87 目的と目的

「天使の霊……?」


 の天使は、困難な任務への献身の対価として、自分の人格を「天使の霊」とやらで書き換える――それがリコリスの説明だ。

 部外者からすると、何がなんだかわからないな。


「天使っては、あれか? 教会の教義で、悪魔と対の存在になるとかいう」


 ハズレギフトを引いた俺は悪魔の使いらしいからな。

 それと対極の存在が天使なのか?と思ったのだが、


「天使などというのは枢機卿の言い出したまやかしです。私はその正体を知っています。天使の霊とは、保存アーカイブされた古代人の人格情報のことです」


「古代人の人格情報だって!?」


「この世界が古代人の創った架空の世界だという説はご存知ですか?」


「架空世界仮説のことだろう」


 世間的にはオカルト扱いされることの多い学説だが、俺は以前魔族の口からそれを裏付ける話が出るのを聞いたことがある。


「では、この世界を創り出した古代人は、いったいどこへ行ってしまったのでしょう?」


「……まさか、人格が情報としてどこかに保存されている、と?」


「ええ、そうらしいです。らしい、というのは、私の立場ではそれ以上のことは調べようがなかったからですが」


「教会の上層部が握ってる機密ってことか?」


「さあ、どうでしょうか。ともあれ、の天使は最終的には本物の天使になるわけです。自分の人格を上書きされ、古代人に自らの身体と魂の器を明け渡すことで」


「……なんでそれが報酬になるんだ? 自我を失うってことじゃないのか?」


の天使に選ばれる子たちは、それはもう悲惨な人生を送っているんです。恵まれた生まれのあなたには想像もできないような恐怖、汚辱、憤怒、絶望……そして諦念。彼ら彼女らは、自ら命を絶ちたくてしかたがありません。しかし、教会は自殺を決して認めない。自殺すれば悲惨な人生よりもさらに悲惨な地獄や煉獄での暮らしが待ってると脅します。ただし、それを回避する『終わらせ方』がひとつだけだる。それが……」


「古代人の人格を上書きして、自分の人格を消し去ること……か」


 リコリスがしゃべるあいだ、リコリナは油断なく剣を構え、俺のことを警戒している。

 だが、俺が警戒すべきは、この二人以上に、その背後にいるキメラだろう。


 会話に落ちた沈黙を利用して、俺はキメラに「看破」を使う。



Status――――――――――

スルベロ

七霊獣キマイラ

LV 294/300

HP 14500/14500

MP 12298/12298

STR 99

PHY 99

INT 255

MND 99

DEX 99

LCK 99

EX-SKILL 精霊吸収

SKILL 全属性吸収 物理反射 超越(INT)

EQUIPMENT (なし)

ELEMENT 火+9 土+9 水+9 風+9 光+9 闇+9 雷+9

―――――――――――――



 ステータスを見て、俺の顔が引き攣った。


「『看破』ですか? ゼオンさんが『看破』をお持ちなのはわかっています。私も『看破』が使えますので」


 とリコリス。


「俺のステータスは最初からお見通しか」


「驚くべきステータスです。私とリコリナであっても、確実に殺せるとは言えないと思いました。でも、さすがにこの子には勝てませんよね?」


「なんなんだよ、この化け物は」


 巌のような亀の甲羅から、猿や獅子、狼といった霊獣らしきものたちの首や手足が突き出た様子は、はっきりいって生命への冒涜だ。


「化け物、とは失礼ですね。この子は、もとはこの森を守っていた霊獣たちです。七つの獣人種族の祖神おやがみが子孫のために残した守護霊獣――」


「迷いの森の正規ルートを伝承してると言われてる獣人たちの守護霊獣か。だが、この状態は……」


「守護すべき種族を失った霊獣たちは、そのままでは力を失い消え去ってしまうところでした。そこで、七種族のシャーマンたちが集まり、七つの霊獣を一つに合成しようとしたのです」


「……なんのために?」


「もちろん、復讐のためですよ。神聖なる森を荒らした人間たちを滅ぼすための最終兵器――究極最強の霊獣として、このスルベロが造られたんです!」


「……なるほどな。リコリスさんとリコリナさんは、この森に元々住んでいた獣人たちの末裔なのか」


 迷いの森の正解ルートを知ってたのは、七種族のシャーマンたちから聞いたから。

 スルベロを従えているのも、二人に獣人の血が流れているからか。

 二人とも外見上は人間にしか見えないんだが、血が遠くて特徴が目立たないか、髪や服で隠した場所に獣人らしい特徴があるかだろう。


 七つの種族に分かたれて言い伝えられていた迷いの森のルート情報は、皮肉にも七つの種族が滅びる時になって初めてひとつになり、完璧な情報になったということか。

 リコリス・リコリナは誰もたどり着けないこの場所にキマイラ――スルベロを隠していたのだ。


 俺はリコリナに目を向ける。

 もちろん「看破」だ。


 七霊獣キマイラほど特徴のあるステータスじゃない。

 レベルは18/22。

 ギフト持ちで、ギフトの名前は「遠隔斬撃」。

 所持スキルから察するに、剣士とシーフの中間――軽戦士的なスタイルのようだ。


 さっきキマイラほどの特徴はないと言ったが、特徴はなくても優秀なのは間違いない。攻撃系ギフト持ちのレベル18は、冒険者ならAランク以上の実力だ。国から士官の誘いがあってもおかしくない。


