97 対スルベロ・真相

「七つの霊獣が合成されてスルベロになったのはいつのことなんだ? リコリスたちがの天使の養成機関に連れ去られる前のことだとしたら、今ひとつ腑に落ちないんだが」


 リコリス・リコリナ姉妹にスルベロという「守護者」がいたのなら、ゲオルグ枢機卿の手の者も手を出しにくかったはずだ。

 スルベロを造り上げたという獣人のシャーマンたちも、スルベロを使って身を守ることができ、森を逐われることはなかっただろう。


 気になることは他にもある。

 二人はの天使としての洗脳的な教育を受けた後にも、この森の守護者の末裔を自認している。

 だが、もし枢機卿がスルベロの脅威をかいくぐって二人を拉致したのだとすれば、二人が獣人としての強いアイデンティティを持ってることには当然すぐに気づいたはずだ。

 にもかかわらず、の天使としての洗脳に成功したと判断して二人をわざわざ故郷での任務に送り出したというのは、抜け目のないあの枢機卿にしては甘すぎる。

 実際、二人は枢機卿の洗脳をはねのけ、獣人たちの末裔としてのアイデンティティを堅持してたわけだからな。


 まだ、ある。

 大森林に異常な濃霧が発生したのはつい最近のことだ。

 獣人たちのシャーマンがスルベロをそんな昔に造り上げていたのだとしたら、濃霧が発生するまでのあいだ、スルベロは一体どこにいたのか?

 ウンディーネと一緒に仲良くここで過ごしていたわけではないだろう。


 さらに言えば、冒険者ギルドで見た手配書だ。

 ギルドの手配書の中に、手配モンスターとして<スルベロ>の名が上がっていた。

 おそらくは誰かが森の中でスルベロを目撃し、なんらかのスキルなりギフトなりでモンスターの名前を確認して、ギルドに報告を上げたのだ。

 どこか別の場所でスルベロが「造られ」、それからこの場所に運び込まれる途中でその冒険者に目撃された、とでも考えるしかない。

 となると、スルベロが造られたのはわりと最近だってことになってくる。


「そもそも、獣人たちのシャーマンがあれを造り上げたというのは本当なのか? 霊獣と呼ばれた存在を七つも合成してキメラにするなんてことが簡単にできるとは思えないんだが……」


 数百年を生きるエルフの魔術師や、勇者たちが探し求める魔王あたりならまだわかる。

 いや、具体的にはさっぱりわからないんだが、そういうことがあってもおかしくないかも? と納得できないわけじゃない。

 だが、獣人というのは、種族的には身体能力に優れる代わりに魔法的な才能はあまりないとされている。

 もちろん、部族のシャーマンともなれば高度な魔法を使えてもおかしくはないが、それにしたって霊獣の合成なんていう伝説級の秘儀を成功させられるとは思えない。

 いや、成功失敗以前に、そんなものはどうやったらいいかわからないし、なんならどうやっても無理という可能性のほうがずっと高い。


「で、でも、スルベロは獣人たちのシャーマンが復讐のために造り出したものだと、たしかに……」


「たしかに……なんだ?」


「たしかに、聞きました・・・・・……」


「誰に?」


「げ、ゲオルグ枢機卿に……です」


 やや青い顔になって、リコリスが答える。


「俺が聞いたところでは、獣人たちは人間ほど大きな社会を作ることはない代わりに、掟に従う小規模な部族単位で暮らしてるらしいな」


「そう、ですね」


「社会が大きければ大きいほどいいというのは人間の勝手な感覚だ。獣人たちを未開人扱いするのは問題だと俺は思う。実際、社会が大きくなれば、ひずみもその分大きくなる。社会を治めるためにおびただしい法律が作られて、結局それすら守られない。良くない法律があるばかりに、つらい目に遭う人だっている。受け継がれた掟に従って暮らす獣人たちの社会のほうが、ずっと穏やかなことだってあるだろう」


「……何が、言いたいのです?」


「昔獣人の冒険者に話を聞いたことがあってな。獣人の部族の多くには、復讐を禁じる掟があるそうなんだ。集落内でのトラブルなら、長老が裁きを下す。異なる集落間のトラブルなら、長老同士で話し合う。個人的な復讐はエスカレートしやすいからな。掟は、それぞれの祖神おやがみに対して誓う神聖なものなんだそうだ。獣人というと、直情的で喧嘩っ早い奴が結構いるが、それだけに、発生したトラブルを大きくしないための生きた智慧があると言うんだな」


「それは……聞いたことがあります」


 聞いたことがある、か。

 リコリスは幼くして部族をなくし、の天使の養成機関という特殊な環境で育ったみたいだからな。

 獣人としての誇りを親から受け継ぎつつも、その具体的な中身まではまだ教わってなかったんじゃないか。


「復讐を掟で禁じる獣人たちのシャーマンが、復讐のために祖神から授かった大事な霊獣たちをキメラにするものだろうか?」


「っ、そ、それは……」


「もちろん、部族の存亡の危機だったんだから、そういう判断があってもおかしいとまでは言えないが……引っかかるんだよな。リコリスたちがその場面を目撃してないっていうならなおさらだ」


 そこで、俺とリコリスの会話に口を挟んできたものがいた。

 ウンディーネだ。


「あの霊獣のキメラが『水時計』に運ばれてきたのは最近のこと。私が魔剣に封じられてから、あのキメラが運ばれてきた」


「そ、そんな! 私たちが聞かされた話と違います!」


「どう聞かされていたんだ?」


「私たちが教会に『保護』された後、残った獣人のシャーマンたちは、自らを人柱にして七つの霊獣をキメラにした。すべては人間への復讐のために。私たち教会はこのキメラを利用して教圏拡大のための工作を行う、と」


「復讐を引き継げ、と言われたのか?」


「いえ、あくまでもの天使としての聖務です。私たちが獣人の末裔であることには一切触れられませんでした……」


「そうか」


 おそらく、ゲオルグ枢機卿は、リコリス・リコリナの心のうちに獣人としてのアイデンティティが残っていることに気づいていた。

 だが、騙されたふりをした。

 二人を忠実なの天使と信じ切ってるように振る舞いながら、彼女らの食いつきそうな餌を投げ与えた。

 そうすれば二人が暴走し、結果的に己の利益になる行動を取るとわかっていたから――


 でも、ゲオルグ枢機卿の「利益」ってのはなんだ?

 最初は、ネルフェリアにコントロール可能な程度の災害を生じさせ、それを教会が解決することで、信仰心を強めようとしてるのだと思った。そうすることで、ネルフェリアを枢機卿選挙の新たな基盤とし、次の再選を確実にしようとしてるのだと。

 しかし、スルベロが暴れてネルフェリアが崩壊することまでが計画のうちだったとすると、俺の予想は外れてたことになる。

 選挙の票が目的なのに、ネルフェリアそのものを滅ぼしてしまっては意味がないからな。


 俺はウンディーネに訊いてみる。


「そもそも、ウンディーネ。あなたを魔剣で氷に閉ざした犯人は誰なんだ?」


 まあ、想像だけならついてるんだけどな。


 まず間違いなく、ゲオルグ枢機卿か、奴の手の者だ。


 だが、ウンディーネが告げたのは、俺の予想を裏切る名前だった。


「ロドゥイエと名乗る魔族だった。キメラを運んできたのも、彼」

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