61 ゼオンの推理

「いやー、大変な話を聞いちゃったなぁ」


 悪びれもせず、アカリが言う。


「……どういうつもりだ?」


 と、低い声で問いただす。


「あはは、嫌だな、ちょっと怖いよ、ゼオンくん」


「誤魔化すな」


 硬い表情のままで睨みつける俺。


「……う、うう~。その、情報収集の一環、的な?」


「なんのための情報収集だよ。ダンジョンやフィールドの探索に、俺の事情がなんの関係があるっていうんだ?」


「ほ、ほら、気になる男の子のことはなんでも知っておきたい乙女心っていうか?」


 そのセリフに敏感に反応したのはコレットだ。


「な、何なんですか、この人は? なんだかすごく失礼な感じですけど……」


 ぷーっと頬を膨らませ、コレットが言った。

 コレットがそこまで言うのも珍しいな。


「シーフとしては優秀なんだけどな……」


 シーフが探索や偵察に特化した技能を持つのは前にも説明した通りだ。


 その延長として、優秀なシーフは街での情報収集にも熱心なことが多い。

 ギルド職員や他の冒険者からフィールドやダンジョンの情報を聞き出しておけば、スキルを使わなくてもモンスターや罠などへの対策が立てられることもあるからな。


 わざわざ新たなスキル習得の努力をしたり、対策になるアイテムを手に入れたりする手間を考えれば、先人の知恵を拝借するほうが簡単だ。

 街での地道な情報収集もまた、シーフにとっては広義の「探索」、広義の「偵察」なんだろう。


 そのせいか、シーフには、良く言えば好奇心旺盛な――悪く言えば噂好き、ゴシップ好きの傾向があるらしい。


 盗み聞きの動機は、シーフにありがちな詮索癖ってことで片付けることもできなくはない。


 ……いや、俺には別の見方もあるんだが、それは直接口に出さないほうがいいだろう。

 これまでのアカリの言動から、俺はアカリにとある疑惑を抱いている。

 かなり突飛な疑惑だが、もし本当だとしたら――


「盗み聞きしてた理由はともかくとして、ひとつ気になることがあるな」


 盗み聞きの理由を問い詰めても、はぐらかされるだけだろう。

 それより別の事実をぶつけたほうがなんらかの反応が引き出せそうだ。


「な、なにさ」


「――なぜ動揺したんだ?」


 俺たちは途中まで、アカリの盗み聞きに気づかなかった。

 俺には偵察系のスキルがないからな。

 コレットたちも同じだろう。

 

 アカリは、見晴らしのいい火口の巣から白昼堂々ファイアドレイクの卵を盗みだせるような実力のあるシーフだ。

 火口に卵を返させたときにアカリが気配を消して巣に近づくのを遠目に見てたんだが、ちゃんと注視してても見失いそうになるほどに、アカリは気配を消していた。


 そんなことができるくらいなんだ。

 俺たちに気づかれずに息を潜めるくらいは楽勝だろうし、実際に途中まではそうしてた。

 にもかかわらず、アカリは動揺して俺たちに気取られるという大失態を見せた。

 アカリをそこまで動揺させたのはなんだったんだろうな?


