65 (シオン視点)平行線
僕は改めてミレーユ王女を観察する。
厩舎にやってきたときとは違い、今はフォーマルなドレス姿だ。
金色の美しい髪、アメジストの瞳、陶器のような肌。
身体を構成するあらゆる部分の質感が、僕らとは根本的に違うとしか思えない。
だが、ミレーユは決して見てくれだけの存在ではない。
目には強い意志が宿っている。
その意志はいったいどこから出てきたものなのか。
単に僕との旧交を温めに来たわけじゃないことはあきらかだ。
「ご退席願えますか?」
ミレーユがきっぱりと要求した。
もちろん、内輪しかいないはずのこの場に図々しくも居座るゲオルグ枢機卿に対してだ。
「私は伯爵の相談役として同席させていただいたまでですよ」
「王家の人間が、国王陛下が領主に封じた人間と内密な話をしようとしているのです。余人はお控えください」
「おや、これは失礼を。しかし、当事者であられる伯爵は私の助言を必要とされている。そうではありませんかな?」
「枢機卿は私の親友にして最大の助言役だ。この場にいることに差し支えはない」
「……そうですか」
さすがに、ミレーユもそれ以上押すつもりはないらしい。
一方、僕は腹を立てていた。
枢機卿がこの街の領主の「最大の助言役」だって?
愚にもつかない妄想じみた教義で世界を混乱させているのが、新生教会の枢機卿だ。
いや、それはさすがに偏見も混じってるかもしれないが。
それでも、統治者が身辺に宗教家を置いてそのいいなりになって政治をするのが望ましいはずもない。
ミレーユがちらりと僕を見た。
僕も彼らの側の人間なのか?
そう目で問いかけるミレーユに、僕は慌てて首をふる。
「まあ、今日のところはいいでしょう。私が伯爵に伺いたいのは一点だけです」
「ほう、それはなんですかな? こんな辺境の地に王女様自らが足をお運びになられるとは、ただならぬことかと思いますが」
「他でもありません。伯爵はなぜ、ご子息であるゼオン・フィン・クルゼオンを、突然廃嫡なさったのですか?」
「……あいつは今はただのゼオンだ。我が家名をあの男と結び付けられては困りますな」
「話をそらさないでください。ゼオン様を廃嫡した正当な理由をお聞かせ願いたい」
「調子に乗るなよ、小娘。王女といえど、政治的な実権がある身分ではなかろう。仮にも国王陛下から伯爵の地位を認められた私を、このように面前で詰問するのは、お父上の権威に泥を塗る行為であろう」
「国王陛下の権威をないがしろにしているのはあなたではありませんか、伯爵?」
「なんだと?」
「シュナイゼン王国の貴族法では、貴族家の跡取りを廃嫡するには、本人に重大な落ち度があったことを証明する必要がある、と定められています。ゼオン様の廃嫡は、この条件を満たしていないと思われますが?」
たしかに――と僕は思った。
貴族法で貴族の跡取りの身分が定められているのは、無用なお家騒動を減らすためだ。
お家騒動は、時に血みどろの争いや内戦にすら発展しかねない。
また、貴族の子弟は、たとえ跡取りでなくても、国の運営を支える有為な人材の供給源でもある。
もし父が次のクルゼオン伯爵には僕がふさわしいと考え、ゼオンに家を継がせなかったとしても、普通なら、ゼオンは王都を中心とする国の機関で職を探すことになっただろう。
逆に、以前からの流れのまま、ゼオンが次期伯爵となることが正式に決まってたらとしたら?
僕は、クルゼオン伯爵家の傍流に当たる貴族家に入ってその当主となるか、王都の行政機関への推薦状を父なりゼオンなりにもらって、中央での仕事を見つけるか。
少なくとも、食い詰めて冒険者になることはなかっただろう。
「ハズレギフトを引いたのだ。理由など、それで十分ではないか!」
「いえ、十分ではありません。なぜなら、実用性の低そうな、あるいは、使い道のわからないギフトを授かる者は、毎年必ず存在します。彼らが全員、授かったギフトが期待外れだったという理由で家を追い出されるわけではありません。国王陛下としても、たとえ成人の儀が不本意な結果になったとしても、ギフト以外の形で、自領や国のために働いてくれればそれでよい、というお考えです」
「ハズレギフトを引くような輩は悪魔の使いだ! 悪魔の使いを公職に就けるなど、敵国の間諜を国の中枢に出入りさせるようなものではないか!」
「悪魔の使い、などというものが本当にいるとでも?」
目を細めて追及するミレーユに、ゲオルグが横から口を挟む。
「失礼ですが、殿下。悪魔は存在しますよ」
「あなたがたの教義によれば、ですね」
「この国には信仰の自由があるはずだ。私も伯爵も悪魔の存在を信じている。その信仰は国によっても認められています。我らは我らの使命のために戦っているのです」
「勝手な使命をこしらえあげて、自分たちに都合のいいことを正当化しているようにしか思えませんね」
「なんと言われようと結構。信念は信念だ。私は神の道を生きるゴッドフィルド伯爵を心から尊敬し、忠良な友として公私両面から支えていきたいと思っております」
「おお、ゲオルグ枢機卿……。私などのためにそこまで言ってくださるか」
「伯爵は我が同志。伯爵を愚弄することは、たとえ王女殿下であろうと許しませぬ」
顔を寄せ、肩をほとんど組むようにして見つめ合う父と枢機卿。
はっきり言って、僕は白けに白けていた。
……完全に取り込まれてるな。
一刻も早く妄想の世界に入り込んだ父を引退に追い込み、僕がクルゼオン伯となって、クルゼオンの領政を建て直さなければ。
そう思うのだが、前回のスタンピードでの大失態で、父は僕を次期領主とすることに迷いを感じ始めているようだ。
ミレーユは二人の様子をじっと観察すると、別の話を持ち出した。
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