを言ったってしかたがない。この世界も、神代の世界も一緒なんだ。どうしようもない人たちはやっぱりいて、そういう人たちのせいで人生をめちゃくちゃにされる人もいる」
「アカリ。私は枢機卿の暗殺を試みてもよいのではないかと思います。事故に見せかけて消してしまえばよいのではないかと。でも、アカリはその道を選ばないのですね」
「うん。べつに『復讐なんてくだらない』なんて言うつもりはないんだ。けど、『復讐なんてくだらない』なんてくだらない、というのもちがうと思う」
「え? ど、どういうことでしょうか?」
と、シャノンが戸惑った顔で訊き返す。
「べつに元凶を放置しろとか、赦せとか言ってるんじゃないんだ。もちろん、痛い目は見てもらう。でも、それは誰もが納得する形で、だ。なんでもありにしちゃったら、ゲオルグと同じレベルにまで落ちちゃうからね」
「わからなくもありませんわ。非合法な手段で彼を排除しては、社会としての筋を曲げたことになりますもの。あくまでも合法的に、そのような汚い人間は社会に不要だと突きつけることこそ、最良の『復讐』になるように思われます」
ミレーユの言葉に、今度はミラが、
「なるほど。たしかに、枢機卿としての立場を失えば、神の代理人たる特権もなくなります。そうなれば、ミレーユ殿下の権力で罪状を暴いて投獄なり処刑なりすることができますからね」
「うん、まあ、罪を明らかにした上で、地獄のような苦しみを味わってほしい、とは思っちゃうけどね。ちょっと、赦しを与える気にはなれないかな。聖女がこんなこと言ったらダメなのかもしれないけどさ」
あたしの言葉に、リコリス、リコリナも小さくうなずいてくれた。
「赦すで思い出したけど、最近シオンくんが何かやってるんだって?」
あたしがそう話を振ると、
「ええ。スタンピードの時に買い上げたポーションとマナポーションを弁済したいと、シオン様から申し出がありました」
とミラが教えてくれる。
「ポーションの品不足はまだ完全に収まったわけではありませんからね。近隣の街から緊急に借り出した分もあって、ギルドでもようやく備蓄に回す余裕ができてきたところです。シャノンさんにはかなり協力してもらってます」
「は、はい。このところはポーション優先でお仕事をしてますね。ゼオンさんが錬金術師になってくれていればと思いますが、一介の錬金術師に収まる方ではないですから……」
「錬金術師は人手不足かぁ。教会にも錬金術系スキルの持ち主はいるんだけど、組織の外には出ないもんね」
「シオン様はシャノンさんに直接薬草や魔草を卸しているんですよ」
「弁済に充てるポーションを作ってほしいとのことで、ゼオンさんへの義理で手助けすることにしました。反省しているご様子でしたし」
最初は自分にもポーションが作れないかと訊かれたそうだが、シオンには錬金術の才能はなかったらしい。
まあ、錬金術はたしかに才能がものを言う分野だからね。
「ふぅん? 伯爵家のお金で弁済してるんじゃなくて、自力で素材を集めて収めてるってこと?」
「そのようです。ギルドとしてもお詫びの印ということでポーションを受け取りました。本当は適正価格で買い取ると言ったのですが、シオン様が固辞されたのです。シャノンさんへの報酬分だけはお受け取りになっていますが」
「へえ。いい心がけだね」
「そもそも、ポーションの買い占め自体は違法行為ではありませんので、そこまでされる必要はないともお伝えしたのですけどね」
「どういう心境の変化なんだろうね。男子三日会わずば刮目してって奴?」
「男女差別ではありませんか? 三日で変わる女子もいますし、大抵の男子は三日どころか三年経っても大差がないような気もします」
と、肩を竦めるミレーユ。
いったいどれだけそういう男子を見てきたんだろうね。
お姫様も大変だ。
「でもま、シオンくんは変わったみたいだね。えらいえらい。もっとも、父親があの様子じゃどうなることかわからないけど」
「そうですわね。シオンにとって今のクルゼオンに留まることがよいこととは限りませんわ。王都の高等学院にでも通うべきかもしれませんが、伯爵がそれを許すかどうか」
「ミレーユから推薦するわけにもいかないもんね」
「推薦するための実績がありませんからね。それに、私が推薦しては、シオンが私の将来の婚約者候補なのではないかと勘ぐられてしまうでしょう」
「ああ、なるほど。難しいねー」
「難しいのです。シオンがどうなるかは、シオン本人の心がけ次第……としか言えませんわ」
そんな話をしてからしばらく経ったある日のこと、あたしたちはシオンが教導学院に留学するために勇都アイオロスへ旅立ったと聞いた。
シオンはいい決断をしたと思う。
ただ、運命のいたずらというべきか、アイオロスには同時期に「彼」もやってくるはずなんだけど……。
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