94 対スルベロ・ウンディーネ救出
リコリスの刺突はとんでもなく鋭かった。
「くっ……」
俺は剣の腹で受け流すのが精一杯だ。
さっきリコリスは「上級剣術」持ちだと言ってたか。
Bランク勇者「古豪」のベルナルドほどではないが、十分達人の域に入る剣技の冴えだ。
俺の立つ小さな足場に強引に踏み込んだリコリスは、ほとんど密着した状態から身体をひねって器用に刺突を放ってくる。
「おっと!」
俺は氷の足場からの押し返す力を利用して隣の氷の上に跳ぶ。
水が俺を避けるのに対し、氷は俺を弾くらしいな。
水は分散して逃げることができるが、氷は固まってるために逃げることができないんだろう。
その結果、俺に足場にされた氷は俺から逃げようと水中方向に沈みかけ、その反動で水面に強く浮かび上がる。それが全体としては上にいる俺を弾き飛ばすような動きになるんじゃないか。
小さい時、風呂で湯の中に桶を逆さまに沈めて浮かび上がるのを見て楽しんだが、それと似たような現象だな。
そんな氷の反応を予期してた俺は、その反動を利用して隣の足場へとジャンプした。
一方、その動きを予想してなかったリコリスは、バランスを崩しながら別の足場に着地した。
大きくバランスを崩したリコリスに、俺は「炸雷弾」を「投擲」する。
「くっ!?」
俺の投げたアイテムを見て取ったリコリスは、剣ではなく革のコートでそれを弾く。
湖に落ちた「炸雷弾」が広範囲に電撃を撒き散らす。
そのいくらかはリコリスにも届いたらしい。リコリスは一瞬硬直し、落としそうになったレイピアを身体で挟んでキャッチする。
そのあいだに、俺は近くの足場という足場に「煙玉」を投げつける。
「姑息な……!」
リコリスの抗議は無視だ、無視。
リコリスが次の足場を見つけられないでいるうちに、俺は目をつけていた次の足場へと跳躍する。
煙の中での着地に不安はあったが、なんとか氷の塊にしがみつくことができた。
「煙玉」を投げつけたのは、リコリスの周囲にあるいくつかの足場だ。
その外側――ウンディーネの閉じ込められてる氷山の側は空いている。
俺は滑る足場と戦いながら、どうにかウンディーネ側へと氷塊の群れを渡っていく。
そこで、背後から「殺気察知」。
「待ちなさい!」
煙を裂いて飛び出してきたリコリスが、煙のない氷塊に着地する――やいなや、その氷塊を蹴って、次の氷塊へ。その氷塊も蹴って大きく跳ぶと、レイピアの切っ先を俺に向け、逆さまになって斜め上方から迫ってくる。驚異的な身体能力だ。
アイテムの投擲も、剣での迎撃も間に合わない。
そこで俺は、とあるアイテムを足元に落とした。
足元に落としたそのアイテムは――「焼夷弾」だ。
足で踏んで衝撃を与えると、「焼夷弾」から紅蓮の炎が噴き出した。
俺のいる氷の上は、一瞬にして灼熱地獄と化していた。
「なんですって!?」
リコリスは叫ぶが、その姿勢からではもう俺に突っ込むしかない。
動揺で鈍った剣先を、俺はロングソードで受け止めた。
もちろん、俺もリコリスも、足元の焼夷弾が生み出す灼熱に身体を包まれ、嫌というほど炙られる。
「ぐうううっ!」
リコリスが叫び、すぐ近くの湖へと身を投げだした。
「ぷはっ、自分もろとも焼くだなんて、何を考えて……、――なっ!?」
リコリスが言いさしの言葉を途切れさせて息を呑む。
焼夷弾の炎が消えた後に残された俺は、火傷一つ負ってない。
スキル「炎熱耐性」のおかげだな。
その種明かしをリコリスにしてやる必要はない。
俺は「炸雷弾」を湖面に落ちたリコリスの近くに投げつける。
「きゃあああっ!」
雷を浴びたリコリスが悲鳴を上げる。
レベルからして、死ぬほどのダメージはないはずだ。
ただ、状態異常の「感電」にはかかってる。
