106(???視点)黒女子トーク(1)

 クルゼオン伯爵邸の一画にある離れで、私は自分の耳に手を添え、虚空から聞こえてくる声に耳を澄ませます。


『――というわけで、ネルフェリアに訪れる筈だった未曾有みぞうの危機は、ばっちり未然に防がれたのでした。お姫様の彼氏くんの活躍で、ね』


 聞こえているのは、顔なじみの聖女アカリ・フローライトの声です。

 いつも通りの調子の良い喋り方ですが、信頼できる女性であることはわかってます。


「彼氏ではありません。婚約者です」


 今私とアカリが使っているのは、離れた場所にいる相手とも会話ができる、遊戯者プレイヤー専用機能「リンクチャット」による通話です。


 教会の非人道的な施術によって古代人の意識を植え付けられかけたアカリは、その際に世界からプレイヤーとしての属性を付与されたそうです。

 私には古代人の意識があるわけではありませんが、物心のついた頃から、この世界が作りごとに思えてならないという奇妙な感覚がありました。

 その感覚がいかなるドアを開いたのか、私もまたプレイヤーとしての属性に幼くして目覚めました。


 私とアカリはどちらも「リンクチャット」が使えます。

 「リンクチャット」は片方が使用可能であればもう片方は権限がなくても受信限定で通話を繋ぐことができるのですが、私とアカリのあいだでは双方からの送受信が可能です。

 ……こんな便利なものを隠し持っているのですから、やはり遊戯者プレイヤーとそうでないものとの格差は大きいと言わざるを得ません。


『肝心の彼氏くんは婚約のことなんて忘れてるみたいだけど? お姫様の片想いなんじゃないの?』


「うふふ……恋愛は片想いこそ至上です。結ばれるまでの焦れったさがたまらないのですよ」


『はあ、お姫様は変なところでマゾだよね。なまじなんでも手に入る分、手に入らないものが恋しくなっちゃう的な?』


「さあ、恵まれていることは否定しませんが、手に入らなくてもよしとできるほど達観しているわけでもありません。冒険者として自由に生きていらっしゃるゼオン様を、権力でがんじがらめにして私の夫に迎えてしまう……というのも、ちょっと興奮しそうじゃないですか?」


 うふふ、と笑いながら私は答えます。

 もちろん、本気ではないですよ?

 妄想としてならそういうのもアリ。

 現実と考えても……あら? わりとよいかもしれません。

 なんて、もちろん冗談なのですが。


 私をなんとしても手に入れると宣言してのけたシオンのことを、私は少し見直しました。

 といっても、尊敬できるというわけではありません。

 私自身、ゼオン様をなんとしても手に入れたいと思っているので、シオンの気持ちがわかるのです。

 お互い最低の人間なのですわね、といった感じですね。

 もちろん、私がシオンの想いを受け入れることはないのですが。


『うわぁ。ゼオンくんも災難だねえ……』


「話を伺っている限りだと、なんだかアカリと仲が良さそうじゃありませんこと? そこはかとなく気が合っているように聞こえますわ。アカリもなんだかゼオン様のことを憎からず思っているのではありませんか? 最初はあんなに疑っていましたのに……」


 シュナイゼン王国の至宝などと言われる私ですが、アカリの言葉を借りるなら、本質的には「陰キャ」なのだと思います。

 表面的にはきわめて社交的に見えると思いますが、違います。他人にいっさい心を開いていないからこそ、他人をどうとでもあしらえる――そういうものだと思って生きています。

 私には「この世界は作りものである」という感覚がありますから、なおのことそうなりがちです。


 シオンですら、私よりは他者に心を開いていると言えるでしょう。

 なまじ他人に心など開くから傷つくということに、シオンは早く気づくべきです。

 他人は駒であると心の底から認識できれば、駒の言動にいちいち腹を立てることもなくなるのです。

 あるいは逆に、ゼオン様のようにおおらかになるかですが……まあ、持って生まれたものが違うと思います。

 だからこそ、私はゼオン様に惹かれ、シオンはゼオン様に反発するのです。


『ちょっ、私? 私のほうがゼオンくんより二個上だし。釣り合ってないって』


 部分的に古代人の意識が目覚めたアカリは、精神的にはさらに大人だとも聞いています。

 あくまでも部分的な意識ですので、総合的に見て精神年齢がどのくらいと言うのは難しいようなのですが。実際、私と話している感じではそんなに年上のようには思えません。


 それより、聞き流せないことがありました。


「……それは、年齢さえクリアできれば異性としてありだということですか?」


『お、お姫様の彼氏を取ろうとなんて思ってないって。大体、どうやってミレーユみたいな完璧お姫様から男を取れるっていうのさ? 男はみんなミレーユみたいなお姫様が大好きなんだって』


「あら? アカリだって十分魅力的な女性だと思いますけど。私たちは親友ですし、正妻の地位を狙わないと約束できるのであれば……」


『いやいや。冗談きついって。古代人はハーレムとか創作の中だけの話だったみたいだよ? お姫様のことは嫌いじゃないけど、仲良く男をシェアなんて気はさらさらないから』


「うふふ……信じていますよ?」


『も、もちろんだよ。それより、本当にゼオンくんに繋がなくていいの? ゼオンくんは勇者になってリンクチャットが開放されたから、ミレーユとも送受信できるんだよ? っていうか、ゼオンくんに私もリンクチャット持ちだってこと黙ってるの、結構後ろめたかったりするんだけど……』


 アカリが今言った通り、私はゼオン様にアカリがリンクチャットを使えることを黙っていさせています。

 ゼオン様は、私がリンクチャットを使えるなど想像もしていないはずです。

 アカリと私の繋がりを疑うのも難しいでしょう。


 なぜそんなことをしているのか、ですか?

 それは、


「今はまだ、いいのです。私のほうからあまりアプローチをかけても、ゼオン様に引かれてしまうでしょう? ゼオン様は自由を愛されるお方。小鳥と同じで、強く握り締めては逃げられてしまいます」


 これが、表向きの理由です。


『めんどくさい恋愛観だなぁ。ストレートにぶつかるんじゃダメなわけ?』


「昔からまっすぐにお気持ちを伝えているつもりだったのですが、どうにもわかっていただけなくて」


『まあ、ゼオンくんって、大人びてるようでいて、少年っぽいところもあるからねー。そこがまた魅力的ではあるんだけど』


「……本当にダメですからね?」


『わ、わかってるってば。どっちにせよ、私は恋愛は当分いいかなって思ってるし。ほら、元の人格はの天使としての訓練でぐしゃぐしゃだし、かといって古代人の人格は不安定だし……』


「そう、ですか……」


 アカリの過去のことは聞いています。

 の天使としての洗脳――というより人格破壊を受けた影響で、アカリの元の人格は破綻寸前にまで追い詰められていました。

 その空隙を埋めるようにして古代人の意識が「下ろされた」わけですが、ここで意図せぬ現象が起きました。

 古代人の意識――「アカリ」を名乗る人格は、元の人格の破壊を望みませんでした。

 結果、「アカリ」が元の人格を補完する形で二つの人格が共存・混淆する複雑な状態になったそうです。


 そんな壮絶な過去をおくびにも出さず、いつも明るくふるまう彼女のことを、私は心から尊敬しています。

 まあ、すぐに調子に乗るので口に出しては言いませんけれど……。

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