70 合流
コレットとともに宿から出ると、
「これは……」
むせ返るほどに濃い霧だった。
ほんの数メテル先が真っ白だ。
「いくらモンスターが強くないと言っても、この霧じゃ……」
「……はい。索敵能力の高い冒険者でないと、なかなかモンスターを発見できないみたいです」
索敵能力が高いと聞いて思いつくのはアカリだな。
「アカリは?」
「わかりません。ギルドに行けば会えるんじゃないでしょうか」
アカリとは宿は別だったからな。
「俺も自前の索敵能力を持たないとな」
俺はまだ、索敵ができるようなスキルを持ってない。
索敵系のスキルはそれなりにレアだ。
シーフ専業の冒険者なら持ってることが多いが、俺のように魔法と剣で戦うスタイルの冒険者が習得するのは難しい。
俺はこれまで、レミィのモンスター察知能力に頼ってきたんだが……
「って、レミィはどうした?」
刺されて起きた時からいなかったぞ。
まさか、暗殺者に捕まって……?
俺が霧の中で焦りを募らせたところで、
『ままま、マスターぁ~!』
霧の奥から、ぎゅんっと音を立てそうな勢いで、レミィが飛んで現れた。
「レミィ! 無事だったか!」
「マスターこそですぅ~! マスターが殺されちゃいそうだったので、慌ててコレットさんたちを呼びに行ったんですぅ~!」
「なんとか無事だったよ。……いや、待て。レミィは俺を刺した奴を見てるのか!?」
「それが、見てないんですぅ! 明け方、なんとなく目が覚めて、マスターの寝顔を眺めてたら、いきなりざしゅざしゅざしゅって!」
「ざしゅざしゅざしゅ?」
「何もないところがいきなりざしゅっとなって、マスターが刺されちゃったんですよぉ~!」
「……わけがわからん」
「私もわけがわかりません~!」
とにかく、レミィも犯人は見てないってことか。
「……離れたところから魔法で狙われた、か?」
だが、俺の服に空いてた穴からすると、鋭利な刃物で滅多刺しにされたような感じだった。
そういう魔法が絶対にないとは言い切れないが、少なくとも俺の知る範囲にはない。
やったのが
もしそうなら、今後も虚空からいきなり斬りつけられる可能性があるってことか?
そんなの、どうやって警戒すればいいんだよ?
だが、その後に攻撃は受けてない。
俺を殺したと思って油断してるか、連発できるような能力ではないのか、何か他の条件でも満たす必要があるのか。
理由はわからないが、多少の時間的な猶予はある……と思いたい。
「くそっ、わからないことだらけだな」
ギルドへ早足で向かいながら、レミィからもっと詳しい話を引き出そうとしてみるが、「いきなりざしゅ」以上の話は出てこない。
俺が見た水色の幼女のことも、レミィは見てないと言う。
ひとつだけ言えそうなのは、俺を殺そうとした暗殺者とあの水色の幼女は別人(?)の可能性もあるってことか。
虚空からの攻撃→レミィが助けを求めに出ていく→水色の幼女が俺の前に現れる、の順だとしたら、攻撃の発生から幼女の出現までにはそれなりのタイムラグがあったことになるからな。
俺とコレットがギルドに駆け込むと、そこにはカウンター越しにリコリスと話し込むアナとシンシア、アカリがいた。
「状況は?」
俺が訊くと、リコリスが顔を上げ、わずかに目を見開いた。
話し込んでるところにいきなり話しかけてしまったからな。
驚かせてしまったんだろう。
リコリスは再び険しい顔になると、
「芳しくありませんね」
と答えてくれる。
昨日はぴっちりと着こなしていた制服のボタンが、一個掛け違いになってるな。
きっと、朝方に緊急招集されて、急いでギルドに駆けつけたんだろう。
ボタンがずれたブラウスの襟の隙間から、ペンダントのようなものが覗いてる。
「……ちょっと、どこ見てるのさ、ゼオン? そりゃ、リコリスは隠れ巨乳だけどさ」
アカリの言葉に、リコリスが慌てて襟を合わせて俺を睨む。
「ち、ちげーよ。珍しいペンダントだな、と思って」
ふつう、ペンダントの先についてるのは、金属製の飾りや宝石なんかが多いと思う。
だが、リコリスのペンダントトップは、ぎょろりと開いた大きな目玉だ。
太陽の輪郭を黒くしたような不気味な縁飾りの中に、血走った目が嵌められてる。
とてもおしゃれのためにかけてるものには思えない。
「ああ、これは『睨み封じのペンデュラム』というアイテムなんです。私が冒険者時代に手に入れたものです」
「どんな効果なんだ? ……って、聞かないほうがよかったか」
装備しているアイテムの詳細は、レアなものになるほどその効果を隠す冒険者が増えてくる。
手の内を明かさない、というだけじゃない。貴重品だという噂が広がれば、不心得者が闇夜に応じて奪ってしまおうと考えるおそれもあるからな。
「そうですね。どうしても隠したいというほどの効果ではありませんが、吹聴して回るのもどうかと思い、なるべく人目にさらさないようにしています」
と言って、リコリスは自分の襟を整えようとした。
その途中でボタンをかけちがっていたことに気づき、うっすらと頬が赤くなる。
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