80 負の確率
俺のドロップ率が「下限突破」によってマイナスの値を取っているとしよう。
実際、秘匿された実績「ラプラスの悪魔」を達成したことから、0.1%以下の確率を20回立て続けに引いていたことはまちがいない。
「確率か……」
クルゼオン伯爵家の嫡男だった俺は、幼い時から家庭教師によってさまざまな学問を勉強させられた。
その中には初歩的な確率論も含まれている。
確率の概念を理解しておくことは、この世界においては重要だ。
ドロップ率の他にも、クリティカル率のような確率がからむ事象はたくさんあるからな。
「確率が常に0から1のあいだ、あるいは0%から100%のあいだを取るのは、確率論の初歩だよな」
袋に赤い玉5つと白い玉5つを入れるとする。
袋の中を見ずに手を突っ込んで一つだけ玉を取り出した場合、その玉が赤である確率は5/10。
同じく白である確率は5/10で、両方合わせれば10/10――つまり1だ。
赤を引く場合と白を引く場合を足し合わせれば、すべての起こりうる事象を網羅したことになるわけだな。
「さっきから俺は落ちないはずのドロップアイテムを大量に拾ってる。これを袋に喩えるなら、赤と白の玉しか入ってないはずの袋から、青や黒の玉が出てきたようなもんだ。本来起こり得ないはずの事象が起きる――これがドロップ率がマイナスになった結果だっていうのか?」
要するに、本来ドロップするはずのアイテム
「それで用途のわからない謎アイテムばかり拾ってたのか……」
この世界には、無数と言っていい種類のアイテムが存在すると言われている。
そのすべてのアイテムの中から、アクアエレメントの本来のドロップである「したたる実」「水の結晶」
「いや、完全にランダムってわけでもないか。たぶん、グレードの縛りはあるんだろう」
今のところ、貴重なアイテムや強力な装備品はひとつもドロップしていない。
おそらくだが、「したたる実」と同グレードで、かつ「したたる実」以外のアイテムとして、「ダークマター(失敗料理)」、「火打ち石」、「丹砂」、「弱毒草」、「割れた古銭」、「黒い液体」、「導線(赤)」などが選ばれたんじゃないか。
もう少しレアな「ぼんやり草」は、本来「水の結晶」であったはずのドロップがそれ以外のアイテムにすり替わったものだろう。
「同じグレードのアイテムしか手に入らないとしたら大したことはない……なんてことはないな。運次第で入手困難なアイテムが引けるかもしれないってことだ」
俺には「中級錬金術」もある。
得られたアイテムを加工してより貴重なアイテムを作り出すことも(レシピさえ思いつけば)可能だ。
スキル「悪運」には、低確率で高グレードのアイテムを引くという効果もある。
「マスター。何をひとりでぶつぶつ言ってるんですぅ~?」
「悪い、考えに没頭してた」
マイナスドロップの考察に没頭するあまり、レミィの存在を忘れかけていた。
「いったい今度は何に気づいたって言うんですかぁ?」
と訊いてくるレミィに、
「実はな……」
と、今発見した驚くべき現象について説明する。
「宿業の腕輪」でLCKをマイナスにすることでドロップ率をマイナスにすることができ、その状態でモンスターを倒すと、本来のドロップ以外の同グレードの別のアイテムをランダムに手に入れることができる……と、熱っぽく語ったのだが、説明が進むにつれてレミィの顔には疑問符が増えていく。
「理屈はよくわからないですけど、その腕輪を装備してると変なアイテムが手に入るかもってことですかぁ?」
「いや、まあ……そうなる、か?」
たしかに起きる現象を端的にまとめればそうなるのかもしれないが……なんだろうな、このわかってもらえなかった感は。
原理らしきものがわかってすっきりした俺は、迷いの森の探索を再開する。
途中、さらに未知のアイテムを拾っていく。
拾うアイテムが謎なのも気になるが、実はドロップ率そのものの高さも気になるな。
ドロップ率の概算式は、「LCK/100×モンスターのレベル×ドロップアイテムのレア度」。
LCKを含むあらゆる能力値の上限は99だから、LCK/100は最大でも99/100にしかならない。
一方、俺のLCKは-123だ。
マイナス部分は「ありえない事象を引く」という形に変換されるとして、残った123の部分はドロップの発生確率として普通に計算されるんだろう。
LCK/100が123/100となり、LCKカンスト冒険者(そんなやつがいるとして)の99/100よりさらに高い。
おまけに、習得したばかりのスキル「悪運」のドロップ率上昇効果も加わってるはずだ。
体感では、アクアエレメントが二体いれば片方が何かを落とすくらいの感触だな。
「レミィ、ルートは?」
「↑、→は試したので、←ですかねぇ~」
「お、当たりだな」
当たりルートの先にはアクアエレメントが四体いた。
四体となるとやや面倒で、最後の一体から「ストリームアロー」を喰らいそうになり、慌てて爆裂石を投げつけた。
水の属性値がマイナスに振り切ってる現状で、水属性の攻撃魔法を喰らいたいとは思わない。
「あ、ドロップですよぉ~」
「おっと」
奥に進んだことで迷いの森は暗くなり、地面に転がったドロップを見過ごしそうになった。
茶色い土くれのようなものだったからなおさらだ。
「これは……なんだよ、『良質な馬糞』って」
持ち物リストに入れて表示された名前に、俺はおもわず顔をしかめる。
持ち物リストはアイテムを概念化して「収納」するらしいから、「良質な馬糞」とやらを入れても臭いが残ったりはしないんだけどな。
たぶんだが、これがなんらかの条件を満たしたんだろう。
《スキル「鑑定」を習得しました。》
「天の声」が、有用なスキルの習得を告げてきた。
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