59 本物のギルド

 アカリの案内で峡谷にかかった橋を渡り、東岸へとやってきた。


「あれが東岸の支部――っていうか、本来のネルフェリア支部だね」


 とアカリが指さしたのは石造りの立派な建物だ。

 西岸のギルドが小さな郵便局くらいのサイズだったのと比べると、こっちが本来の支部だというのは納得だ。


 アカリの先導で中に入り、カウンターに近づくと、


「アカリさんですか……。今度はどんなトラブルを運んできたんです?」


 受付嬢が顔をしかめてそう言った。

 小柄で黒髪の大人しそうな印象の受付嬢だ。

 東岸支部の受付嬢と雰囲気が似てるような気がするが……血縁者だろうか。


「いやだなぁ、リコリスさん。私がいつトラブルを運んできたっていうのさ?」


「いつもですよ。蜂蜜ほしさにキラービーの巣をつついてクイーンを街まで引き寄せたことをお忘れですか?」


 知り合い同士の気安いかけあい――のようにも見えるが、本当に辟易してるようでもある。


 ……こいつに紹介される流れになってしまったのは失敗だったかもしれないな。


「まま、今日はトラブルじゃなくて貴重な戦力を運んできたんだから、許してよー」


「戦力というのは、そちらの方ですか?」


 と、受付嬢が俺に目を向けてくる。

 俺はアカリが余計なことを言い出す前に、


「ゼオン。『下限突破』のゼオンだ。クルゼオンからやってきた」


 と名乗って冒険者証を受付嬢に渡す。

 二つ名を自分で名乗るのは恥ずかしいが、どうせ冒険者証に書いてあるしな。


 受付嬢――リコリスは俺は冒険者証を受け取ると、さりげなく引っくり返して裏面を確認する。

 そこにはミラが施してくれた裏書きがある。

 『この冒険者につき、クルゼオン支部はその信用を保証する』――見えづらいうっすらとした刻印を明かりを反射させて読み取ったらしく、リコリスの目がすっと細くなる。


「お噂はかねがね。ようこそ、ネルフェリア支部へ。歓迎します、『下限突破』のゼオンさん」


「ありがとう」


 アカリのせいで変な評価をされることはなかったみたいだな。

 リコリスも俺がアカリにからまれただけだとわかったのかもしれない。


「ゼオンさんがここを訪れたのはどのようなご用向で?」


 リコリスが探るように訊いてくる。

 用もなくネルフェリアを訪れる冒険者は少ないだろうからな。

 ネルフェリアの先には大森林があるだけで、他の国や都市への経由地にもなっていない。


「あちこちを回りながら見聞を広めようと思ってるんだ」


 俺は言葉を濁してそう答える。


 魔族に対抗する手段を得るために、妖精の里かエルフの村を探したい――通り抜けたものがいないという迷いの森を抜けて。


 そんなことを馬鹿正直に申告する必要はないだろう。

 俺だって、確実にたどり着けると思ってるわけじゃないからな。

 見聞を広めたいというのも嘘ではないし。


「見聞を広められるようなものはここにはないと思うのですが……」


「大森林には古代人の遺跡が眠ってると聞いてな。奥に入り込まなければモンスターのレベル帯もちょうどいい。レベル上げがてら、興味本位で、だな」


「そうですか」


 あきらかに納得してない感じだが、これ以上突っ込むのは控えたのだろう。

 冒険者の事情はそれぞれだ。

 ギルドといえど、事情を根掘り葉掘り聞き出す権利があるわけじゃない。

 高ランク冒険者になれば、活動上の秘密ということもあるからな。


 リコリスはしばし何かを思案するようなそぶりを見せてから、


「では、大森林を探索されるおつもりで?」


「ああ。依頼をこなしつつ、見て回れればよかったんだが……」


「今、大森林に入るのはちょっとねー。教会の神官兵がうろちょろしてるから。見つかったら、警告されるだけじゃ済まないと思うよ?」


 あっけらかんと言うアカリに、リコリスが露骨に顔をしかめた。


「フィールドとしての大森林は、冒険者の正当な活動範囲です。勝手な理屈をこねて冒険者の立ち入りを実力行使で妨害するなど、あってはならないことです」


「でも、冒険者ギルドがフィールドの手入れを優先的におこなうっていうのは、ただの慣行にすぎないわけだしねー。教会のすることが気に食わないなら、こっちも実力で対抗するしかないんじゃないの?」