 ギフトの詳細は見られないが、名称から効果を想像することはできる。斬撃を「飛ばす」ことができるか、離れた場所を「斬る」ことができるかのいずれかだろう。語感からすると、どっちかといえば後者のような気がするが。

 ギフト抜きで考えても、リコリナは「中級剣術」のスキル持ちだ。剣での切り合いになったら初級の俺では太刀打ちできない。


 リコリスにも「看破」を向けてみるが……弾かれた。

 リコリスの胸元には、ギルドでも見かけた例の髑髏のペンダント。

 「睨み封じのペンデュラム」と言ってたか。

 睨む――つまり、「看破」のようなスキルを弾くアクセサリなんだろう。


 リコリナと一緒に活動してたなら、レベルは同程度と見るべきか。

 ただ、ギフトがわからない。

 装備アイテムはリコリナと同じような感じだから、リコリスもやはり身軽さ重視の軽戦士タイプだろう。リコリナ同様「中級剣術」を持ってると思ったほうがよさそうだ。


 剣のタイプは二人で違って、リコリナは長めのショートソード、リコリスはレイピアを手にしている。


 リコリナに魔法スキルはなかったが、リコリスは隠してる可能性が残ってる。

 ひとつしかない「睨み封じのペンデュラム」を装備してるのはリコリスだ。

 リコリスは俺の「看破」から隠したい何かをステータスの中に持ってるんじゃないか?

 それがギフトなのか、魔法スキルなのか、それ以外のレアなスキルなのかはわからないけどな。


 リコリナはMNDがやや低めだから、俺の魔法は有効だろう。

 リコリスも今のスタイルでレベルを上げてきたとすれば、MNDはあまり高くないはずだ。


 だが、素直に詠唱させてくれるかどうか。

 二人がかりで斬りかかって来られたら、詠唱できないどころかそのまま斬り倒されてしまいかねない。

 リコリナの「遠隔斬撃」で畳み掛けられるおそれもある。リコリスが隠してるらしい何らかの伏せ札も――。


 後ろのキマイラがどうしても目立つが、リコリス・リコリナ姉妹だけでも十分以上に難敵だ。

 これは、俺の力だけではどうしようもなさそうだな。


「口ぶりからすると、リコリスたちは古代人に意識を上書きされることを望んでないってことか?」


「死にたいような目に遭わされても、私たち姉妹は支え合ってやってきました。私たちの生きるよすがとなっていたのは、この身に引く獣人たちの守護者の血です」


 支え合ってやってきた、か。

 どこかの双子の兄弟とは違うらしい。


「それなのに教会には協力するのか?」


「利害が一致している限りは」


「利害っていうのは……」


「もちろん、森から人間どもを追い出すことです」


「教会は人間を完全に追い出すつもりはないだろう。マッチポンプで街の問題を解決して、自分たちへの信仰を広めたいだけだ」


「わかっていますよ。ですが、水の精霊力の氾濫だけならともかく、このスルベロが森から出て暴れ出したら?」


「……なるほど。枢機卿の狂言を利用して、自分たちの目的を果たそうってわけか」


 の天使として過酷な教育――あるいは虐待を受けてきただろうに、二人はしたたかにも自分たちの目的に教会のもくろみを利用するつもりらしい。


 さすがに、二人がここまで考えてるとは思ってもみなかった。

 二人がの天使である可能性は、事態は俺の予想よりも悪かったらしい。

 実際、このめちゃくちゃなステータスを持つ七霊獣キマイラが街で暴れたら、止められるものはいないだろう。


「答え合わせは済みましたか?」


「だいたいは、な」


 俺は持ち物リストからとあるアイテムを取り出した。



Item―――――

魔獣闘技場:ランクAモンスター召喚チケット

魔獣闘技場で用いられるモンスター召喚用チケット。使用すると召喚したモンスターを使役することができる。

一度に召喚できるモンスターは一体まで。

―――――――



 ランクCのチケットは普通の厚紙、ランクBのチケットは金箔、ランクAのチケットは虹色に輝く謎の紙だ。


 俺はその虹色の紙を宙へと投げた。


 刹那、紙から虹色の光が溢れたかと思うと、俺の目の前が暗くなる。


 いや、暗くなったんじゃない。


 あまりにもデカいものが現れたもんで、視界が完全に塞がれたんだ。


 そこに現れたものは、よく見れば黒ではなく赤だった。


 全身が炎の形の鱗に覆われた、飛竜を何回りも大きく、どっしりさせたようなモンスター。


 モンスターの向こうから、リコリス・リコリナの息を呑む気配がした。


 何が出てくるかと思ったが、まさかこいつとはな。


 俺は一度だけ見たことのあるそのモンスターの名前を口にした。


「ファイアドレイク!」

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