88 作戦会議
「魔獣闘技場:ランクAモンスター召喚チケット」によって呼び出されたファイアドレイクが、振り返って俺をぎろりと睨む。
細められた目が見開かれるのがわかった。
振り返ったファイアドレイクの眉間には、真新しい一条の傷跡がある。
「まさか……ゼルバニア火山のファイアドレイクか?」
ネルフェリアへ来る途中に経由したゼルバニア火山で、俺は一体のファイアドレイクと遭遇した。
アカリの奴が考えもなしに――あるいは考えがあって――盗んだファイアドレイクの卵。
それを取り返そうと追ってきたファイアドレイクを、俺はエクスキューショナーソードをぶん投げて撃退した。
その後、俺はアカリと交渉して、ファイアドレイクに卵を返させた。
チケットで召喚された瞬間はファイアドレイクの別の個体だと思ったんだけどな。
眉間に真新しい傷があるファイアドレイクは、世界中を探してもそう滅多にはいないだろう。
ひょっとしたら、と俺は思う。
チケットによる召喚は、チケットが使われた地点の近くにいるモンスターの中から、条件の合致したものが選ばれるのではないか?
だとすれば、現在地点から比較的近いゼルバニア火山に棲むこいつが召喚されたのにも納得がいく。
『グルルル……!(おまえはあの時の人間か!)』
ファイアドレイクの唸り声とともに、俺の脳裏になぜかその意味が伝わってくる。
「しゃべってる……わけじゃないな。ファイアドレイクの言いたいことが伝わってくるのか」
おそらくは、チケットによってモンスターを召喚した効果なのだろう。
「でも、思考能力のないモンスターの『思考』が伝わってくることはないはずだよな。ってことは、人間に聞き取れないだけでドラゴンは独自の言語を持ってるってことなのか?」
『ガルルル!(然り。思い上がるなよ、人間!)』
「あの卵は無事だったか?」
『グルル、グルルル(無事に孵った。おまえに礼を言うべきか?)』
「……俺が卵を返させたことを知ってたのか?」
『ガルル、ガル(おまえらの小細工程度、見抜けぬと思ったか)』
さっきから、唸り声と比べて人間の言葉の翻訳が長いよな。
俺からは同じように聞こえる唸り声だが、おそらく毎回発音が違うんだろう。
人間の言葉と比べて短い音節でより複雑な内容を伝えられるってことか。
もし人間が覚えられるなら便利そうな言語だよな。
いつまでも音と併記してもわかりづらいから、伝わってくる意味だけを拾うことにしよう。
『借りは返す。こいつを倒せばよいのだな!』
と鼻息荒くファイアドレイクが唸る。
「借りなんて思う必要はないぜ。元はと言えばアカリが悪いんだし」
だが、力を貸してもらう必要はある。
「すまないけど、力を貸してくれ。あいつらを放置すると大変なことになりそうなんだ」
『そんなことは見ればわかる……』
さすがのファイアドレイクも、あのキマイラを見て思うことがあるようだ。
『確実に勝てるとは請け合えぬ相手だな。だが、私も誇り高きドラゴンの端くれ。世界に仇なす存在を看過するわけにはいかぬ。場合によっては刺し違えてでも――』
「ああ、待ってくれ」
なにやら盛り上がってるところ悪いんだが、俺が頼みたいのはそうじゃない。
「あのデカブツ――七霊獣キマイラは俺がやる。おまえに頼みたいのは、人間のほうの相手だ」
俺の言葉に、ファイアドレイクが俺を二度見した。
『……今、なんと言った?』
「スルベロは俺の担当だ。おまえにはリコリスとリコリナの相手をしてほしいんだ」
俺がキマイラをやるから、おまえは露払いに徹してくれ――そう言わんばかりの俺のセリフに、
『狂ったか、人間。あれは人の勝てるような相手ではないぞ』
「そうかもしれないが、おまえなら勝てるってわけでもないだろ。それとも、『全属性吸収』と『物理反射』のスキル持ち相手に食い下がれる見込みがありそうか?」
『なっ……!? 『全属性吸収』に『物理反射』だと!? そんな組み合わせは反則ではないか!』
だよな。俺もそう思う。
なんでこんなことになったのかといえば、おそらく、七柱もの霊獣が合成されたせいだろう。
霊獣というからには、それぞれが強力なスキルや能力値を持っていたに違いない。
たとえば、とある霊獣は火属性を吸収するスキルを持ち、高いSTRを持っていた。他の霊獣は、水属性を吸収するスキルとともに、高いINTを持っていた。以下同様にして、七柱の霊獣がそれぞれに尖ったスキルと能力値を持っていたとする。
その尖ったスキルと能力値が合成された結果が、スキル「全属性吸収」「物理反射」の反則的な併せ持ちと、上限に達した各能力値・属性値だ。能力値の中でもINTはスキル「超越(INT)」によって99の上限を超えて255もの驚異的な値に到達している。
たぶんなんだが、元となる霊獣には相応に弱点もあったんじゃないか?