「感電」がかかったままで水中にいたら溺れかねないが、さいわいリコリスは顔を上にして水上に浮かんでいた。もしうつ伏せの状態だったら今すぐ救助が必要だったろう。
俺は踵を返し、かなり小さくなった氷の上から、別の氷へと飛び移る。
……さっきからさりげなくやってるように見るかもしれないが、滑る氷から氷へと飛び移るのは毎回命懸けなんだよな。
目的地に近づくほどに大きな氷の塊が増えてきた。
最後は氷山のような塊に取り付いた。
この氷山の奥に、剣で胸を貫かれたウンディーネがいるはずだ。
『ぐぅっ! 長くはもたぬぞ、ゼオン!』
ガルナから苦しげな声が伝わってくる。
ちらりと見れば、ガルナはスルベロ相手に不利な戦いを強いられていた。
「全属性吸収」のスルベロにファイアブレスは効かず、物理攻撃は「物理反射」で返される。
スルベロの落雷、雹雨、岩石、火球などをかわしながら、ファイアブレスで注意を惹く。
ファイアブレスはスルベロを回復するだけなんだが、スルベロはそれでも「攻撃された」と感じるらしい。
そのスルベロを前に立てながら、要所要所でリコリナが「遠隔斬撃」でガルナを狙う。
たしかにこれは長くはもたないな。
俺の目の前にある氷山に目を凝らすと、透明な氷の奥に氷山と同系色の幼女が見える。
流水のような髪と、アクアマリンの瞳、水のように透き通った肌。
作り物じみた美しさを誇る少女だが、人間にはあるべきディテールの一部がない。たとえば、胸とか性器とか。べつにセクハラがしたくて見たんじゃない。全裸なんだからしょうがないだろ。
ともあれ、とても人間とは思えない美しい幼女がそこにいる。
一糸まとわぬ姿なのに――いや、だからこそ、彼女の放つ侵し難い存在感が際立つのだ。その存在感を前に、いやらしい思いを抱くのは難しい。
そんな超常の幼女の胸には、禍々しい青い剣が突き刺さっている。
氷をイメージしてデザインしたのだろう、握るものをも傷つけそうな刺々しい形の剣である。
それこそ、伝承に出てくる魔剣のような――。
『抜い、て。ゼオン、お願、い』
そうしてやりたいのはやまやまだが、まずはこの氷をなんとかしないと。
この氷は、レミィいわく純度の高い魔力の氷だという。
水の精霊に嫌われ抜いた俺が触れるだけでも、氷が嫌そうに振動し、じんわりと溶けていく。
だが、自然に解けるのを待ってる余裕はない。
俺は魔氷に両手を当てて、
「イグニスムールス!」
炎の防壁を生み出す魔法を発動した。
水の属性値の反転魔法ほどではないが、俺は火の属性値も+9。+9は一般的には上限とされる値で、古代からのスラングでは「カンスト」と呼ばれる状態だ。
要するに、火属性の魔法の威力も(常識の範囲内で)かなり強い。
俺が氷の中に直接生み出した炎の壁が、魔氷をあっという間に溶かしていく。
だが、全部は溶かさない。全部を溶かすと氷山が崩壊し、再び上からの水流が落ちてきて、古代語で言う「元の木阿弥」になるからな。
俺は氷山にトンネルを掘るように炎の壁を生み出していく。
生み出す炎の壁の形状は、属性値に応じて変化が効くようになっていくらしい。
わりとすぐに+9になった俺は変化が効くようになっていく途中形を知らないんだが、最終形の「イグニスムールス」の融通無礙さはわかってる。
トンネルをウンディーネの直前まで掘ったところで、俺は「イグニスムールス」を解除した。
残りの氷に、俺の両手を押し当てる。
俺を嫌う水の精霊が暴れ出し、水の精霊で構成された魔氷がみるみるうちに分解されていく。
奥にいるウンディーネを傷つけないよう、遺跡から発掘品を掘り出すときのような繊細さで、俺は氷を取り除き――
「来て、くれた」
ウンディーネは苦しげな表情のまま、俺に向かって淡い笑みを浮かべてくれた。
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