「うっ……!」


 アカリが「ぎくっ」といわんばかりの顔になる。


「俺たちの会話の何かに反応したな? アカリはどこに引っかかったんだ? 何かを知ってるんじゃないのか?」


「な、なんのことかなー?」


 口笛を吹く真似をしながら、アカリが俺から目をそらす。


「『何か』と言ったが、候補なんて限られてる。十中八九『の天使』だ。新生教会が秘密にしてるはずの存在を、なぜおまえが知ってるんだ、アカリ?」


「う、うう……ぅっ、私としたことが、しくったなぁ」


 と、悔しげにアカリが頭を垂れる。


「何か知ってるなら教えてくれ。話の内容次第では、盗み聞きされたことはギルドに報告しないでおいてやる」


「……あいかわらず、弱いところをきっちり突いてくるね、ゼオンくんは。で、でも、ちょっとくらいは情報料がほしいかなー、なんて?」


「盗み聞きに加えて、火山での出来事を最大漏らさずリコリスさんに報告してもいいんだぞ?」


「ひいい、それはやめて! っていうか、ずるいよ! あの話は卵を返したんだからノーカンでしょ⁉」


「……ノーカン?」


「もうチャラでしょってこと!」


「たしかにそういう約束だが、こちらがその気になれば約束を破ることもできる」


「そ、そんなのあり⁉ 仮にも貴族の生まれじゃなかったの⁉」


「今の俺は貴族じゃない。個人的にはなるべく信義を守って生きたいとは思ってるが、盗み聞きという形で先に信頼関係を損なったのは君のほうだからな」


「くぅ~! ああ言えばこう言う……」


「それは君のほうじゃないか」


 と、呆れて俺。


「わ、わかったよ。教会の『の天使』について、知ってることを話す……。だから、見逃して? なんでもするから!」


「なんでもはしなくていい」


「いや、そこは乗ってくるところなんじゃないの⁉」


「必要なことだけ聞ければいいんだよ」


「ほんと、塩対応だよ、ゼオンくんは……。おねーさん自信がなくなっちゃう」


 まあ、見てくれはいいからな。

 コケティッシュで男をからかうところも、ドキドキしていいという男もいるだろう。

 なびく男は少なくないと思われるが、そんなことを言って調子に乗らせることもない。


「はあ……『の天使』についてだね。じゃ、逆に訊くけど、ゼオンくんは『の天使』と聞かされて、どんな存在だと思ってるのかな?」


「訊いてるのは俺なんだが……まあ、いいか」


 俺は考えを整理しながら、


「教会が秘密裏に育ててる暗殺者部隊ってことだったな。そういうのがいてもおかしくはない。教えに背く奴を脅したり、始末したりするのに便利なんだろう。枢機卿の座を巡っては熾烈な内部抗争もあると聞く。ゲオルグ枢機卿の私的なお抱え機関かもしれないな」


 枢機卿は、新生教会信徒による選挙で選ばれるからな。

 枢機卿には、良かれ悪しかれ信徒への影響力の大きなものが選ばれる。

 中には、この人のためなら死んでもいいと思ってる奴だっているだろう。


 聖職者としての人徳で信徒たちをまとめあげるのが理想だが、現実にはもっとどろどろとした権力闘争もあるのだとか。

 教義を曲解した教えを説いて来世の転生先の優遇を条件に支持を取り付けることもあれば、金や地位をちらつかせて有力者からの支持を取り付けたりもする。

 中には教区の中から見目麗しいシスターを集め、男を骨抜きにして、票の取りまとめさせたり、献金を集めさせたりする枢機卿もいるらしい。


 逆に、スキャンダルの暴露や誹謗中傷、風聞の流布などで対立候補を貶めるキャンペーンが張られることもある。


 そういうときに、敵対陣営の情報を探ったり、内部にスパイを作ったりするような「専門家」がいれば便利だろう。

 「の天使」がそこまでやるかは不明だけどな。


 そして懐柔や脅迫が通用しない政敵を事故に見せかけて排除する――なんてことも、選挙の情勢次第では起こりうる。

 「の天使」のような暗殺部隊がいれば、そうしたことにも投入可能だ。


 もちろん、選挙以外でも、自分や教会にとって不都合な人間をそれとなく殺す――という用途にも便利に使えるにちがいない。


「うんうん。他には?」


「『の天使』――たまわる、という言葉が引っかかる。教会で何かを『賜る』と言ったら、普通に考えればギフトのことだろう。暗殺に使えそうなギフトの持ち主を選抜してるのかもしれないな」


 暗殺に使えそうなギフト、というと物騒だが、ギフトなんてものは基本的には戦闘用だ。


「まあ、暗殺という行為自体、実行はかなり難しいと思うんだが……」


「へえ、それはなんで?」


「わかってて訊いてるだろ。一撃でHPを0にするには、暗殺者のレベルが暗殺対象より相当高くないと難しい。よほど強力な武器を持たせれば別かもしれないけどな」


 低確率で対象を即死させる武器やスキルもあるというが、たいていは表に出てくる前にどこかが「抑える」。

 国だったり、冒険者ギルドだったり、勇者連盟だったり、トリスメギストスだったり、魔女の血統だったりだな。

 危険だから封じることもあれば、囲い込んで自分たちで密かに使うこともある。

 

 だが、対象をギフトに限るなら、最有力候補は新生教会だ。

 なにせ教会は成人の儀を通して誰よりも早くギフトの情報を得られるからな。


「教会からハズレとされたギフトの中には、強い強くないという話ではなく、単に社会的に危険だからというものもあるらしいな。それこそ、確率なり条件なりで対象を即死させられるような効果のギフトがあれば、不吉だとかなんとか難癖をつけて、ハズレ認定するんじゃないか? そうして対象者の社会的な居場所を奪っておいてから、密かに教会で匿って便利に使う――そんなことも可能だろう」


 自分のギフトをハズレ認定した教会に従うのか? と思うかもしれないが、その点はどうとでもなるはずだ。

 経済的に困窮させてから甘い声をかければ、反発どころか恩義すら感じるかもしれないよな。

 人心操作という点で教会の宣教師に並ぶ存在はないわけだし。


 ……なんなら、俺にも後々声をかけてくる可能性が……?

 いや、ないか。俺の「下限突破」をハズレ認定したのは、危険だからではなく使えそうにないからだ。

 それにしたって疑問の残る判定なんだけどな。


 こうして考えてみると、新生教会はギフトについて相当量の情報を隠してるよな。

 俺が喰らったハズレギフトの判定だって、基準は何も示されてないんだし。

 教会がその気になれば、気に入らない奴の授かったギフトを、もっともらしい理屈をつけてハズレ認定することができるんじゃないか?


 俺の推理に、


「……なんだ。ほとんどわかってるじゃん」


 アカリが呆れ含みの声でそう言った。

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