99 対スルベロ・アカリの正体

「協力ですって? 私たちを騙すつもりでしょう!」


 リコリナさんが俺に警戒の目を向ける。

 その視線は、最初に西岸ギルドで俺を門前払いした時のものとよく似てる。


「誰もかもが私とお姉ちゃんを利用しようとする……。教会も、霊獣も! お姉ちゃん、私たちは自由になれるんだよ!? どうしてもう滅んじゃった部族の掟にこだわる必要があるの!? 私はお姉ちゃんと一緒ならそれでいい!」


 俺が作った氷の橋を渡って、リコリスがリコリナに合流する。

 合流させたのは、ひょっとしたら甘い判断かもしれないよな。

 二人が再びやる気になって、俺に襲いかかってこないとも限らない。


 でも、俺はリコリスを信用することにした。

 東岸ギルドでリコリスが見せた、リコリナを心配する様子は嘘ではなかった。

 いや、話の中身は嘘だったんだが、リコリナを思いやる様子に嘘はなかった。


「俺もリコリナさんの意見に賛成だよ。教会にも部族にも縛られることはない」


「リコリナはそれでいいかもしれません。でも、私は心弱い存在です。おのれの在り方を定めるために、受け継いだ獣人の血と掟とは、とても大切なものなんです。枢機卿のことはさておき、教会が唱える教え――万民は神の前に平等であるという教えも、私の心の支えになってます」