「……新生教会との武力対決は避けるのがギルドとしての方針です」


 苦虫を噛み潰したような顔で、リコリスが言った。


「ええと。ってことは、実質的に大森林に立ち入ることができないってことか?」


「そんなことはありません。冒険者には自由にフィールドに立ち入る権利がありますので。ただし、教会とは衝突を避けてください」


「ええー? 大森林に入ろうとしたら、連中からちょっかいをかけてくるんだよ?」


「……衝突は、避けてください」


 リコリスが無表情のまま繰り返す。


「大森林が対象の依頼はあるのか?」


「もちろんあります。教会の妨害のせいで山積していると言っていいです。片付けていただければ有り難いのですが……」


「でも、衝突は避けろ、か」


 ギルドとしてもこの状況がおもしろいわけがない。


 だが、教会との全面対決に踏み切るわけにもいかない。


 教会は神の名のもとに神官や神官兵を動員できるが、冒険者ギルドはそうではない。

 信仰心の厚い――言い換えれば人の言うことに耳を貸さない神官兵と血みどろの抗争をすると聞かされれば、大抵の冒険者は他の支部へと逃げ出すはずだ。

 冒険者のいなくなったギルドに、影響力などあるはずもない。ネルフェリアは新生教会の実質的な支配下に置かれることになるだろう。


 ……ひょっとしたら、それこそが教会の真の目的なのかもしれないな。


 アカリもどうやら同感らしく、


「教会のほうはそうは思ってないみたいだけどねー。このまま黙ってなされるがままにしてたら、西岸に街を乗っ取られちゃうよ?」


「……トップ同士で交渉の席を持とうとしているところです」


「百歩譲ってその交渉がうまくいったとしても、この霧の真相究明はどうするのさ?」


「それは……」


 リコリスがむっつりと黙り込む。


「ともかく、今はトラブルは無用に願います。とくにアカリさんは」


「むー」


「俺のことは放っておいていいのか?」


「クルゼオン支部が信用を保証されているのでしょう? 当方としてはそれを信用するまでです。どうぞご自由にご活動ください」


「要するに、俺が何かやらかしたらクルゼオン支部の責任だと」


「やらかさなければいいだけのことです」


 なんというか、いかにもお役所みたいな言い方だよな。

 リコリスとしても自分の言ってることに不満があるようではあるんだが。


 俺の内心を察してか、リコリスはちらりと俺を見て、


「ゼオンさんのことは、風のうわさで聞いています。冒険者になってすぐにダンジョンを発見・踏破。そのすぐ後に発生した大規模スタンピードではゴブリンキングと互角以上に渡り合い、単騎で撃破されてしまったとか」


「うわぉ! ゼオンくん、そんなことしてたの⁉ 無双じゃん!」


「……ただの噂だろ?」


 アカリの視線がうっとうしくて、そうとぼける俺。


「ここからはあくまでも独り言です。それだけの実績のある方が、まさか、トラブルなど起こさないでしょう。ひょっとしたら、探索の片手間に単独で霧の原因を突き止めてくださったりするかもしれません。もしそんなことになったら、ギルドとしては大変感謝することになるでしょう。特別な報奨も出るでしょうし、ランクアップの査定にも大きな加点材料になるかと思われます。あくまでも、受付嬢の個人的な推測ですが」


「……なるほどな」


 俺が個人的に動いて事態を解決してくれたら報酬は弾むぞってことか。

 もし失敗しても所詮俺は外様とざまだから痛くも痒くもないわけだ。

 新生教会に対しても、他所から流れてきた冒険者が勝手にやったことと開き直ることもできるだろう。教会がその言い分を真に受けるかどうかは別として。


「当然ながら、こちらから何かを強制できる筋合いではありません。ただ、活動をがんばられている冒険者の方には、受付嬢が個人的な裁量で便宜を図ることもありますね。あくまでも一般論ですが」


「ふぅん……」


 俺はリコリスのことを改めて観察する。


 ……やっぱり似てるな。


「ひょっとして、西岸支部の受付嬢は……」


 そう訊くと、リコリスはわずかに顔を暗くして、


「先にあちらに行ってしまわれましたか。ええ、私の妹になります。瓜二つというほどではありませんが、双子です」


「やっぱそうか。どこか通じる雰囲気があるよ」


「……それが何か?」


「いや、俺にも双子の弟がいてな。俺と弟は、リコリスさんたちよりもっと似てないけど」


 と苦笑する俺。


「妹さんは、教会の信者なのか?」


「真面目な子なんです。昔から礼拝には欠かさず出席していて。親を亡くしてからはとくに入れ込むようになって……」


「そうか。それは心配だな」


 シオンの奴は教会の教えを本気で信じてたんだろうか?


 あまりそうは思えないな。

 当たりギフトを引いた自分は神に選ばれた存在なのだ的なことは言ってたが、普段から信心深かったわけじゃない。

 母が死んだ後に親父が教会に入れあげたせいもあって、俺とシオンは逆に、教会とは距離を置いてたとこがある。

 その意味では、リコリスの妹さんの状況は、シオンよりも親父のほうに似てるだろう。


 新生教会の教えは、身近な人を亡くした人には特に響きやすいのかもしれないな。

 あるいは、そういう人間にターゲットを絞って勧誘をかけてるのかもしれないが。


 多少状況は違っても、ともに育ったきょうだいを心配する気持ちはよくわかる。

 報酬や昇級も魅力的だが、それ以上に、職分をはみ出してまで妹を気にかけるリコリスの気持ちに共感した。

 そういう人が、口でほのめかしただけとはいえ、後から約束を破るとも思えない。


「そうだな……俺も確約はできないが、大森林をぶらぶら観光してるうちに、何かに気づくこともあるかもな。とりあえず、大森林がらみの依頼書を見せてくれるか?」


「ええ、もちろんです。……ありがとうございます」


 リコリスと目と目で通じ合いながら、俺は依頼書の綴じられた分厚いファイルを受け取るのだった。

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