72 逆転現象

「ふわぁ~。水の精霊さんばかりで何も見えませんね~」


 大森林に足を踏み入れるなり、レミィが言った。

 小さな手をひさしのようにかざしてるが、それでよく見えるわけでもないだろう。


「やっぱり、この霧は水の精霊によるものなのか?」


 俺は俺で、視界が真っ白に埋まってる。

 吹雪の中で方角を見失う現象――ホワイトアウトと似てるかもな。


 俺とレミィで視界が塞がってる理由は別だ。

 俺の視界が物理的に発生した濃霧で埋まってるのに対し、レミィの視界は「精霊視」のアビリティでえる水の精霊で埋まってるらしい。


 ……このアビリティというのもよくわからない概念だよな。

 俺が特殊条件によってステータスの属性値欄が解放されたのと同時にレミィが獲得したものだが、スキルやギフトとどう違うのか、今ひとつわからない。


「アカリさんの案内を断ってましたけど、こんな霧の中をどうやって進むんですかぁ~?」


 レミィが今言った通り、俺はレミィだけを連れて、大森林へと足を踏み入れた。

 大森林の基礎情報はギルドでも教えてもらえるが、それでもやはり、現地をよく知るガイドがいるのといないのとでは大きく違う。

 とくに大森林は似たような風景がずっと続いて、これというランドマークもあまりない。


 トラブルメーカーだがシーフとしては有能なアカリがいれば、何かと便利なのは間違いなかった。


「アカリには別のことを頼んだからな」


 コレットたちを連れてくる選択肢もあったが、迷った末に置いてきた。

 ネルフェリアの街中にモンスターが出現するようになった今、街には少しでも戦力が必要だ。


の天使とかいうののことはよかったんですかぁ~?」


「森の中のほうがかえって安全かもしれない。広い森の中、しかもこの濃霧だからな。俺を追跡するのは難しいんじゃないか?」


 もちろん、追跡に特化したスキルやギフトがあれば可能かもしれないが、少なくともギフトについては可能性は下がったと思う。

 宿で休む俺を(おそらくは)離れたところから攻撃したあの能力がギフトだとしたら、そのの天使は索敵系のギフトを持ってないことになる。

 ギフトはひとつしかもらえないからだ。


「まあ、それは楽観的な見方かもしれないが、の天使からの襲撃を受けた時にコレットたちを巻き込みたくないからな」


 コレットたちがガードを固めていれば、の天使は邪魔なコレットたちから排除しようと考えるかもしれない。

 コレットたちが俺が宿で受けたような攻撃をいきなり受けたらと思うとぞっとする。


「それでマスターが危険な目に遭ったら、みんな悲しむと思いますけどぉ~? マスターは自分のことを後回しにしすぎなんじゃないですかぁ~?」


「……かもな。それより、まずはこの霧をどうにかしよう」


 と、苦手な話題からの転換を図る俺。


 俺は、視界を塞ぐ霧に向かって、片腕を前に突き出してみる。


 すると、


「マスター、水の精霊に避けられてますねぇ~」


 レミィが言った通り、俺の腕から逃れるように濃霧が遠ざかった。


「この霧が水の精霊なんだとしたら、今の俺のことは避けるはずだよな」


 俺は腕をいろいろに振ってみるが、霧は実に素早く俺の腕から逃げていく。


 なんでこんな現象が起きるのかって?

 順を追って説明しよう。


「途中から、おかしいとは思ってたんだよな」


 霧が立ち込めているせいもあって、ネルフェリアの街を行く人たちの中には、油を引いたコートや外套を身に着けてる人が多かった。

 そういうものを着てないと、霧のせいで服がぐっしょり濡れるのだ。


 それなのに、俺だけはいくら霧の中を歩いても濡れる様子がなかった。

 最初のうちは気づいてなかったんだが、ギルドに全身を湿らせて入ってくる冒険者たちを見ているうちに、俺だけがおかしいことに気がついた。


「水の属性値がマイナスになってるせいで、水の精霊のほうが俺を避けてくれる。おかげで俺は霧に濡れずに済んでたんだよな」


「精霊に嫌われてるのに、避けてくれる・・・って言い方も変ですけどねぇ~」


 そう。

 今の俺は、水の精霊に嫌われている。

 それも、ありえないくらい、かなり。


 なぜなら――俺の水の属性値が、異常と言えるほどに低いからだ。


 今の俺の属性値がどうなってるかって?

