103 今回のリザルトと

 俺が「分離」の魔紋を刻むのと同時に、ぴしりと音を立てて、融合魔核にヒビが走った。

 渾然とひとつにまとまりつつあったスルベロの「涙」がほぐれていく。

 俺は甲羅の隙間から抜け出そうとするが、


「くそっ、出られない!」


 浸出液を凍らせたせいで、上部が滑って手がかりがない。

 もがくうちに、スルベロを構成する肉質が動きを止める。

 実体ある肉にしか見えなかったそれが半透明になり、光の粒に分解されていく。


 当然、俺は足場を失って、


「うわっ!」


 真下には湖。

 魔剣で凍らせることも考えたが、そっちのほうがダメージは大きいだろう。

 俺は両腕の「宿業の腕輪」を装備から外してPHYを元に戻し、身体を丸めて着水に備える。


 その俺の身体を、ふんわりと支えるものがあった。

 暖かな風が俺を捉え、優しく抱えあげるように岸辺に運ぶ。


 俺を運んだ旋風つむじかぜは、


『ありがとう――後をよろしく』


 そう聞こえる風鳴りを残してかき消えた。


「シュシュトリアン、か……」


 分解されたキメラはどうなったんだ?


 俺に駆け寄るレミィ、アカリを尻目に、俺は湖の方を振り返る。


 もはやスルベロは跡形もない。

 合成されていた霊獣たちは、消滅してしまったのか。


 湖面をよく見ると、赤黒いヒビだらけの球体が浮かんでいた。

 俺が「分離」を刻んだ融合魔核だろう。

 ピシピシと音を立ててヒビが拡がり、融合魔核は砕け散った。



《レベルが10に上がりました。レベルが上限に達しました。》


《勇者称号「涙の勇者」を取得しました。》


《――全世界アナウンス:この世界に「涙の勇者」ゼオンが誕生しました。》


《ブレッシング「哭する者」を会得しました。》


《勇者専用インベントリが開放されました。》


《プレイヤー専用リンクチャットの使用権が与えられました。》


《プレイヤー専用パーティ編成機能が開放されました。》


《プレイヤー専用ギルド編成機能が開放されました。》


《スキル「中級魔術」で新しい魔法が 24 個使えるようになりました。》


《エクストラスキル「精霊吸収」を会得しました。》


《七霊獣を討伐しました。》


《スキル「精霊召喚」を取得しました。》


《七霊獣を単独で討伐しました。(7)》


《七霊獣単独討伐によるボーナス報酬は以下の1つです。(7)》


《ボーナススキル:次に列挙するスキルのうち、1つを選んで習得できます。(7)

 スキル「招雷」

 スキル「纏雷」

 スキル「招嵐」

 スキル「旋風」

 スキル「纏炎」

 スキル「炎吼」

 スキル「水鏡」

 スキル「波紋察知」

 スキル「風爪撃」

 スキル「蜃気楼」

 スキル「イーグルアイ」

 スキル「光刃」

 スキル「暗纏」

 スキル「影縫い」


《七霊獣を討伐しました。(7)》


《七霊獣討伐によるボーナス報酬は以下の1つです。(7)》


《ボーナスアイテム:次に列挙するアイテムのうち、1つを選んで入手できます。(7)

 「レベルアップオーブ」

 「スキルアップオーブ」

 「STRシード」

 「PHYシード」

 「INTシード」

 「MNDシード」

 「DEXシード」

 「LCKシード」

 「からのシード」


《秘匿された実績「七霊獣殺し」を達成しました。》


《秘匿された実績「七霊獣殺し」:七柱の霊獣をすべて倒す。》


《秘匿された実績「七霊獣殺し」達成によるボーナス報酬は以下の1つです。》


《エクストラスキル「エレメンタルシフト」》



 ……なんか「天の声」がいつにもましてとんでもないことになってるな。

 いろいろつっこみどころはあるが、(7)ってなんだよ。まさか七霊獣討伐は一体ずつカウントされるのか? キメラの融合魔核を砕いただけなのに、七体を倒したカウントになってるのはいいんだろうか。

 スキルやアイテムの選択は保留できるから、今は後回しにしておこう。


 まあ、いちばん気になるのは「全世界アナウンス」とかいう奴のことなんだが……。

 額面通りに受け止めるなら、俺が「涙の勇者」になったことが全世界に告知されたってことか?

