71 霧と謎
「霧が急に濃くなった原因についてはわかったのか?」
リコリスの胸から微妙に目と話をそらしつつ、俺はリコリスに訊いてみる。
「いいえ。散発的に発生するモンスターへの対処で精一杯で、原因の調査はまだ手つかずです」
「そうか……」
俺は早朝の出来事をリコリスたちに話す。
「黄泉還り」のことは伏せ、なんとか一命を取り留めたという説明にした。
ちなみにリコリスには来る途中で話しておいたんだが、アナ、シンシアは驚きに目を見開いている。
「だ、大丈夫だったの!?」
アカリが言って、ぺたぺたと俺の胸を触ってくる。
偶然だが、あの謎の幼女を彷彿とさせる動きだよな。
「なんとかな。それより、あの女の子の言ってたことが気になるんだ。『はやく、来て。これ以上、おさえられない。あなたが……ひつよう』 どうも、俺のことをご指名らしい」
「……
「あの子が
超常的な存在の候補は、実はいくつか脳裏にある。
そのひとつは、レミィと同じ妖精だな。
ただ、レミィから聞いた限りでは、あの幼女くらいの大きさの妖精はいないらしい。
もうひとつは、魔族。
だが、これも違うだろう。
俺は、下限突破ダンジョンのボス部屋と領都クルゼオンを巡る戦いで立て続けに二人の魔族と相まみえた。
あの二人の凶相と昨日の幼女のあどけなさを比べると、とても同じ魔族とは思えない。
他にも候補はあるんだが、それ以上は雲をつかむような話になってくる。
妖精や魔族だって、一般的には雲をつかむような話なんだけどな。
「うみゅう。
妙な唸り声を漏らして、アカリが首をひねって考え込む。
「イコールで結ぶのがわかりやすくはあるが……どうもしっくりこないんだよな」
「教会が超常的な存在を捕まえてきて、
「アカリにわからないのに、俺にわかるわけないだろ」
「んじゃ、別口だとして……そうなると、二つ、疑問が出てくるね」
「ああ。一つは、あの謎の女の子は何者なのか? 二つ目は、俺を襲撃したのは誰なのか?」
もうひとつ、襲撃者が俺を攻撃した手段はなんだったのか? という謎もあるが、これは二つ目の方にまとめてもいいだろう。
要は正体不明の人物が二人もいるわけだが、そのいずれについてもヒントがなさすぎる。
「襲撃者に関しては、次の動きを待つしかないだろうな。怪しい人物がいないか聞き込みをしてみてもいいが……」
「いやぁ、どうかな。東岸の教会施設に匿われてたらわからないよ? 東岸で冒険者が聞き込みをしても、まともに答えてもらえるとは思えないし」
「だろうな。それなら、まずは一つ目の方を確かめたい」
「謎の幼女だね? でも、手がかりのなさってことなら、こっちのほうが大変じゃない?」
「たしかに確証はないんだが、ヒントはある。霧が急に濃くなったのとほぼ同時に現れた女の子。しかも彼女は霧のように消えていなくなった」
「まさに雲散霧消したってわけだね」
と肩をすくめるアカリに、
「へえ……難しい古代語を知ってるんだな。古代人の遺跡には興味がないんじゃなかったのか?」
「へっ? い、いや、まあ、トレジャーハンターをやろうと思えば、古代人の言語は必修科目だから」
必修科目……教育機関などで使われる言葉で、日常的にはあまり聞かない言葉だよな。
探るように彼女を見る俺から目をそらし、アカリは咳払いをひとつして、
「私のことはともかく。じゃあ、ゼオンは、その幼女はこの霧の原因と何か関係があると思ってるんだね?」
「『もうおさえられない』と言ってたからな。霧について何か知ってると考えるのが自然じゃないか?」
彼女が「おさえられな」くなったことで、霧が急に濃くなった、とも取れるよな。
もちろん、彼女が「抑えられない」のは霧ではなく別のものだって可能性も否定はできないところだが。
今はまだ強いモンスターが湧かないと言っても、街中にモンスターが湧くこと自体が大問題だ。
戦い慣れた冒険者にとっては弱いモンスターであっても、一般市民にとっては十分以上に危険な存在だからな。
もちろん、俺が縁もゆかりもないネルフェリアを救うために危険を冒す必要はないんだが、手元にヒントがあるのに放っておくのも寝覚めが悪い。
……いや、もっと自分に正直に言おうか。
実家を追い出されて冒険者になった以上、俺は自分の目的や良心に従って生きていきたい。
今、俺の良心は、この街の問題を放っておけないと感じてる。
もし解決に成功すれば相当な報酬が約束されてるわけだから、採算度外視ってわけでもない。
ちょうど、ちょっと検証してみたいこともある。
ゼルバニア火山での属性値の実験結果を応用できそうな気がするんだよな。
俺は、アカリ、リコリス、コレットたちを見回してから、
「――俺が大森林に入って、霧の原因を探ってみる」
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