火属性を吸収するスキルを持った霊獣は、おそらく水属性には弱かった。
STRが高い霊獣は、HPなりPHYなりが低くて打たれ弱かった。
そういった弱点が合成によって解消され、尖った強みだけが残され統合されて、さっき見せられたスルベロの異常なステータスになったのではないか。
「炎のブレスは吸収されるし、物理攻撃に至っては反射して自分に返ってくる。おまえが弱いなんて言うつもりないが、いくらなんでも相性が悪すぎる」
『そ、それはそうだが……。では、おまえにはあいつを倒せる手段があると言うのか?』
「試してみたいことはいくつかある。協力を頼むこともあるかもしれないが、まずはリコリスたちに横槍を入れられないようにしたいんだ」
『ふむ……。よかろう。いずれにせよ今の私はおまえに召喚された身だ。おまえの指示には従うさ』
「まずは一撃だけ、スルベロに攻撃を入れてくれ。俺がその後を引き継いだら、そっちは転進してリコリスたちを頼む。……できれば殺さないでくれ」
『難しいことを言うな。殺されかけているというのに相手の命は奪わぬと言うのか?』
「自己満足だとは思うけどな。いくら冒険者が自由な存在だからって、なんでもやり放題じゃいけないだろ。自由だからこそ、自分で納得できる生き方をしたいんだよ」
リコリスとリコリナには、ちゃんとした裁きを受けさせる。
その過程で、人間たちの入植に問題がなかったかを関係者たちに考えさせる。
もちろん、ゲオルグ枢機卿の抱える
さいわいにして、ネルフェリアは領主権力が強くない。良くも悪くも、領主が情報を丸抱えにできないのだ。裁判はギルドや教会、他の都市や国をも巻き込んで、大きな議論を呼ぶだろう。
俺の独断だけで二人を裁いて終わりにはしたくない。
『おまえに危険が及ばぬ限りは、配慮しよう。その甘さに我が子も救われたのだからな。……私の卵を盗んだあの人間を見つけたら、八つ裂きにしてやりたいところだが』
アカリとこいつは顔を合わせないほうがよさそうだな。
アカリはアカリで、冒険者として間違った判断をしたとまでは言い切れない。
ただ、ドラゴンにこれだけ高度な知性があるのだとすると、モンスターという存在そのものについても考え直す必要がありそうだ。
「ところで、おまえ、名前とかあるか?」
『ガルル、グルル(――という名があるが、人間には発音できぬ。好きに呼べ)』
「じゃあ、ガルナと呼ばせてもらうよ。俺はゼオンだ」
ドラゴンの流儀に従って、短く呼びやすい名前で。
かつ、あの卵の母親であることから、女性風の名前にさせてもらう。
『よかろう、ゼオン。私に一太刀を浴びせたおまえの力を見せてみろ』
安直なネーミングかとも思ったが、どうやら気に入ってくれたみたいだな。
「――作戦会議は終わりましたか?」
割り込んできたリコリスの冷ややかな声に、俺とガルナはうなずきあう。
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