60 急報
冒険者ギルドの物陰にあるテーブルを借りて、依頼書のファイルを
「興味深いな」
冒険者マニアの気でもあるのか、昔から依頼書を読むのは好きなんだよな。
もちろん、依頼が出てるってことは、困ってる人がいるってことだ。
ちょっと不謹慎かもしれないけどな。
とりあえず、受ける受けないは後にして、この支部に出てる依頼の全体像を俯瞰しておくのがいいだろう。
初めて訪れた街の現状を知るには悪くない方法だ。
これまでクルゼオン支部以外の依頼書を見る機会がなかったから新鮮だな。
基本的なフォーマットは同じなんだが、定型文や文章の書きぶりが細かく違う。
だが、好奇心に浮かれていたのは最初だけだ。
少し見ただけでも、この街の置かれた厳しい状況がわかってくる。
俺は、自分の顔が真剣になるのを自覚した。
「『キラーマンティスの孵化状況調査』、『はぐれホブゴブリンの群れの退治』、『賞金首モンスター<スルベロ>の討伐』……」
このあたりは定番だが、クルゼオン支部の依頼より危険度は高い。
クルゼオン周辺のフィールドより大森林のほうが出現モンスターのレベル帯が上だからな。
しかも、今は霧で視界も悪い。
「……指名手配犯が多いな」
犯罪者の捕縛は基本的には領主の専権事項だが、冒険者ギルドにも手配書は届く。
騎士だけで領の隅々までチェックできるわけじゃないからな。
犯罪者がフィールドに逃げ込むこともよくあり、その場合にはフィールドに出入りする冒険者が襲われる危険もある。
ネルフェリアは開拓地だけに領主の権力は限定的で、手配犯の捕捉にも冒険者の力が必要になるという面もありそうだ。
ネルフェリア支部で手配犯が多いのは、大森林が広いことに加え、やはりこの霧の影響もあるんだろう。
「霧のせいで治安まで悪化してるのか……思ったよりも深刻だな」
注意してファイルを手繰ってみると、他にも霧がらみの依頼が目立つ。
霧の影響で作物に病気が広がっているので、その特効薬を探してほしい。
霧の濃い地域で暮らす住人に魔力酔いが発生しているので、治癒術師を連れてきてほしい。
霧に紛れて近づくモンスターのせいで森の奥の開拓村に生活物資が運搬できなくなったので、冒険者に代理配達してほしい。
どれも放置できない依頼だよな。
「そして、これか」
依頼書のファイルを最初のページに戻す。
特に目立つ大きな文字で書かれているのは、『霧の真相の究明』。
詳しい条件は何もなく、ただ報酬としてでかでかと300万シルバーの表記があるのみだ。
それだけネルフェリア支部がこの問題を重視しているということであり、同時に、ほとんどろくな情報が得られてないということでもあるだろう。
リコリスが気を揉むのも当然だな。
「この街の存亡の危機ってわけか」
それだけでも十分以上に
ネルフェリアは大森林を切り開いてできた辺境の都市だ。
交通の要路というわけではないが、産業がまるでないというわけでもない。
冒険者たちが大森林で採取したり、モンスターからドロップしたりした素材やアイテムの中には、他の地域では手に入りにくいものがそれなりにある。
また、大森林の木々を伐採して材木とし、ネルフェリア川を使って下流へと水運する、という製材業も盛んだ。
魔力にさらされて育つ大森林の木々は材木として極めて優秀で、他の地域に運べば高い値段がつく。
他の土地と違って、伐採による自然破壊の恐れもない。
フィールドである大森林は、時間経過によって樹木が再生するらしいからな。
まあ、樹木が簡単に再生することこそが、大森林の開拓が進まない原因でもあるんだが。
依頼書を前に考え込む俺の耳に、外から慌ただしい足音が聞こえてきた。
