92 対スルベロ・弱点

「お姉ちゃん!? この……っ!」


 リコリナが悲鳴を上げるとともにガルナに向かって剣を振るう。

 ガルナの体表に火花が散った。

 ファイアドレイクの体表を覆う竜鱗がリコリナの「遠隔斬撃」を弾いたのだ。


 ブレスの炎が収まった。

 その中から現れたのは、煤けた姿のリコリスだ。

 ドラゴンのブレスが直撃したにしてはダメージは小さそうだな。


『くっ、水の精霊力が邪魔をする』


 ガルナの言葉で、俺は事態を把握した。

 今この場所は、過剰に発生した水の精霊力で溢れている。

 その水の精霊力がガルナのブレスの威力を削いでしまったらしい。


 ……そう考えると、この場所自体がガルナにとっては相当不利ってことにならないか?

 ガルナはファイアドレイクで、攻撃手段は火属性に偏ってるだろうからな。


 俺は「煙玉」で煙幕を張り、その中にCランクチケットで囮となるモンスターを召喚する。

 煙幕の範囲は、リコリスたちに気づかれないよう、じわじわと特定の方向にずらしている。


 俺が目指しているものは何かって?


 それをわかってもらうには、この場所がどんな場所かを改めて考える必要がある。


 俺たちの正面奥には、文字通り天を衝く、巨大な水の竜巻がある。

 ゆっくりと回りながら落ちていくその水の竜巻は、まるで硝子細工の水時計だ。


 ただ、その根本の部分だけが異様だ。

 空を覆う暗雲から垂れ込める漏斗の先――湖面と接触する付近が凍りついている。

 氷になってる範囲は、ガルナの体高の数倍ほどにもなるだろう。


 この場所がどんな場所かは推測の域を出ないが、あの氷が本来あるべきものじゃないことは確実だ。


 素直に見た感じで考えるなら、天から流れ落ちてくる膨大な量の水の精霊力が、根本の凍結部分に流れを阻まれ、霧となって周囲に広がってしまっている――そんなふうに見える光景だ。


 しかも、だ。

 俺の見たところ、溢れ出した水の精霊力の多くが、スルベロへと吸収されている。

 スルベロのステータスには、エクストラスキルとして「精霊吸収」なるものが入っていた。

 スルベロはこの場所に溢れる水の精霊力を吸収することで、なんらかのパワーを引き出してるのではないか?


 そもそも、なぜリコリス・リコリナ姉妹は、これまでスルベロを暴れさせてこなかったのか?

 彼女らの目的がこの森からの人間の排除にあるのなら、俺の到着など待たずにさっさと計画を実行に移せばよかったはずだ。


 おそらくは、その答えがあれなのだ。

 七つの霊獣を合成したキマイラであるスルベロは、その存在を維持するだけで膨大な力を消耗するんだろう。

 だからスルベロは、その力をあの天からの漏斗から溢れ出した水の精霊力を吸収することで補っているのだ。


 つまり、スルベロの行動範囲は、水の精霊力がある程度濃い領域に限られるということだ。

 そう考えれば、リコリスたちが水の精霊力の氾濫を待っていたことにも納得がいく。

 森全体が氾濫した水の精霊力が覆われた時になって初めて、スルベロを大森林で暴れさせることができるんだからな。


 逆に言えば、スルベロの弱点は――


「ガルナ! あの氷にファイアブレスを!」


『了解だ!』


「させない!」


 俺の言葉に湖へと向き直ったガルナ。

 そのガルナに対し、「遠隔斬撃」を放つリコリナ。

 ガルナは頭の位置をずらすことで「遠隔斬撃」を角で受けた。

 最初は傷跡を狙われてダメージを受けたガルナだが、今ではリコリナの呼吸を見切って、ダメージを受けない場所で斬撃を受けることに成功している。


 俺はリコリナに向かって「爆裂石」を「投擲」。


「きゃあっ!」


 リコリナは剣で「爆裂石」を弾くが、その瞬間に「爆裂石」が爆発した。


「この――!」


 俺が一瞬前にいた場所を、「時間差刺突」が貫いた。

 新スキル「殺気察知」のおかげ――ではない。

 「爆裂石」を投げれば居場所がバレることを利用して、「投擲」と同時にその場から離脱していたのだ。


 俺は「デシケートアロー」の詠唱を再開する。

 スルベロの知能はやはり低い。

 俺の意図を察してすぐに動いたガルナ、リコリス、リコリナに対し、スルベロは攻撃に転じることもなくぼんやりしていた。

 おそらくは明確な命令がないと動けないんだろう。


 DEXが99もあるから突進されただけでも脅威なんだけどな。


 スルベロは、亀の甲羅らしき部分で溢れ出す水の精霊力を吸収しながら、ただ宙に浮いてるだけだ。

 スルベロには鷲や鷹のものらしい前脚と狼や獅子のものらしい後ろ脚があるんだが、宙をかくばかりで有効に機能してる様子がない。


 身体構造に無理があると、DEXがいくら高くても発揮しようがないってことか。


 そもそも、あいつはどうやって空を飛んでるんだ?

 スルベロの身体からは二対四翼の羽が生えてはいるが、あの巨体を宙に浮かべるのに十分な力はなさそうに見える。


 そのことは、ガルナと比べればよくわかる。

 ガルナはその大きな翼で力強く風を掴み、自在に飛行の軌道を変えている。

 以前見た「天駆ける翼」の飛竜なんかも同じだな。


 スルベロの翼はそうではない。

 DEXの高さゆえか、高速で羽ばたいてはいるんだが、その羽ばたきが身体を持ち上げる力になってるようには見えないのだ。


 おそらく、溢れ出す水の精霊力を吸収して得た力で、無理矢理宙に浮いてるんだろう。

 本来の脚が機能しない以上、スルベロはそんな効率の悪い方法でしか移動することができないのだ。


 たぶんだが、「頭」についても同じなんじゃないか。

 スルベロにはいくつもの立派な霊獣の頭がついてはいる。

 だが、その目に理性の光はない。

 ぼんやりと憎悪のみを宿した虚ろな目に、俺の姿が映ってるのかどうか。

 キマイラとして合成されたときに霊獣たちの自我が壊れてしまったのか。それとも、複数の頭があることで自我をひとつにまとめられず、知能を働かせることができないのか。


 ガルナのブレスが、湖上の氷へと激突した。

 直撃した箇所は蒸発し、周囲には衝撃でヒビが走る。

 そのヒビが、上からの圧力によって拡がり、ずれていく。

 氷はいくつもの塊に砕かれ、弾け、湖面へと墜落する。


 宙に浮かぶスルベロの身体が、がくんと急激にかしぐのがわかった。

 

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