73 属性値-11以下

 水を生み出すはずの「クリエイトウォーターフロー」の魔法によって、目の前の濃霧が消滅した――

 この現象には説明が必要だろう。


 俺の水の属性値が-21という異常値になってることは覚えてるよな。


 属性値の本来の下限は-9。

 属性値が-9のときにその属性の魔法の威力は-90%され、本来の10%の効果しか発揮しない。


 この属性値の下限を俺のギフト「下限突破」で突破するとどうなるか。


 属性値が-10のときに魔法の威力が-100%――実質的に無効になるのはまだ、わかりやすい。


 問題はその先だ。


 属性値が-11以下になると、ダメージを与えるはずの攻撃魔法によって敵のHPを回復してしまうのではないか――という、俺が最初に思いついた仮説は、検証によって棄却された。


 だが、その仮説の代わりに、奇妙な現象が観測された。


 ……おっと。もってまわった説明になってしまったな。


 その奇妙な現象というのは、今見てもらった通り。

 本来水を生み出すはずのクリエイトウォーターフローを水の属性値-11以下で使用する。

 すると、発動された魔法は、水を生み出すのではなく、逆に水を消滅・・させる。

 もちろん、クリエイトウォーターの魔法でも同じ現象が起こることを確認している。


 つまり、-11以下の属性値で魔法を使うと、本来その魔法が引き起こしたはずの効果を逆転した効果が発生する、ということだ。


「あ、マスター! 奥にモンスターですよぉ~」


 検証結果を思い返してる途中で、レミィが警告の声を上げた。


 十数メテルに渡って削れた霧の奥から、霧を裂いて、人間の身の丈以上の巨大なカマキリが現れる。

 キラーマンティス。

 知能はさほど高くないが、その鋭利な鎌と、恐ろしい咬合力の顎とは、レベルの低い冒険者なら一撃で致命傷を受けかねない。

 繁殖力も高いことから、大森林では最もよく遭遇するモンスターだと資料にはあった。


 反面、防御は脆く、とくに火属性の魔法にすこぶる弱い。


 火の属性値+9で火魔法を放てば楽に勝てそうな相手だが、俺はあえて別の魔法を選択する。


「ストリームアロー!」


 俺はマイナス21の属性値を誇る水属性の攻撃魔法を巨大なカマキリへと放った。


 通常のストリームアローならば、キラーマンティスに向かってかざした手のひらの先に水の矢が生まれるところだ。

 だが、俺の手のひらの先に生まれたのは、不可視の魔力。

 その不可視の魔力が名手の射た矢のような速度で宙を飛翔、キラーマンティスの胸部に直撃する。


 これから起きる現象をよく見てほしい。


 紫がかった若葉色だったキラーマンティスの胸が、みるみる茶褐色に染まり、かさかさになって崩れていく。

 まるで生きていた毒草が急速に立ち枯れしていくような光景だ。

 茶褐色の領域はキラーマンティスの胸から胴、頭、腕の付け根へと広がっていく。

 広がるにつれて、胸に近い場所から順に脆くなり、ボロボロになった体組織が剥がれ落ちていく。

 茶褐色部分が胴を真横に横断する事態に至ると、キラーマンティスの胸から上が、重みに耐えかねてぼろりと崩れた。

 茶褐色部分は頭の先や腕の先にまでは及んでいなかったが、胴体が立ち枯れ、折れてしまったことで、頭も腕もバラバラになる。

 凶悪な前腕の鎌が、重い刃先を下に落下し、鋭利な刃先が地面に突き立つ。


 地面に転がったキラーマンティスの頭部は、ごろりと不安定に回転。自分のばらばらになった身体が複眼の視界に収まる位置で停止した。

 何が起こったかわからない――なんて感想を抱くほどの知能は、キラーマンティスにはないだろう。

 たとえあったとしても、感想を抱けた時間はごくわずかだったはずだ。

 その直後に、キラーマンティスの全身が漆黒の粒子に変わり、宙に紛れるようにして消えたからな。


「うわっ、あいかわらずエグいですねぇ~」


 と、レミィが若干引いた顔で言ってくる。


「キラーマンティスの弱点が火属性なら、キラーマンティスは水属性に親和性が高いはずだよな」


「この世のあらゆる存在は四大を始めとする元素によって成り立っていますからね~。今のモンスターは、わたしの『精霊視』によれば、水属性と地属性を中心とした元素によって身体が構成されてたみたいですぅ」


「キラーマンティスの身体を構成する水の元素を、効果が逆転したストリームアローで消滅させた……ってことでいいんだろうな」


 ストリームアローは、


Skill―――――

ストリームアロー

魔力で生み出した水の矢を放つ水属性の攻撃魔法。

使い込むことでさらなる魔法を閃きそうだ……

―――――――


 という魔法だ。


 この効果がマイナス属性値によって逆転したらどうなるか?