 悪いことをしたわけじゃないんだから、べつに隠す必要はないんだが、全世界に触れて回りたいわけでもない。

 永らく存在しなかった「本物の勇者」の誕生に、誰がどう反応するかもわからないよな。


「終わった……のですか?」


 と訊いてきたのはリコリスだ。


「ああ」


「私は……間違っていたのでしょうか」


「わからない。獣人たちが人間に恨みを持つのはもっともだ。霊獣たちは復讐を望んでいなかったが、それは彼らが超越した存在だからだろう」


 ウンディーネによれば霊獣は亜神らしい。

 亜神というのがどういうものか知らないが、神の階梯に手をかけたものたちなんだろう。

 そういう連中なら、他人から何か危害を加えられても、同じことをして報復するのではなく「赦す」ことができるのかもな。


 でも、リコリスとリコリナが受けてきた迫害と洗脳は、俺の想像を絶している。

 彼女らの流してきた涙の量は、さっき身をもって体験した。

 そういう人に「復讐は何も生まない」なんて手垢の付いたことを言いたくはない。


 涙っていうのは、何によって癒やされるんだろうな。


「ゼオンくん」


 声をかけられ振り向く。

 アカリはいつになく真剣な顔で訊いてくる。


「ゼオンくんは、今回の事件をどうしたい?」


「そうだな……。最初は、犯人をネルフェリアの領主に引き渡して、裁判を受けさせるつもりだった」


 リコリスたちの企てが成功していたら、ネルフェリアは灰燼に帰していたかもしれないのだ。


「でも、ゲオルグ枢機卿の教唆があったことは確実だ。ネルフェリアの領主の裁判では、枢機卿を引っ張ってきて有罪を宣告することは不可能だ」


「枢機卿には『無謬むびゅうの推定』が適用されるからね。神と民に選ばれし枢機卿がおこなうことはすべて神の為すことと同じである……」


「要するに、自分は神の代理人なんだから何をしても赦されるってことだよな」


「死後に神の審判を仰ぐんだから、俗世の権力が枢機卿のすることを裁くのは神に対する越権行為だ……なんて教会は言ってるね。そしてその言い分をほとんどの国家が認めてる」


「教会とことを構えたくはないからな。人数の限られた枢機卿の不正を見逃す程度なら、政治的に呑める条件だってことなんだろう」


「じゃあさ。枢機卿の地位にあるものが、孤児を暗殺者に育てて誰かを殺させようとしても、それは『神の行為』であり『無謬』だってことになるよね」


「そうだな。リコリスたちを裁くとすれば……そうか。教会の示唆ではなく、彼女らの自由意志でスルベロをネルフェリアに放とうとした、という話にならざるをえない」


 これだけのことをやっておいて、ゲオルグ枢機卿は無罪放免。

 リコリス・リコリナはすべての罪を被せられて極刑か。


 法律的なことを言うなら、俺が最初に言ったことが正しい。

 でも、そんな結果になるとわかっていながら、不利な裁判を二人に受けさせるのが本当に正しいのだろうか?

 俺は元伯爵家嫡男として、領主の裁きというものを幼い頃から見てきた。

 その経験からすると、ネルフェリアの領主は、教会への忖度から二人に過度な刑罰を加えるんじゃないかと思えるんだよな。

 それこそ――魔女と断じて火炙りにかける、というような。

 教会側も喜んで、二人に魔女認定を下すだろう。

 濃霧に悩まされてきたネルフェリアの人々も、「元凶」が火炙りにされるのを見れば溜飲を下げる――かもしれない。


「それって、とかげの尻尾切りって奴だよね? ゼオンくんは、そのことについてどう思う? それがわかっていてなお、彼女たちをネルフェリアの頼りにならない領主に引き渡すの?」


「……戦いが終わったばかりで、難しい話を振ってくるな。アカリはどう考えてるんだ? っていうか、俺はアカリの本当の正体についても聞かされてないぞ」


 アカリの魂胆は読めている。


 ゼルバニア火山で俺にファイアドレイク(ガルナ)をけしかけたのは、俺に対するテストだ。

 見知らぬ人間を見捨てるか、助けるか。

 盗まれた卵をどうするか。破壊するのか、その場に置き去りにするのか、持ち帰って高値で売りさばくのか(俺が卵を返させたのは想定外だろう)。

 あるいは単に、俺の戦闘力はファイアドレイクを倒せるほどか。ゴブリンキングを倒したのはまぐれか実力か。


 今回のスルベロとの戦いだって、アカリはギリギリまで姿を隠し、俺の行動を見守っていた。


 そんなことをする必要のある奴は――


「アカリ、おまえは――」


 俺がアカリに指を突きつけ、その正体に触れようとしたところで、


「あのぅ、マスター。さっきからずーっと気になってるんですけどぉ」


「なんだよレミィ。話の骨を折るなよな」


「いえ、でも……その、マスターの頭の上に乗ってる亀さんがどぉしても気になりまして」


 ぽんぽんと自分自身のピンク色の頭を叩いて、レミィが言ってくる。


 レミィとそっくりの動作で頭の上に手をやると、そこにはたしかに何かが乗っている。

 湿った感触の、スープ皿くらいの大きさのなにかだ。


 それを両手で慎重につかみ、顔の前に持ってくる俺。

 亀といえば、まあ亀だ。

 女児向けのぬいぐるみのような愛らしいなり・・をした亀がいるとすれば、だが。


「それはもしや、霊亀れいきドルパニア様なのでは!?」


 そう叫んだのはリコリスだった。

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