83 最奥で待つものは

「予想してる事態はある。元は2パターン想定してたんだが、これまでの検証で1パターンに絞ることができた。あとは、霧の真因と新生教会の関わりがどういったものか、くらいだな」


「ちょちょちょっ、待ってくださいよぉ、マスター! どうしていきなりそんな話になるんですかぁ?」


「ああ、飛ばしすぎたか」


 俺はこれまでの思考の整理を兼ねて、レミィに説明する。


「俺が解決すべき問題は二つある。ひとつは、の天使。新生教会が差し向けた暗殺者の凶手を逃れ、なんとかして捕縛、ないしは排除したい」


「コレットとアカリが言ってたやつですねぇ~」


「もうひとつは、ネルフェリア大森林を覆うこの霧の真因の究明だ」


「掴みどころのない話ですよねぇ~。正直、無茶振りだと思うんですけど」


「まあな。でも、俺にはヒントがある」


「えっ、そんなのありましたっけ?」


「俺が宿で殺されかけた時に現れた、謎の幼女だよ」


「ああ、そんな話をしてましたねぇ」


 レミィの反応がいまいちなのは、例の幼女を俺しか目撃してないからだな。


「ちょうど霧が濃くなった朝に現れて、俺に助けを求め、その後、霧に紛れるようにして消えていった。髪から瞳から肌に至るまで透き通った水色の幼女。どう考えても超常の存在だ」


「妖精にしてはおっきすぎるって話でしたね~」


「伝承の中からそれに該当する存在を探すとすれば……おそらく、彼女は水の大精霊ウンディーネか、それに近い力を持つ、水の高位精霊だろう」


「ああ~。なるほどぉ。でも、私も高位精霊に会ったことなんて一度もないですぅ」


「そもそも実在を疑われてるくらいだからな。ただ、あの時の状況を考えると、そうとしか思えない」


 妖精、魔族と立て続けに伝説の存在に出会ってきてるからな。

 今なら大精霊が実在すると言われてもわりとすんなり受け入れられる。

 逆に、あれが大精霊でなかったとすると、どうやって霧に紛れて消え去るなんて現象を起こせたのか。

 あの幼女は何らかの攻撃で致命傷を負った(ように見えた)俺を助けようとしてくれてた節があるから、魔族だったとは考えにくい。


 ただ、彼女(?)は彼女で、なんらかの問題を抱えているようだった。


「その水の高位精霊が、マスターに助けを求めてきた……? たたた、大変なことじゃないですかぁー!」


「やっぱりそうなのか?」


「水の高位精霊は、この世界の水の精霊の循環を司る存在ですぅ。そんな存在が『もう抑えきれない』と言ったんですよね?」


「ああ。つまり、迷いの森、大森林に広がるこの霧は、なんらかの理由で水の精霊力が過剰発生し、氾濫したものだと推理できる」


「実際、この森の水の精霊さんたちの密度は異常ですからねぇ~」


「問題は、この水精霊の氾濫現象が、自然に発生したものなのか、そうでないのか、だ」


「誰かがわざと起こしたって言うんですかぁ? どうやって……」


「さあ、方法まではわからないな。それこそ魔族ならそんなことを知っててもおかしくないが……」


 今のところ、この件に魔族がからんでるという証拠はない。

 可能性くらいは考えておいてもいいかもしれないが、魔族の関与を疑うだけの材料がない。


「そこで気になるのが、神官兵たちの奇妙な動きだ」


「奇妙な動き、ですかぁ? 何かありましたっけ?」


「神官兵たちは大森林に展開し、冒険者たちを実力で締め出すようなことをやっている。教会が森の奥でなんらかの悪巧みをしてるのを隠しているのかもしれない」


「じゃあ、マスターは、水の精霊の氾濫は、教会の人たちの仕業だって言うんですかぁ? 一体なんのために……」


「さあな。だが、裏で糸を引くはずのゲオルグ枢機卿は野心的な男だ。元々は冒険者中心の辺境の街だったネルフェリアに教会勢力を浸透させ、街の乗っ取りを企てているんだろう。もうじき枢機卿の改選があるらしいから、街一つを自分の支持基盤に変えるメリットは大きいはずだ」


「でも、それだったら、街のために何かいいことをして喜んでもらうとか、そういうことをするんじゃないですかぁ? なんで街に災害を起こそうとするんですぅ?」


「ここからは完全に俺の推測だが、ゲオルグは業を煮やしていたんじゃないか? 街への浸透工作は、半分は成功した。西岸を教会の事実上の勢力圏に置くことができた。しかし、東岸の抵抗は頑強だ。街の住人たちも、以前通りの東岸の統治を支持していて、西岸を逃れて東岸へ移住する住人が多いらしい」


「なるほどぉ~。まあ、急に小難しい掟に従って生活しろ!なんて言われたら、嫌になって逃げちゃうかもしれないですね~」


「……ざっくりすぎるような気はするけど、まあ、間違ってはいない……か」


 レミィはある意味で本質を捉えた理解をしているのだが、現実に起きてている現象はもっと複雑だ。信仰の自由を守りたい人もいれば、教会の押し付けがましさに反発を覚える人もいる。リコリスとリコリナ姉妹のように、信仰の強制によって家族を引き裂かれた人たちもいるだろう。


「焦ったゲオルグは奸計を思いついた。大森林の奥地に眠る『何か』を刺激することで、水の精霊の過剰を起こし、街に未曾有の危機をもたらす。その危機を神官や神官兵たちが矢面に立って解決することで、街の人たちの支持を取り付ける。……いや、もっと直接的なことを考えるか。この問題を神の力で解決してやる代わりにネルフェリアは教会の直轄地になれ――そんな要求をするのかもしれないな」


