107(???視点)黒女子トーク(2)

 私はすっかり冷めた紅茶に口をつけてからアカリに尋ねます。


「そういえば、その保護したというの天使の双子の姉妹はどうなさるおつもりですか?」


『保護……って言っていいのかなぁ。ゲオルグ枢機卿に利用されてたとはいえ、ネルフェリアを破滅の淵まで追い込んでたことも事実なわけだし。複雑だよね』


 アカリの声からは処遇に相当悩んでることが伝わってきます。

 この様子では、ゼオン様も決めかねているのでしょう。


「ゼオン様のおかげで未遂に済んだことを喜ぶべきです。私は、彼女たちのやろうとしたことが表沙汰になっていないこの状況を積極的に利用すべきだと思いますね」


『……かくまって使えって言うの? ゼオンくんがそれをよしとするかなぁ?』


「ネルフェリアの弱体な領主に身柄を渡しても、敵を利するだけではありませんか。かの領主は街に教会の信徒が幅をきかせることを防ぐこともできなかったのでしょう?」


『それはそうだけど……』


「心配せずとも、その時が来れば彼女たちの証言が必要になることもあるでしょう。彼女たちの忍んできた苦痛は察するに余りあります。不十分な裁きで晒し者のようにするのは避けたいところです」


『そう、だね……』


 アカリもの天使にされかけた過去の持ち主です。

 その姉妹にかつての自分を重ね合わせているのでしょう。


『じゃあ、私が引き取るってことで、ゼオンくんを説得するよ』


「アカリから話せば、ゼオン様も反対はなさらないでしょう」


『……なんだかゼオンくんの優しさにつけ込んでるみたいなんだけど』


「いいのですよ。ゼオン様は優しすぎます。闇の部分は私がかぶってさしあげればよいことです」


 べつにゼオン様に頼まれたわけではありません。

 私が勝手にやることです。


『そこに私も巻き込まないでほしいんだけどなぁ。っていうか、そうやって外堀を埋めて逃げられないようにしようって魂胆なんでしょ? お姫様ってばほんと腹黒なんだから……』


「私はただ、ゼオン様への純情に基づいて行動しているだけですよ。いわば、愛です」


『愛があればなんでも赦されるわけじゃないでしょうに。でもまあ、お姫様の心配もわかるよ』


「わかる、とは?」


『「涙の勇者」。よりにもよって難儀な称号をもらったみたいだね。いや、元々は水の大精霊が余り物にしてた勇者称号らしいんだけど、「下限突破」とのシナジーがまずかった。この世界に存在するあらゆる微弱な涙の痕跡を下限なく感じ取ってしまう――制御を誤れば精神が崩壊しかねない力だよ』


 アカリの言葉に、私は返す言葉を失います。


『ゼオンくん本人は、「目的ができてかえってよかった」なんて言ってるけどね。プレイヤー属性を手に入れた「勇者」が目的意識を持って動くんだよ? ゼオンくんの動きが、この世界のどんな勢力を刺激しないとも限らない。ことによっては、ミレーユ――一国の王女であるあなたの権力をもってしてもかばいきれないようなトラブルに首を突っ込むことになりかねない』


「……そうですわね」


 さきほどは小鳥に喩えましたが、ゼオン様はもはやそんなかわいらしいものではないのでしょう。

 鳥は鳥でも、伝説にある鳳凰――は言い過ぎかもしれませんが、その幼体である鳳雛ほうすうに育ちつつあるということです。


「それで、ゼオン様は今後どうなさるおつもりなのです?」


『ゲオルグ枢機卿の問題はあるけど、一介の冒険者でしかないゼオンくんにできることは限られてる。今は勇者になったとはいえ、教会の問題に口を挟む権利があるわけじゃないし』


「では……?」


『ゼオンくんは、枢機卿と魔族の関わりが気になるってさ。枢機卿を追い落とすのは単なる政治の問題だけど、それに魔族がからむとなると話は大きく変わってくる』


「そうですね。厄介なことになりました」


 遊戯者プレイヤー属性を持つアカリは、私同様、「存在の描写」に使用される世界の能力が大きいです。

 ありていにいえば、プレイヤーでないものよりも外見がより緻密により美しくより存在感を持って描かれるということ。

 枢機卿選挙のような大衆の支持がものを言う活動では圧倒的に有利なのです。


 当然、ゲオルグ枢機卿も、死にものぐるいでアカリの排除に乗り出します。

 

