95 対スルベロ・魔剣
「この剣を抜けばいいんだな!?」
俺はウンディーネの胸に刺さった剣に手を伸ばしかけ、
「いや待て。俺が触って大丈夫なものなのか?」
一応「鑑定」を使っておこう。
Item―――――
凍蝕の魔剣シャフロゥヅ
触れるものをみな凍てつかせる氷の魔剣。その侵食は持ち手にも及ぶ。精霊殺し七剣のひとつ。
STR+120 INT+24 常時周囲の水のマナを凍らせる 装備者の意思に応じてより広範囲の水のマナを凍らせる 装備時MP消費(大) 装備者の水の属性値が低いほどダメージが増える 攻撃時確率で「凍結」を付与
―――――――
普通に読むと、「握った瞬間おまえも凍る」と言われてるようにしか思えないんだが……。
「大丈夫……ゼオンは、水に、嫌われてる、から」
「そういうことか」
俺の周囲には水の精霊が寄り付かない。
凍らせようにも凍らせる対象がないってことなんだろう。
即席の氷窟の外からは、ガルナとスルベロの争う音が聞こえてくる。
相性的には最悪なのに、ガルナは巧みに時間を稼いでくれてるようだ。
「ためらってる時間はない」
俺は魔剣シャフロゥヅに手を伸ばす。
手つきがおっかなびっくりなのは勘弁してくれ。
「冷たっ!」
魔剣の柄は、おそろしく冷たかった。
真冬に屋外に放置された金属を握った時のような、肌が張り付きそうな冷たさだ。
「冷たい、と、心で、感じる、だけ」
「実際に温度が低いわけじゃないってことか。でも……くそっ、抜けないな」
シャフロゥヅのフォルムは、樹氷や雪の結晶をモチーフに禍々しくギザギザにアレンジしたようなもので、刃の形はでたらめだ。
抜けにくいように返しを作った――わけじゃないな。これは……あれだ。親に英雄譚を聞かされた子どもが紙に描き殴った「僕の考えた最強の魔剣」みたいな感じだな。
幼い頃にシオンと、「これは炎の魔剣!」「こっちは雷の聖剣だ!」などと言い合いながらそんな落書きをした覚えがある。
子どもの印象任せのデザインは、時にものごとの本質をついてることもあるんだろう。
今俺が握ってるこの「凍蝕の魔剣シャフロゥヅ」とやらは、まさに子どもが思い描いた通りのいかにもな氷の魔剣のフォルムをしている。
切れ味はおろか持ち手の安全すら考えておらず、熟練の鍛冶職人であっても「こんな剣が叩けるか」と怒り出すこと必定の、合理性の欠片もないデザインだ。
その氷の魔剣は、刃が樹氷のように広がって、ウンディーネの身体に食い込んでしまっている。
正直、このまま力任せに引き抜くのに抵抗がある刺さり方なんだが、
「私に、肉体は、ない……。ただ、水の、マナが、凍って……」
引っかかってるのは形状のせいじゃないってことか。
と、そこで俺は思いつく。
力づくで引き抜こうとしていたが、そんなことをしなくても魔剣をこの場から「なくす」方法がひとつある。
それは、
「この魔剣を持ち物リストに『しまう』!」
手に触れたアイテムは持ち物リストにしまうことができる。
他者が装備中のアイテムなんかは例外だが、それ以外のものは、「アイテム」と認識されるものでありさえすれば、すべて収納の対象だ。
さっき「鑑定」して、この剣が「凍蝕の魔剣シャフロゥヅ」という
だが、俺の宣言に対して、何事も起こらない。
まさか、魔剣には収納のための何か特殊な条件が……?
いや、
「しまった、持ち物リストがいっぱいだった!」
俺は持ち物リストを慌てて開く。
Item―――――
初級ポーション 97
毒消し草 91
爆裂石 -2327
ゾンビパウダー -4
錬金されたアイテム「ソンビポーション」 2
ゾンビボム 14
エクスキューショナーソード 0
エクスキューショナーソード(改) 1
宿業の腕輪 -1
火炎草 -46
アサルトリキッド 1
魔獣闘技場:ランクCモンスター召喚チケット -124
魔獣闘技場:ランクAモンスター召喚チケット 0
炸雷弾 0
ぼんやりボム 1
煙玉 -21
―――――
途中で拾った謎アイテムとその錬金成果物に圧迫されて、俺の持ち物リストはパンパンだ。
あまりに枠がないので、ランクBの召喚チケットは捨ててしまった。ランクCのチケットがあればすぐに錬金できるからな。
残りのアイテムの中で捨てるとすれば、
「火炎草を捨てる!」
必要ならゼルバニア火山で拾い直せばいいからな。
毒消し草も大抵の街で購入できるが、毒を受けた時に持っていませんでしたでは困るのだ。
普通ならアイテムを捨てるとそのアイテムが地面に転がるものなんだが、マイナス個数のアイテムは「捨てる」を選んでも捨てたアイテムが転がらない。
そうして持ち物リストに(空き)を作った俺は、
「凍蝕の魔剣シャフロゥヅを『しまう』!」
両手で握りしめた氷の魔剣がいきなり消えた。
持ち物リストを確認すると、いちばん下の欄に「凍蝕の魔剣シャフロゥヅ 1」の文字。
「ウンディーネ!」
「ありがとう、ゼオン。助かった」
ウンディーネの胸に穿たれた傷跡がみるみるうちに塞がっていく。
凍りついていた部分がパキパキと剥がれ、宙に氷の欠片が散らばった。
「こうなったらこっちのもの。溢れ出した水のマナを『水時計』にしまう。ゼオン、この氷をどかしてくれると助かる」
ウンディーネはちらりと天井側を見て言った。
「いいぜ。……『イグニスムールス』!」
炎の防壁――というよりは、炎の尖塔のようなものを生み出し、氷窟の上側の氷をあらかた溶かす。
空を塞ぐものがなくなったことで、俺は例の水の竜巻を真下から見上げる格好になった。
ウンディーネが水の竜巻に向かって両腕を掲げる。
が、その時、
『グオオオッ!?』
俺の視界を横切って、ガルナが斜め後ろに飛ばされていく。
体勢を立て直そうとするガルナだが、あまりにも勢いが強すぎた。
ガルナは湖面を何度かバウンドしてから湖水に沈む。
「ガルナ!」
『グホッ……ゼオン、どうやら召喚が切れるようだ……』
「ぶ、無事なのか?」
『私のことならば心配はいらぬ。元の場所に戻されるだけのようだからな。役に立てなくてすまぬな』
「十分だ。子どものそばにいてやってくれ」
『ふっ、これ程の窮地にあってその余裕か。生き延びろよ、ゼオン』
その言葉の直後に、ずっと感じていたガルナの気配が消えてしまう。
チケットによる召喚が切れたのだ。
時間切れか、ダメージのせいかはわからないな。
だが、俺にはガルナとの別れを惜しんでる余裕はない。
ガルナを吹き飛ばした当の相手――七霊獣キマイラ・スルベロが、俺にターゲットを変えたのだから。
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