 おそらくだが、「対象から水を奪って魔力へと還元する水属性の攻撃魔法」……のようなものになるんだろう。

 実際、このストリームアローで対象から水を奪うと、俺のMPが回復するみたいなんだよな。

 使うとMPが回復する魔法? ぶっ飛んでるにも程がある。


 もちろん、対象から水を奪う、という部分についても、攻撃魔法として強力だ。

 とくに、今のキラーマンティスのように、身体を構成する元素の中に水が多く含まれる相手には、な。

 身体から強引に水分を抜き取り、乾燥させて破壊する――

 大本のストリームアローと比べると、飛躍的に殺傷能力が高いのだ。


 しかも、俺は「下限突破」によって、水の属性値を今以上に下げることもできる。

 水の属性値を-30、-40……と下げていけば、この逆転ストリームアローは洒落にならない必殺魔法と化すだろう。

 まあ、属性値が下がると俺が水属性の攻撃によって受けるダメージがその分増えるから、際限なく下げていいもんではないんだけどな。


 もちろん、この逆転ストリームアローは、人間に対しても有効だ。

 レミィによれば、人間の元素的な体組成は地水火風の四大元素をバランスよく含みつつ、微量のマイナー属性元素(雷や光など)を含む、という感じらしい。

 地水火風の中でも水は全体の4割前後(*1)を占める、最大の元素だ。

 もし人間に俺の逆転ストリームアローが命中したら、今のキラーマンティスと同様の現象が起こるだろう。

 もちろん、相手のMNDの高さにもよるけどな。


「名付けて、デシケート乾燥させるアロー……なんだが、この名前を詠唱には使えないんだよな」


 魔法の発動には定められた鍵語を口にする必要があるからな。

 どうみても水の矢とは真逆の効果の魔法であっても、発動に必要な鍵語は本来のものだ。

 わかりにくいよな、と思ってると、



《アレンジされた魔法「デシケートアロー」を新たな魔法として登録しました。》



「おっと?」


 普段は何を問いかけてもだんまりの「天の声」が、いきなりそんなことを言ってきた。

 俺は中級魔術のウインドウを開く。



Skill―――――

中級魔術

基礎的な魔法を扱うことができる。このスキルを使い込めば使用可能な魔法が増えそうだ……


現在使用可能な魔法:

マジックアロー

クリエイトウォーター

アクアスクトゥム

マジックミサイル

マジックショット

ストリームアロー

マジックハンド

エーテルバレット

フレイムランス

イグニスムールス

デシケートアロー(new!)

―――――――

Skill―――――

デシケートアロー

反水属性の魔力の矢を射出し、命中した対象、およびその周囲の空間から水の元素や水の精霊を奪って魔力へと還元する水属性の攻撃魔法。

属性値が-11以下でなければ発動しない。

冒険者ゼオンが開発した「ストリームアロー」のアレンジ魔法。

―――――――


「おお、登録してくれるのか!」


 ゼルバニア火山で検証してたときにはこの「天の声」はなかったんだが、きっと〇回以上その魔法を使用すること、みたいな条件でもあったんだろう。

 例によって、「天の声」は条件については何も語ってくれないけどな。


 普段は寡黙キャラの「天の声」だが、たまに妙に饒舌になることもある。

 いや、それは俺みたいな特殊例だけだろうか。


 ともあれ、今日の「天の声」はおしゃべりな方らしい。


 さらにもうひとつ、「天の声」が降ってきた。



《スキル「魔法反転」を習得しました。》





―――――

(*1)全体の4割 われわれの世界における人間の身体に含まれる水は60-80%だそうですが、この世界における「人間」の身体は元素によって構成された架空のものですので、必ずしもわれわれの世界における人間の身体の組成と一致するわけではありません。


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