 ひさしぶりだから見ておこうか。



Status――――――――――

ゼオン

LV 6/10

HP 35/35

MP 34/34

STR 107

PHY -10

INT 27

MND 18

DEX 56

LCK -123

GIFT 下限突破

EX-SKILL 覇王斬

SKILL 中級魔術 逸失魔術 魔紋刻印 初級剣技 投擲 爆裂魔法 看破 中級錬金術 黄泉還り 革命 不屈

EQUIPMENT ロングソード(切断) 黒革の鎧(強靭) 防刃の外套(爆発軽減) 黒革のブーツ(強靭) 耐爆ゴーグル 宿業の腕輪 宿業の腕輪

ELEMENT 火+9 土+7 水-21 風-7

―――――――――――――



 レベルやスキルは横這いだ。

 本来そう簡単にレベルが上がったり新しいスキルを覚えたりするもんじゃないからな。

 これまでの成長が早すぎただけだ。


 今注目してほしいのは、ELEMENT――属性値の欄だ。


 俺の現在の水の属性値は、-21。


 おそらくだが、「下限突破」で属性値の下限を超えて下がってる。


 火の属性値が+9以上にならなかったことから、属性値の上限はおそらく+9。

 だとしたら、下限は-9と考えるのが自然だろう。


 火山での検証結果から、火の属性値が1上がるごとに、火属性魔法の威力が10%上がるらしいことがわかってる。

 その計算が正しければ、火の属性値が+9の現在、俺の火属性魔法の威力は90%上がってるってことになる。

 「看破」を使いながら確かめた感じでは、実際そのくらいダメージが増えていた。


 じゃあ、属性値がマイナスの場合、魔法の威力はどうなるのか?

 原理はプラスのときと同じらしく、属性値が1下がるごとに魔法の威力が10%ずつ下がっていくようだ。

 属性値の下限である-9のときのストリームアローの威力は-90%――つまり、本来の十分の一しかダメージを与えられなくなっていた。


 となると、ここで湧いてくる疑問は、「属性値の下限を突破して-10以下にしたらどうなるか」ってことだよな。


 +9~-9までの計算がそのまま適用されるとすれば、属性値が-10になると、その属性の攻撃魔法の威力は-100%になるはずだ。

 これはすなわち、与えるダメージが本来の0%になるってことだ。

 0%のダメージを与えるというのは、ダメージをまったく与えられないということにほかならない。


 しかし、それが事実だとして、一体なんの役に立つだろうか?

 「下限突破」を使って属性値を下限以下にすることで、俺はどんなメリットを享受できるのか?


 もちろん、属性値の下限突破にはなんのメリットもない、という可能性もないではなかった。

 そうそう都合よくあらゆるパラメーターの下限突破に有効活用の方法があるわけじゃないだろうからな。


 でも、本当におもしろいのはここからだ。


 属性値-10で魔法の威力が-100%になるのなら、属性値がさらに下がったらどうなるのか?


 これまでの法則をそのまま当てはめるなら、属性値が-11になると、その属性の魔法の威力は-110%――つまり、本来の威力の-10%のダメージを与える、という計算になる。


 -10%のダメージを与える、というのはどういうことか?


 マイナスをプラスに言い換えれば、+10%HPを「回復」するってことなんじゃないか?


 俺が最初に興味を覚えたのはそこなんだよな。

 もしそうだとしたら、俺は属性値がマイナス11以下の属性の攻撃魔法を使うことで、対象を「回復」できることになる。

 敵を回復してもしかたがないが、攻撃魔法は自分や味方に当てることも可能だ。

 自分や味方に攻撃魔法を当てることで、まだ覚えてない回復魔法の代わりになるんじゃないか? そんなふうに思ったのだ。


 だが、実際の検証結果は、俺の予想を裏切るものだった。


 どんな現象が起きたかって?


 それは、これからやることを見てもらえばわかるはずだ。


 水の属性値が-21であることを確認してから、俺は小声で呪文を詠唱する。


 唱える呪文は、これまではっきりした用途が見つからなかったある術だ。


「――クリエイトウォーターフロー!」


 MPの続く限り水を生成し続けるという、使い道の限られたその術が発動した。


 宙に向かってかざした俺の手のひらから水があふれる――ことはない。


 起きた現象は、その真逆。


 霧に向かってかざされた俺の手のひらに、霧がおそろしい勢いで吸い込まれ、どこへともなく消えていく。


 ほどなくして、俺の行く手から霧がごっそりなくなっていた。

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