78 不可解なドロップアイテム

 俺はアクアエレメントがさっきまでいた地点に転がった、黒い消し炭のようなものを拾い上げる。


「これは……ダークマター、か?」


 俺のつぶやきに、


「ダークマター……ですかぁ? どういうアイテムなんですぅ?」


 とレミィが訊いてくる。


「『料理』や『調理』という料理に特別な効果を付与するスキルがあるんだけど、そういったスキルで料理に失敗した場合に生み出されるのがダークマターだ」


 俺は消し炭を一度持ち物リストに入れてみる。



Item―――――

初級ポーション 97

初級マナポーション 59

毒消し草 91

爆裂石 -2319

薬草HQ -457

魔草HQ -344

ゾンビパウダー -4

錬金されたアイテム「ソンビポーション」 2

ゾンビボム 14

エクスキューショナーソード 0

エクスキューショナーソード(改) 1

宿業の腕輪 -1

火炎草 -46

アサルトリキッド 1

ダークマター(失敗料理) 1

―――――



「やっぱりそうみたいだな」


 持ち物リストの最後に「ダークマター(失敗料理)」とある。


 ……それにしても、わざわざ括弧書きで失敗料理と断るってことは、失敗料理以外の本物の(?)ダークマターもあるってことか?


 ついでながら、今のダークマターによって持ち物リストがついに一杯になってしまったな。

 アイテム個数の下限突破という切り札を持つ俺にとって、持ち物リストが十六枠しかないのはちょっと物足りない感じがする。

 持ち物リスト以外のアイテム収納手段――マジックバッグだとか、拠点設置型のアイテムボックスだとか――がほしいところだ。

 でも、いずれも目の玉が飛び出るくらいにお高いんだよな。

 金さえ積めば手に入るというものでもなく、物自体が供給不足って問題もある。


 俺はウインドウ上の「ダークマター(失敗料理)」を選択し、「捨てる」を選ぶ。

 とても食べられるとは思えない黒焦げの謎物質が地面に転がり、俺の持ち物リストの最下段が(空き)に戻る。

 使うと残り個数0で枠を圧迫してしまうが、捨てれば(あるいは売れば)その問題を回避できる。


 ちなみに、「ダークマター(失敗料理)」は、錬金術の素材として使うと、ランダムに微妙な効果を付与するらしい。

 たいていはマイナスの効果だし、よい効果もたかがしれている。

 貴重なアイテム枠を圧迫してまで残しておきたいアイテムじゃないんだよな。


 って、今気にするべきはそこじゃなかった。


「……どうしてアクアエレメントのドロップが失敗料理なんだ?」


 ギルドの資料では、アクアエレメントのドロップアイテムは、「したたる実」か「水の結晶」だ。

 「したたる実」は絞ると飲み水が得られる水筒代わりのアイテム、「水の結晶」は投げつけると水風船のように破裂する水属性の攻撃アイテムだ。

 アクアエレメントが失敗料理をドロップしたなんて話はまったく聞かない。


「まさかアクアエレメントは料理人だった……? んなわけあるか」


 自分でボケて自分でつっこんでしまったな。


 アクアエレメントと「ダークマター(失敗料理)」。

 この二つを結びつける理屈が思い浮かばない。

 もちろん、あまり似つかわしくないアイテムをドロップするモンスターもそれなりにいる。

 だがそれにしたって、なんの脈絡もないアイテムを落とすのは稀だろう。


「まあ、危険があるわけじゃないし、進みながら考えるか」


 俺がこうしてるあいだにも、ネルフェリアではモンスターが発生し、誰かが怪我をしてるかもしれないからな。


 俺はアカリとギルドから得たルート情報を参考にしつつ、迷いの森を進んでいく。


 何度かアクアエレメントを倒したところで、


「マスター!」


「ああ、俺にも見えてる。ドロップだな」


 倒したアクアエレメントのいたあたりの地面に、錆びた矢のようなものが落ちていた。

 持ち物リストに一度入れてみると、「錆びた矢」というアイテム名が表示される。


「まんまかよ」


 錆びてはいるが一応使えそうな矢なんだが、あいにく弓の持ち合わせがない。

 矢は弓がないと使えないからな。


 ……考えてみると、アイテムの個数の下限突破ができる俺は、弓と相性がいいはずだよな。

 高価な矢を一本だけ購入しておけばマイナス個数で撃ち放題だ。

 まあ、今から弓のスキル習得を目指すより、魔法を使い続けるほうがてっとり早いような気もするが。


 「錆びた矢」をその場に捨てて、さらにルートを辿っていく。

 何度かアクアエレメントと遭遇したが、デシケートアローで問題なく片付ける。

 アクアエレメントの次のドロップは、


「ピピチカの花……?」


「ああー! 知ってますよぉ~! たしか、雷を蓄える性質を持った花だったと思いますぅ。どこぞの雷原に群生してるっておばあちゃんが言ってましたぁ」


「そういえば、聞いたことがあるな。大陸中央部にあるカントール雷原には、雷を餌にして育つ花が咲いている、と」


「餌にしてるかどうかは知りませんが、たぶんそれだと思いますぅ」


 持ち物リストから「ピピチカの花」を取り出してみる。

 一見すると、チューリップによく似た形の花だ。

 その花弁の色は鮮やかな黄色。

 口のすぼんだ花の奥から、バチバチと静電気のような音がする。

 茎には薔薇のような棘があり、触るとばちっと痛みが走る。


「なんでアクアエレメントからこんなものが……?」


 水属性のアクアエレメントにとって、雷は弱点のひとつのはずだ。

 アクアエレメントのドロップが雷属性の攻撃アイテムというのは違和感がある。

 まさか、アクアエレメントを倒しやすいように、なんて配慮じゃないだろうし。


 そこで、俺はあることを思い出す。


「いや、そもそも、今ドロップアイテムが出ること自体がおかしいのか」


 俺は今、「宿業の腕輪」を二つ装備している。


Item―――――

宿業の腕輪

非業の死を遂げたゴブリンの王が身につけていたとされる腕輪。STRが大きく上昇する代わりに他の能力値が大きく下がる。

STR+45 PHY-20 LCK-70

―――――――


 「宿業の腕輪」のLCKに対する強力なマイナス補正のせいで、今の俺のLCKは、なんと-123もの極端な低数値になっている。


 モンスターを倒した時にドロップアイテムが出る確率はどの程度か?

 これには有力な推定式が存在する。


 LCK/100×モンスターのレベル×ドロップアイテムのレア度


 この式からわかることはいくつかある。

 LCKの値が高いやつほどドロップアイテムが出やすいということ。

 同じモンスターであってもレベルの高い個体からのほうがドロップアイテムが出やすいということ。

 特定のアイテムがドロップする確率はアイテムごとに事前に決められたレア度に左右されるということ。

 いずれの傾向も、冒険者たちの経験則と合致している。

 実際はもっと複雑な式なのではないかとも言われるが、冒険の目安とするには十分だ。


 ダンジョンボスやスタンピードの統率個体のような例外を除けば、ほとんどのモンスターにこの式が当てはまると言われてる。


 で、今の俺のマイナスLCKをこの式に当てはめると……


「今の俺がモンスターを倒した時にアイテムがドロップする確率は――どうあがいてもマイナスのはずだ」




―――――

大変お待たせ致しました。

この二、三週間ほど手術と入院で執筆できない状態にありまして。無事に退院できましたので、徐々にペースを取り戻していければと思っております。

今後とも「下限突破」をどうぞよろしくお願い致しますm(_ _)m

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