バン! と勢いよく開かれたギルドの扉。
リコリスが扉に向かって、
「出入りはお静かに」
と注意する。
「す、すみません! 急いでいたもので……」
乱れた息でそう答えたのは、若い女性のようだった。
若いというか、まだ十代半ばくらいの感じだな。
っていうか、俺には聞き覚えのありすぎる声だった。
まさかと思いつつギルドの入口を振り返ると、そこには予想通りの顔があった。
「コレット⁉」
そう。
そこにいたのは、実家のメイド服の上に革鎧を着込んだほわほわ顔のメイド。
その後ろには長身のクールなメイド――アナと、いつも目を細めて笑みを浮かべるおっとりメイド――シンシアもいた。
「ああ~! ゼオン様ですっ! よかった~、すぐに見つかりましたぁ!」
コレットがそう叫び、俺に駆け寄ってくる。
「……お静かに」
「す、すみません」
リコリスに再度注意され、ぺこぺこと頭を下げてから、コレットが俺に向き直る。
息を吸い込み、勢いよく何かを喋りだしそうだったので、
「待て。ここじゃ迷惑だ。外で話を聞こう」
俺はコレットを手で制して、閲覧していたファイルをリコリスに一時返却する。
「知り合い?」
と訊いてきたのはアカリだ。
「まだいたのか」
「むー、まだいたのかは失礼じゃない? 何か質問があればお姉さんが答えてあげようと思って待ってたのに」
「そうだったのか。すまない」
「で、そちらの可愛いメイドさんたちは? ゼオンくんのメイドハーレムとか?」
「メイドハーレム……? よくわからんが、違うぞ。俺の実家のメイド――いや、元メイドの冒険者だ」
「ふぅん? なんか複雑な感じ?」
「ゼオン様、そちらの方は?」
「ん、ああ……。ここでの知り合いの冒険者だ」
「トレジャーハンターだってば」
「そうだったな。自称トレジャーハンターの冒険者だ」
「いや、自称って。まあ、自称だけどさ」
「自称トレジャーハンターの冒険者さんですかぁ。世の中にはいろんな人がいるんですね!」
「うわ、邪気のない反応。つっこんだら私が負けみたいじゃん」
「悪いが、話は後でな。いや、そもそも話なんてあったっけか」
「ぶー。たしかにパーティ組んでるとかじゃないけどさ。大森林について手取り足取り教えてあげようと思ったのに」
「……いや、俺は基本的にパーティは組まない主義なんだ。先に言えばよかったな」
俺には秘密が多いからな。
別に隠すこともないんだが、いちいち説明を求められるのも煩わしい。
「そっか。まあ、別に約束してたわけじゃないからいいけどね。っと、ごめん。そっちのメイドさんの話を聞くんだったね。私は気にせず行っといで」
「悪いな」
そういう話をしてたわけじゃないから謝る必要はないんだが、アカリなりの親切心だったんだろうからな。
実際、ソロで未知のフィールドに挑むより、案内役がいたほうが安全だ。
……その案内役を買って出ることでひと稼ぎ――なんて目論見だった可能性もあるか。
現金と言えば現金だが、優秀なシーフを雇えるのであれば、投資としては悪くない。
俺が普通の冒険者なら、だけどな。
俺はコレットたちを連れてギルドの建物を出、人のいなそうな裏手に回る。
「たたた、大変なんですよぉ、ゼオン様ぁ!」
場所を見つけるやいなや、コレットがつかみかからんばかりの勢いで言ってくる。
「どうしたんだよ。ひょっとしてわざわざ俺を追ってきたのか?」
ゼルバニア火山を抜けたわけではなく、ポドル草原近くを通る街道を通って遠回りしてきたんだろう。
俺は属性値関係の検証で火山を降りるのに三日もかけたから、ちょうど追いついたとしてもおかしくはない。
……そんなに慌てて俺に伝えないといけない用件?
まさか、親父に何かあったとか?
