108(シオン視点)償い

 表を、つくった。

 僕が迷惑をかけた人たちの、だ。

 貴族としての体面があるから、正面切って謝罪するのは難しい。

 謝罪された方もかえって対処に困るだろう。自己満足と言われれば返す言葉もない。

 せめて被害を埋め合わせることはできないか。

 そう思って、紙に迷惑を被った人の名前、内容、弁済の方法を書き出してみた。


「思ったよりは少ない……か? いや、十分多いと言うべきだ。自分が嫌になるな……」


 考えてみれば、僕の取った方法はとてもじゃないが合理的とは言えない。

 ポーションのオーバードーズによるHP、MPの上限突破で強くなれたとしても、領民からの強い反発を招いてしまってはデメリットのほうが多いだろう。

 領主になるためには自分の価値を示さなければ――そう思ってのことだったが、それによって自分の価値を落としてしまっては元も子もない。


 ポーションの品不足で怪我を治せず苦しんだ人や仕事に差し障りが出て経済的に困窮した人たちが、どれほど腹を立てたかは想像に難くない。

 なんでこんな当然のことに考えが至らなかったのか。

 そして、なぜこんな当然の反省に至るまでに時間がかかってしまったのか。


「結局、舞い上がっていたんだろうな」


 成人の儀で兄より強力なギフト(と当初は思われていた)を引き当て、僕は完全に調子に乗っていた。

 君は神に祝福されている、勇者にすらなれるかもしれない、そんなふうにもてはやされた。

 兄に劣等感を抱いていた僕は、突然浴びせられた称賛に舞い上がった。


 あとになってみると、自分でも馬鹿げていると思えるほどの舞い上がりっぷりだった。

 あの時はどうかしていたとしか思えない。

 もちろん、そんな言い訳が僕の行いで迷惑を被った人たちに通じるはずもないのだが。


「枢機卿に巧みに乗せられた……というのは言い訳だろうな」


 ふう、と僕は大きくため息をつく。

 そうやって誰かのせいにして、自分の行動に自分で責任を取らないのではダメだ。

 他人からの干渉を跳ね除けることも含めて、僕の責任といえるのだから。


「まあ、教会の『上限突破』への評価はあきらかに過大だったとは思うけど……」


 長子であるゼオンをハズレギフトを引いたと言って貶めて、次男の僕を神に祝福された存在として祀り上げる――そこに悪意を感じるのは僕の僻みのせいとばかりは言い切れない。

 ゲオルグ枢機卿が父に取り入ろうとしていることは、伯爵家の人間なら誰で知っている。

 おおかた、優秀な嫡男――ゼオンのことだ――が目障りになり、成人の儀にかこつけて追い出そうと考えたのだろう。

 ゲオルグ枢機卿は僕にとってもクルゼオン伯爵家にとっても不快な存在だが、


「さいわいなことに、最近は落ち目だ。僕が下手に何かしようとするより、アカリとかいう聖女とミレーユに任せたほうがいいんだろう。情けない話だが、しかたない」


 僕にできることは、兄が追放されたあとのクルゼオン伯爵家を継ぐにふさわしい存在になることだけだ。

 兄ではなく僕でいいのか、とか、僕にとって父の地位を襲うことが本当にそんなに大事なことなのか、とか、いろいろ悩むことはあるけれど……。


「ミレーユを振り向かせる、なんてことが簡単にできるとは思えないんだけどね。ああ見えて昔から芯の強い女性だから」


 だからこそ、僕はミレーユに惹かれるんだろう。

 でも、ミレーユからしてみれば、芯の定まらない僕を異性として見る気にはなれないにちがいない。

 僕だって、僕がミレーユの立場だったら、僕みたいな男はお断りだ。

 だから、僕の気持ちは、どこまで行っても片思いにしかなりえない。

 ……そんなことは、それこそ昔っからわかってる。


「……いや、よそう。今はできることを積み重ねることに集中するべきだ」


 兄のような天才じゃない僕は積み上げるしかない。


 ギフトの性質から言ってもそうだ。

 「上限突破」が威力を発揮するのは、当然ながら何らかの上限に達してからだ。

 アイテムの買い占めのような特殊な使い方を除けば、まずはレベルを上げ能力値を上げて、数値の上での「天井」に到達する必要がある。

 その後に初めて「上限突破」が使えるのであって、逆ではない。


「そもそも天井に到達するやつ自体が少ないんだよな」


 己に厳しい修行を課す高ランクの勇者が、途方もない修練レベリングの果てにレベルの上限に達することはある。


 逆に、元々の上限レベルが低いことですぐに上限に達するケースもなくはないが、少数だ。

 上限レベルはステータスに明記されている。

 そもそも上限レベルが低い時点で戦いに適性なしと考えて、レベルを上げずに別の道を選ぶだろう。


「まずは上限に達するまで地道に努力を積み重ねるしかない」


 遠い道のりではあるが、やること自体は明確だ。


 僕に関しては、救いもある。

 普通なら、レベルの上限に達することは恐怖の対象だ。自分にはこれ以上の伸びしろはないという事実を突きつけられるわけだからね。

 本人にとってはこの世の終わりとも言えるだろう。

 自分の限界を否定しようのない数値で示されるというのは、考えてみれば残酷だ。


 だが、僕にとってはそここそがスタート地点となる。


「結局、ギフトはチートじゃないってことだよな」


 チート――古代語でズルのことだと、ゼオンが言っていた。

 古代人はズルチートには殊の外厳しい価値観を持っていたらしい。

 そのわりには、成人の儀によるギフトの付与なんていう「ズルい」要素が野放しになってるのはどうしてなんだ、と思わなくもないのだが。

 古代人自身が設計したルール内のものはズルくなく、そこからはみ出るものはズルいということか?

 価値判断が恣意的なように感じるのは気のせいだろうか?


「ま、ゼオンあの人じゃないんだ。古代人の考えなんて気にするだけ無駄だよな」


 僕は自分で作った表にもう一度目を通すと、覚悟を決めて立ち上がる。


 勇都アイオロスに旅立つ前に、精算できることは精算しておかなくては。





―――――

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