「うー……難しくてよくわかりませんよぉ。その話と、マスターにはどういう関係があるんですぅ?」


「大有りだ。俺はの天使に命を狙われてる。さらに、俺は迷いの森を踏破してこの霧の真因を究明しようとしている。どちらも難事だが、俺の過去の実績を考えると放置するのは危険だ。つまり――」


の天使がマスターを殺しにくる――それも、誰も見てないこの場所で、ということですかぁ」


「だからこそ、準備が大切なんだ。とはいえ、具体的な能力の見当がつかないからな」


 ついでに言うと、ついさっきまで、俺はの天使の正体についても悩んでいた。

 容疑者は二人――いや、二組。

 そのどちらが敵なのかを確かめるためにも、迷いの森を踏破する必要があった。


「迷いの森のおかげで、の天使の正体はほぼ割れた」


「ええっ!? ど、どうしてそうなるんですぅ? このめんどくさい森を行ったり来たりしてただけじゃないですかぁ!?」


 俺はレミィの言葉に答えず立ち上がり、


「……まあ、嘘を吐いてたからっての天使とは限らないが、裁判をやろうってわけじゃないからな。あいつが怪しいとわかりさえすれば十分だ。今回は紛らわしい奴もいたからな」


 完璧とまでは言えないが、できることはやっただろう。

 視線で促し、レミィとともに森の奥へと歩き出す。


「結局、誰なんですかぁ、の天使っていうのは?」


「それは――見ればわかるさ」


 俺はそう言って、森の奥――淡い光の漏れてくる霧の中へと進んでいく。


 霧を抜けると、そこは広大な湖畔になっていた。


 規則的に割れた岩がタイルのように広がる地面の上に、薄く透明な水が流れている。

 どこまでも続くかに見えるその光景の先――湖の最深部だろうあたりの湖面から上空にかけて、複雑な装飾の施された透明度の高いガラスの漏斗のようなものが伸びている。


 いや――ガラスではない。

 ゆっくり回転しているところを見ると、あれは速度の遅い水の竜巻だ。

 その竜巻のすぼまった底が、湖面近くにまで垂れ込めている。

 が、湖面に近づくほどに、竜巻は輪郭を失い、霧になる。


 その霧の下、湖面から水竜巻の下部にかけてが――凍りついていた。


 コーヒーのドリッパーのような形に凍りついたその部分に、水竜巻から降ってくる水が当たり、砕け、霧となって周囲に広がる。

 そのせいで、この湖畔全体に霧が漂っている。

 この霧こそが、大森林とネルフェリアを呑もうとしている謎の霧の正体なのだろう。


 だが、今の俺にその幻想的な奇観に見入っている余裕はない。


 湖畔の奥、凍りついた水竜巻下部の手前に、二つの小さな人影がある。


 そして、その人影の奥には、猛り狂うモンスターがいた。


 いや、あれはモンスターなのだろうか?


 獅子、狼、猿、蛇、鷲、鷹、亀……


 それらを十倍以上も大きくして、身体の一部同士を無理矢理くっつけた――そんな化け物が、宙に浮かんでどこかを見ている。


 全体のフォルムは亀……だろうか。

 胴体は、苔に覆われた亀の甲羅だ。

 ただし、亀の頭のあるべき位置には、猿の首から上が。

 その首の右には獅子の首、反対の側には狼の首。

 前脚の位置には、それぞれ鷲、鷹のくちばしと顔、鋭利な爪のついた脚が突き出している。

 後ろ脚は、筋肉の太く発達した獅子か狼のものだろう。

 鱗に覆われた尻尾の先には、獰猛そうな蛇が顔を覗かせている。

 甲羅から直接生えた二対四枚の翼は、鷲と鷹のものだろうか。


 ……と、こんな描写をしていてもキリがなさそうだな。

 教会のモザイク画のように動物だかモンスターだかの一部をツギハギにした化け物だが、こんな冒涜的なモザイク画は礼拝堂にはとてもかけられないだろう。

 見ているだけでも俺の精神が削られる。


 キメラ、と呼ばれるモンスターがいる。


 別の動物やモンスターの身体の一部を無理矢理組み合わせることで、複数の動物・モンスターの特性をいいとこ取りしようとしたモンスター。

 実際には、動物にせよモンスターにせよ、その身体に落ち着いているのにはそれ相応の理由がある。その理由を無視して思いつきで強そうなパーツだけを組み合わせても、まともに動ける生物が出来上がるはずもない。

 だから、自然の動物にキメラはいない。


 しかし、そんな不自然をも現実としてしまうのがモンスターだ。

 骨や筋肉、内蔵、神経、さらには脳といった器官の数や配置が致命的に狂ってるとしか思えないキメラであっても、モンスターとしてならつかの間の生を得ることができる。


 それにしたって、見た限りでも七種ものモンスターが融合しているのは珍しいはずだ。


 しかも、このキメラはところどころが半透明で、身体は宙に浮いている。

 翼はあるが、羽ばたいて浮いてるわけではなく、ものの道理をすっ飛ばして単に宙に浮いている。

 

 キメラを構成するいずれのパーツからも、激しい憤怒が伝わってくる。


 何に向けた憤怒だろう? 敵に向けての? それとも、おのれをこんな身体にした者への? あるいは、絶望に染まり、世界そのものに憤怒しているのか?


 そんな正体不明のキメラの前で、俺の見知った二人の女性が、冷たい視線を俺へと向けている。


 俺は言った。


「やっぱり、あんたたちが俺を殺そうとしたの天使だったんだな――リコリスさん、リコリナさん」

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