持病はなかったはずだが、急に病気がわかることもあれば、事故等で怪我をすることもある。
だが、
「ゼオン様が、ゼオン様が大変なんですっ!」
「……俺? 俺はここにいるぞ?」
コレットが息せき切って口にしたのは俺の名前だ。
コレットの頬は上気し、目には涙まで浮かんでる。
「どうどう」と言いながら、シンシアがコレットの背を優しくさする。
促されて深呼吸を繰り返すコレットに話を聞くのは難しそうだ。
「アナ、説明を頼めるか?」
と、もう一人のメイドに訊いてみる俺。
アナはいつでも平静だし、説明も要領よくまとまっててわかりやすい。
反面、表情が硬くて口調も事務的だから応接はやや苦手としてるんだが、その点はコレットやシンシアが補ってあまりある。
クルゼオン伯爵邸を支えるゴールデントリオ――だったんだけどな。
アナは小さくうなずくと、
「はい。実は、トマスから重大な情報提供がありまして」
「トマスから? なんだ?」
「新生教会がゼオン様に追っ手をかけた模様だ、と」
「追っ手……どういうことだ?」
「ええ。詳細は不明ですが、ゲオルグ枢機卿が旦那様――いえ、クルゼオン伯に、教会の抱える暗殺者をゼオン様に差し向けたと告げたそうです」
「暗殺者だって⁉」
さすがに、血の気が引いた。
教会の神官や神官兵の中には、優秀なギフト持ちの実力者がそれなりにいる。
その中で暗殺者として選りすぐった者となると、決して油断のできる相手じゃない。
手配したのがゲオルグ枢機卿だってのも話の信憑性を上げている。
新生教会には、教区ごとに教会内での選挙で決まる枢機卿がいる。
教会のトップは教皇だが、教皇は公衆の面前に姿を見せることがない。
そのせいで、教皇はお飾り、あるいは本当は空位であり、教会の実質的なトップは枢機卿たちであるという噂もある。
ゲオルグ枢機卿はクルゼオン伯爵領を含むシュナイゼン王国の大部分を教区とする枢機卿だ。
親父を信仰の道に導いたのもこいつだな。
クルゼオンに立ち寄った際には親父のそばに張り付いて、親密に言葉を交わしていた。
その縁で、俺とシオンの成人の儀を担当したのも、このゲオルグ枢機卿の配下に当たる神官だ。
ゲオルグ枢機卿は、人物としては強硬派で知られ、不信仰者への態度は極めて厳しい。
教会中央へのパイプは太く、将来の教皇候補の声もあるほどだ。
教会が暗殺者を抱えてるなんてのは初耳だが、もし本当にそんなものがいるとすれば、彼にならそれを動かすこともできるだろう。
トマスがどうやってこの情報を掴んだのかはわからないが、いかにもな話に聞こえるよな。
だが、それ以上に、
「……親父はその話をどう受け止めたんだ?」
実の息子に刺客を放ったと言われて、喜ぶ親はいないだろう。
アナはわずかに眉根を寄せて首を振り、
「トマスによれば、伯爵はその話を聞いて快哉を上げた、と」
「マジかよ……」
もちろん、成人の儀以来の出来事を考えれば、意外と言うほどではないんだが。
ハズレギフトを授かって自分の顔に泥を塗った俺のことを憎んでるのはわかっていた。
だがそれにしたって、実質的に逐い出すことに成功した俺に刺客まで放つとは思わなかった。
誰かを気に食わないと思うことと、だからそいつを殺してしまえと思うことのあいだには、かなりの距離があるはずだ。
言うまでもなく、いくら伯爵といえども、罪のない人間を殺そうとすれば、罪に問われるのは自分の方だ。
そこまでして俺を排除したいのかと思うと、さすがにショックを受けるよな。
「……ああ、くそ。違うな。今更そんなことにショックを受けてる場合じゃない」
俺は首を振って、今聞かされた情報を整理する。
「教会の暗殺者、か。具体的な人物像までは特定できていないのか?」
「申し訳ありません、そこまでは……。ただ、ゲオルグ枢機卿は、教会が極秘裏に造り上げた『
「
俺がアナの言葉に首を傾げるのと同時に、ギルドの建物の陰からがたんと物音がした。
アナたちが身構える。
暗殺者の話をしてるところだけに、どうしてもぎくりとしてしまう。
だが、俺にはなんとなく、そこにいる相手の想像がついた。
「盗み聞きは感心しないな」
俺が言うと、
「あっちゃー。しくったなぁ」
物陰から両手を上げて現れたのは、俺の予想通りにアカリだった。
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