 なるほど。リコリス、リコリナの姉妹のあいだにも、認識の不一致があったらしい。

 信心深いのはむしろリコリスのほうで、リコリナはそれに合わせていた。

 ギルドでは逆のように装ってたけどな。


「人間への復讐についてはあきらめてほしい。人間のすべてが悪人なわけじゃない。無差別に人間を殺すというのなら、俺は君たちに協力することができなくなる」


「あきらめろ、ですって!? 私とお姉ちゃんがどれだけの苦難に遭ってきたか……知りもせずに!」


 リコリナは波打った剣を振り上げ、俺に「遠隔斬撃」を放とうとする。


 その腕を、後ろからつかむ者があった。


「この辺のタイミングかな、と思ったんだけど……どうだった、ゼオンくん?」


 リコリナの手首を後ろから掴んだのは、忽然と現れたシーフの少女だ。

 鮮やかな赤いスカーフとぴったりしたシーフ装束を着こなす美少女。

 言うまでもなく、アカリである。


「いつからそこにいたんだ?」


「最初っからだよ。リコリス・リコリナ姉妹を見張れって頼んできたのはゼオンくんじゃん」


「全然気づかなかったな。気配をいくら殺したって、この見通しのいい空間じゃ隠れるところがないだろう」


 てっきり、迷いの森でリコリスたちに撒かれたのかと思ってた。


「そのウンディーネ様ほどじゃないけど、私は水の中精霊と契約しててね。ウィンギル?」


「はぁい」


 アカリの呼びかけに応えて、アカリの斜め上の空間に、妖艶な美女が現れた。


「私はウィンギル。水の中精霊よ」


 美女と言ったが、一目見ただけで人間でないことはあきらかだ。

 ウンディーネとよく似た流水のような長い髪と、サファイアのような瞳、抜けるような空色の肌という特徴的な容姿をしてる。

 幼女型のウンディーネに対し、ウィンギルは二十代前半くらいの外見だ。

 ウィンギルがウンディーネに会釈したところを見ると、ウンディーネのほうが格上みたいだけどな。


「これだけ水の精霊力が溢れた場所なら、人一人霧の中に隠すのなんて簡単よ。ましてアカリはシーフとして気配を殺すすべに長けてるし」


 とウィンギルが軽い口調で種を明かす。


「ゼルバニア火山で暑そうな様子も見せてなかったのも彼女のおかげか?」


 ゼルバニア火山は高温のフィールドだった。

 俺はレミィのクーリングヴェールのおかげで耐えられたが、アカリはどうしてるんだろうとずっと疑問に思ってたのだ。

 てっきり耐熱用のアイテムでも使ってるのかと思ってたんだが、まさか水の中精霊と契約してたとは。


「ゼオンっちは私のことも疑ってたみたいだけど……疑惑は晴れた?」


「ああ、すまないな。あの時点ではどちらとも決めきれなかった」


 アカリとリコリスたちの両方を疑ってた俺は、一計を案じた。

 アカリにリコリスの動きを見張るよう依頼したのだ。


 もしリコリスがの天使なら、アカリにリコリスを見張らせることで、その動きを封じることができる。

 アカリは本人の証言によれば元の天使ということだから、リコリスの監視役としては適任だろう。


 逆に、もしアカリが未だにの天使であって、俺の暗殺を狙ってるのなら、リコリスの監視という名目で俺のそばから引き離すことができる。

 アカリが暗殺者である可能性を捨てきれない以上、俺とアカリでパーティを組んで人気のない迷いの森を探索するのは避けたかったからな。


 同時に、アカリとリコリス双方から迷いの森のルート情報を手に入れることで、どちらが嘘をついてるかを確かめようとしたわけだ。

 俺の心証はアカリを信じる方に傾いていたが、確証が得られたのはリコリスのくれたルート情報が正確すぎたからだな。


 ともあれ、アカリはアカリで、俺の依頼をきっちりこなそうとしてくれてたみたいだな。

 戦闘が始まった時は加勢を迷ったかもしれないが、本当に危ないというタイミングで出ようと思って潜伏を続けていたんだろう。

 まあ、俺がスルベロにやられるようなことがあったら一目散に逃げ出していたのかもしれないが。


「は、離して!」


 リコリナが暴れるが、アカリはつかんだ手首を巧みに動かし、抜けさせない。


「放してやってくれ」


「まあ、ゼオンくんがいいって言うなら」


 アカリが手を離すと、リコリナは勢い余って地面に手をついた。


「アカリ、ウンディーネの話は聞いてたか?」


「もちろんだよ」


「主役と脇役についての話なんだが、俺にはひとつ考えてたことがあってな」


「へえ。なにさ?」


「ウンディーネが言うところの主役――ロドゥイエが遊戯者プレイヤーと呼んでいたのは、元は古代人のことだったんだろう。だが、その古代人も死に絶えた――はずだ。それに伴い、遊戯者プレイヤーたる資格は古代人の末裔たちに引き継がれた。俺はそんなふうに想像したんだが、どうだ?」


「なんで私に訊くのさ? ウンディーネさんに訊いたほうがよくない?」


「この世界にはさ、あきらかに存在感の違う人間がいるんだよな。なんていうか、同じ髪や肌ひとつ取っても、その質感があきらかに緻密なんだ」


「世の中には美形ってたくさんいるよね」


「いや、そういう話じゃないんだ。俺の言ってるタイプの美しさは、普通の美形とは次元が違う。単にものすごい美形だって話じゃなくて、質的に何かが違う、あきらかに恵まれてるとしか思えない。そういう人が、ごくまれに存在する」


「……へえ」


「俺が幼い頃に知り合った、シュナイゼン王国の第一王女であらせられるミレーユ・アグリア・シュナイゼン殿下なんかがまさにそうだ。見るからにものが違う。王族だから着飾ってるとか、そういうレベルの話じゃない。俺が『主役』と聞かされて最初に思いついたのは、彼女のことなんだ」


「ふぅん?」


「で、もうひとり、最近知り合った奴に、似たような特徴を持つ奴がいてな」


「……なるほど。ゼオンくんは過去に遊戯者プレイヤー属性の人を見たことがあったんだね。まあ、王族に生まれることが多いって話はあるもんね」


「ああ。もちろん、俺が最近知り合った奴っていうのは……」


「認めるよ。私のことなんだね?」


「そうだ。アカリは髪といい肌といい瞳といい、はては装備アイテムに至るまで、他の人間とは質感が違う。世界という画家が腕をふるって描いたような特別製だ」


「いやー、照れるね。私が超絶美少女で、今すぐ自分の嫁に迎えたい、だなんて」


「嫁うんぬんはともかく、魅力って意味で異次元だってことには気づいてたよ」


「普通は気づかないものなんだけどね。やっぱりゼオンくんは、この世界に与えられた枠を超えつつあるんだろうね。その妖精さんに気に入られたおかげか、それとも、魔族を倒したおかげかは知らないけど」


「アカリに関して気になってたのは、それだけじゃない。言動もいろいろおかしかった」


「私の言動はいつもおかしいって言われるけど?」


 自分で言うなよ、というツッコミは抑えつつ、


「最初に俺に出会った時、俺のことをイケメンと呼んだな?」


「呼んだけど、よくそんなの覚えてるね。ひょっとして、自意識過剰?」


「俺が自分で言ったわけじゃなくて、アカリの言葉だ。言っとくが、俺は自分の容姿にうぬぼれはないぞ? 俺の容姿はよくて平均くらいってとこだろう」


「そう? お姉さんは、結構かっこいいんじゃないかなーと思ったり?」


「気になってたのは、そのアカリの美的感覚のずれなんだ。俺は古代人についてこんな話を聞いたことがある。古代人たちは、おのれの本来の容貌を捨て、おのれの理想とする容貌を手に入れて、この世界に現れた。逆に言えば、古代人たちは自分たち本来の容貌に必ずしも満足してなかったんじゃないか?」


「へええ。なるほど?」


「この世界に現れる前の古代人たちの容貌は、この世界の基準ではあまり高い点数がつけられないものだった。この世界でも、動物やモンスターだと、個体ごとに美醜ってのがあるもんだ。ゴブリンなんか、かなり個性的な顔の奴が多いだろ?」


「たしかにね。個性的とか、ゴブリンに気を遣わなくてもいいと思うけどね」


「人間に関係するなら、気も遣うさ。人間の美醜の幅は、動物やモンスターのそれに比べるとかなり狭い。不自然なほどに狭いと思う。だから、俺はこう考えた。古代人の元いた世界では、人間の美醜の幅は、この世界の動物やモンスターと同じくらい広かったんじゃないか? ってな」


「ふむふむ。それで?」


「そんだけ美醜の幅が広ければ、『醜』の側に入ってしまった人間は、相当生き辛かったに違いない。古代人は、自分たちの肉体に不満があったからこそ、自らの手で造り上げたこの世界に自分を『転生』させたんだ。人間の美醜の幅を一定範囲内に制限したこの世界に、な。

 で、アカリはなぜか、その古代人の元の世界の美的感覚を引きずってる。だから俺なんかがイケメンに見えたってわけだ」


「くはーっ、なるほど。まさか、あのポロッとこぼした一言からそんなことまでわかっちゃうとはね。いやはや、すごい! 私はゼオンくんのことをまだまだ甘く見てたみたいだよ!」


 アカリはおおげさに天を仰ぐと、自分の目を空いてる左手でぴしゃりと打った。

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