98 対スルベロ・哀惜
「ロドゥイエだって!?」
ウンディーネの口から出た名前に俺は驚く。
ロドゥイエ――俺がポドル草原地下のダンジョン(現・下限突破ダンジョン)で遭遇し、運良く倒すことができた魔族の名前だ。
「知ってるの?」
「奴は俺が倒したんだ。レミィを助けたのもその時だ」
俺がちらりとレミィに目をやると、
「お初にお目にかかります、ウンディーネ様。妖精のレミィと申しますぅ~」
いつも通りの間延びした口調で、レミィがウンディーネに挨拶をする。
「た、倒した? かなり高位の魔族だったはず……」
「今から思えば、運が良かったんだ。で、スルベロを造ったのはあいつだったわけか」
そういえば、ロドゥイエは魔法を無効化する自前のローブなんかも造ってたな。
ロドゥイエを倒すことで覚えたスキル「魔紋刻印」は強力なんだが、俺はまだ使いこなせてるとは言えないだろう。もちろん、修練をサボってるわけじゃない。あまりにも複雑で奥の深い技術なだけに、いくらスキルがあると言っても、すぐに上達するようなものじゃないんだよな。
認めたくないが、ロドゥイエが優秀な魔導師だったのは間違いない。
魔紋の刻印とキメラの製造では、求められる技術の系統が違うような気もする。
だが、魔族は長寿で魔術の扱いに長けるとされている。
ロドゥイエは死に際に、何やら魔族の中でも要職にあるようなことを言ってたからな。ロドゥイエがキメラの製造技術を知ってたとしてもおかしくない。
あるいは、キメラを製造できる他の魔族や――それこそ魔王その人にキメラの製造を依頼したか。
ウンディーネを氷に閉ざした魔剣を調達するのも、魔族になら可能……なのかもしれないな。
魔族の実態がわからない以上、想像の域を出ないのだが。
「いや、待てよ。だとしたら、ゲオルグ枢機卿はどうやってここのことを知ったんだ?」
「そんな人のことは知らない」
ウンディーネの返事はそっけない。
「それより、あのキメラをどうにかしないと。霊獣たちがかわいそう」
「かわいそう……霊獣様たちが、ですか?」
ウンディーネに訊き返したのはリコリスだ。
「苦しんでいる。彼らは、復讐なんて望んでない。ただ獣人たちの平和な暮らしを守りたかっただけ。守れなかったことを悔いているだけ。そのあまりに深い悲しみに付け入られ、あのような姿にされてしまった」
「では、霊獣様たちが人間に復讐したがっているというのは嘘なのですか?」
「世界の秩序を守る存在である霊獣が、秩序を自ら破壊することはありえない。物語の脇役が主役たちの物語を歪めることはない。そのように、この世界はできている」
「霊獣が脇役だって? あれだけ強大な力を持ってるのに?」
「力の大きさは関係ない。この世界には、主役であることを定められたものと、そうでないものとがいる。でも、その物語はとうに終わってしまった」
そう言って、遠い波間を眺めるような目をするウンディーネ。
「何を言ってるのかさっぱりだ。じゃあ、ウンディーネ、あなたも脇役にすぎないと言うのか? それなら誰が主役になるんだ?」
「ゼオンの言う通り、私も脇役にすぎない。物語の主役はとっくの昔にいなくなった。その属性を受け継ぐものが残るだけ。かくて、主役を失った舞台は朽ち果てて、力を持て余した脇役たちが暴れまわる」
「よくわからないが、その力を持て余した脇役のひとつがあの霊獣たちのキメラなのか。あんなものをどうすればいいんだ?」
「……ゼオン。あなたは本来脇役のはずだった。でも、どこかで宿命がねじ曲がった。
ウンディーネは透き通った水色の指でスルベロをさす。
「討つ!? 幻獣様を、ですか!?」
顔色を変えたリコリスに、
「獣人の巫女。あなたは、部族の伝統を継承したのではなく、自分の感情をあのキメラに投影してるだけ。人間に復讐したいのはあなたであって、あの哀れなキメラじゃない」
「そ、そんなことは……!」
「眠らせてあげてほしい。私を守護する存在がいなくなるのは危険だけれど、彼らは永きに渡ってずっとその役割を果たしてくれた。これ以上苦悶に喘ぐ友たちの姿を見たくない」
ゆっくりと首を振るウンディーネ。
そこで、湖のほとりの側から、
「――お姉ちゃんから離れて!」
リコリナがそう叫んでくる。
俺たちの乗る氷はほとり側に流され、リコリナの「遠隔斬撃」の射程圏内に入ったようだ。
「助けただけだ。危害を加えるつもりはない」
「た、助けた……? 人質にするつもり?」
「そういうつもりはないんだけどな」
俺は持ち物リストから「凍蝕の魔剣シャフロゥヅ」を取り出した。
禍々しい魔剣を見て、リコリナが色をなす。
「な、何をするつもり!?」
「ああ、悪い、驚かせたか。こうするだけだ」
俺は魔剣をほとり側に向かってかざす。
俺のイメージした通りに湖面がほとり側に向かって凍っていく。
橋ができたところで、俺は魔剣をリストに戻す。
「情報を共有して、一緒に考えよう。あれが暴れだすのも困るけど、あのままにしておくのもかわいそうだ。リコリナさん、俺たちは協力し合えるはずなんだ」
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