 ただの政治的な暗闘でしたら、王女である私が背後につけば、十分対抗できるはずだったのですが……


「万一、魔族が直接アカリの排除に動くようなことがあっては、私といえどできることは限られます」


 信頼のおける手駒がいないわけではありませんが、それはあくまでも対人間を想定したものです。

 百年とも数百年とも言われる寿命を持ち、高いレベルや未知のスキルを持つという魔族が相手では、正直心もとないと言うしかありません。


『ゼオンくんは魔族に対抗できる力を手に入れたいって。まあ、下限突破ダンジョンで魔族を撃破したことがあるわけだけど、あれはさすがにノーカンらしいから』


「ゼオン様頼りになってしまうのは避けたいですね」


 頼めば、ゼオン様は力を貸してくれるでしょう。

 ですが、それはゼオン様を魔族との危険な暗闘に巻き込んでしまうということでもあります。


『ゼオンくんは、今回の戦いで、早くもレベル上限に達してしまったんだよね。上限レベルが10っていうのは、プレイヤーとしてはありえない低さだよ。いくら勇者になったとはいえ、レベル10の能力値でどこまで魔族に対抗できるのか……。まあ、それを言ったら、一度魔族を倒してることだったり、スタンピードのボスであるゴブリンキングを倒したことだったり、今回の七霊獣魔合体チートキメラを倒したことだったりが説明できないわけだけどさ』


「なんとかされてしまうのだろう、と思わせてしまうのがゼオン様のおそろしいところですね。ゼオン様には何かあてのようなものはあるのでしょうか?」


『せっかく勇者になったし、勇者連盟に挨拶に行くって言ってたよ。世界にアナウンスされちゃったからほっかむりもできないし』


「ああ……連盟。あそこも面倒なところですわね」


 魔族と対抗する上で真っ先に候補に上がるのは、やはり勇者であり、勇者を擁する勇者連盟でしょう。

 ただ、あの組織もあの組織で、複雑な内部事情を抱えています。


『私は枢機卿選挙があるからゼオンくんとは別行動になるけど、リンクチャットの連絡先は交換したから。ゼオンくんの近況はリアルタイムで聞けると思う』


「はああ……いいですわね。私もゼオン様と連絡先を交換して、夜毎に通話を重ねたいものですわ」


『だったら素直に言えばいいのに』


「連絡先なんて交換してしまったら、毎晩毎晩通話をかけて鬱陶しがられてしまいますわ」


『うん、まあ、それはそうかも。ミレーユって、なんか拘束厳しそうっていうか。……まあ、お姫様なんて遠巻きに眺めてるのがいちばんだよね』


「何か言いました?」


『い、いやぁ、べつにー?』


「拘束を厳しくする必要はありませんが、ゼオン様は鋭い方ですから。細心の注意を払ってくださいね。あと、アカリも大概、遠巻きに眺めてるのがよさそうな女性だと思いますわよ?」


『ばっちり聞こえてるんじゃん!?』


 その後も、私とアカリの通話は続きますが……内容のほどはお察しです。

 私の惚気のろけにアカリがいつも通りに呆れてからは、クルゼオンとネルフェリアでそれぞれが食べたおいしいスイーツの話になりました。

 スイーツということでは調理系スキルを持つ王都の料理人に敵うものはなかなかないのが実情ですが、その土地土地とちどちで工夫がなされたいわゆる「Bランクグルメ」というものがございます。

 クルゼオンはゼオン様の敷かれていた商業振興策のおかげもあり、調理系スキルを用いない一般グルメが他の土地よりも発展していました。

 一方、ネルフェリアは、辺境故に手に入る食材も限られ、スイーツに関しては見るべきものが少なかったということです。大森林で採れる新鮮なキノコや香草、川魚を使った「樹海焼き」が美味しかったとのことですが、甘いもの以外食が細めな私には厳しそうな料理ですわね。

 ゼオン様がネルフェリアの冒険者や聖職者と意気投合しながら美味しくいただいていた、との逸話を聞けただけで、私としてはお腹いっぱいになりました。


 アカリとの会話は本当にとりとめのないものですが、私にとっては貴重な機会です。

 なにせ、私はシュナイゼン王国の王女。

 こんなに気安く話してかけてくれる存在は、アカリの他には誰もいません。

 もちろん、家族の中にも、です。


「そろそろ夕食の声がかかる時間ですわね」


『えっ、もうそんな時間? ミレーユと話してるとあっというまだねー』


 そんなかわいいことを言われると、なんともこそばゆくなってしまいます。


『じゃ、また進展があったら連絡するから』


「ええ。私のゼオン様をよろしくお願いしますね」


『だ、だから取ったりしないってば。枢機卿選挙のほうもよろしくね』


「はい、しかるべく」


 と言いながら、私たちはリンクチャットを切るタイミングを見つけられません。

 通話を切る時には、ぶつ切りにならないようについ気を遣ってしまいます。

 最後に、


『じゃあ、また』


「ええ、また」


 と、取ってつけたような挨拶をくっつけて、私たちはどちらからともなくリンクチャットを切ったのでした。

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